第7話 国王リチャードの誤算 ①

「二人を王家の霊廟に埋葬したいと考える」


知らせを受けて離宮に急ぐと、ジョージとエルサが手を繋ぎ、並んで寝台でこと切れていた。

二人の健気な姿に心が痛んだ。


二人の死は、病に侵された王子と看病中に同じ病を得た侯爵令嬢が闘病の末に儚くなったと、簡単な発表となった。


今後の処理と埋葬について会議を開き、高位貴族と主だった重鎮たちの前でそう発言した。

愛し合う若い二人を同じ場所で眠らせてやりたい。


「何をバカな事を」


扇子で口元を隠し、心底蔑んだ感情を隠すことなく言葉に乗せて発言したのは、ブレナン公爵家の領地を引き継ぎ、女大公となった第一王女のビアンカだ。

王家と肩を並べる大公家当主は、国王の発言に直に異を唱える権限を持つ。


娘に向けられた軽蔑を含んだ態度に思わずカッとして声を上げそうになったが、今は公の場であり、女大公の言葉は最後まで聞かなければならない。


就任当初ならまだ黙らせることが出来たかもしれない。

しかし、就任後わずか数か月で、国の穀倉地帯の三分の一を有するグレイ公爵家一門と、王家をも凌ぐ資産を有した王妃の実家であるガレリア侯爵家一門を傘下に従えてしまった。加えて引き継いだブレナン家とその一門は代々王国の軍事を担ってきた武門である。今ではビアンカの宣言のみで独立国となることが可能なほどの絶大な力を持っている。


「歴代王のお子を生した側妃方でさえ同じ場所に埋葬されることは許されていないのに? 王家の認めた婚約者を蔑ろにして死に追いやった浮気相手の令嬢を王家の霊廟に埋葬するなど、正気ですか?」


「だが、二人はオフィーリア嬢の死を目の当たりにして失意の中にあったのだ。それにエルサ嬢は最後の時までジョージを支えてくれていたのだから・・・」


「不貞を犯した輩を二人一緒に幽閉するなど、ただでさえ呆れてものも言えませんでしたのに。

 この一年の間、自分が死に追いやったオフィーリア嬢への懺悔も祈祷すらせず、ただのうのうと生きながらえていただけの浅ましい男ではありませんか。一体何を支える必要があったのです?」


亡くなった兄に対する侮辱は流石に見過ごせず、感情が抑えられなかった。


「それが亡き兄に対する言葉なのか!あの日そなたの無理強いでオフィーリア嬢の最期に立ち会わせたこともそうだが、そもそもそなたが広めた醜聞のせいで絶望して命を絶ったのだぞ!お前には人の心が無いのか!」


「醜聞? あれを醜聞と言える陛下の方が人の心をお持ちでないのでは?

彼らは自分の行いを客観的に突き付けられてようやく人の心に思い至ったようですわね」


ビアンカは閉じた扇子を私に向けるとスイと横へ動かした。

扇子に誘導されて視線を動かすと、私たちに注目している貴族や重鎮たちが目に入った。


「今回の件で子を失ったのは王家とヘルマン侯爵家だけではありませんのよ?

どうしても二人一緒にと仰るなら、王家の身勝手極まりない振る舞いのせいで後継者を奪われたブレナン公爵家と、子を理不尽に失ったグレイ公爵家、ひいては二家の寄親である我がブレナン大公家に対する最大の侮辱と捉えますがよろしくて?」


直系のオフィーリアを奪われ後継者であったレナートも失ったブレナン公爵家は、本来領地を返上しなければならなかったが、慰謝料の代わりに後継者の指名権を要求した。

他の力を持つ家との繋がりを危惧して、王家からは領地を買い取る形で賠償金を提示して交渉したが、それには軍部が承諾しなかった。

次の主と仰いでいたブレナン公爵家の姫君と幼い頃から慣れ親しんだ若君を理不尽に奪った王家に忠誠は誓えないと。

仕方なく指名を誰にするか探りを入れて見ればなんと、第一王女のビアンカだという。

ビアンカなら王家に返上したのも同然だ。特筆すべき能力もない王女はこちらの意のままに操れる。

力のある公爵家を王家に取り込めて慰謝料も払わなくて良いなら一石二鳥だと打算が働いた。

更に、大公領とすれば王族直轄地として王家に取り込めると考えて、ビアンカを女大公として叙した。


それがこんな結果になろうとは。

当初は裏で誰かが動いていると考えて影を最大限に使って探ってみたが、どの報告も全てビアンカの手腕であると判断せざるを得ない結果だった。

王家の色も持たずに生まれた、取るに足らない存在だと思っていたのに。




ビアンカの大公家当主としての問いに貴族たちの視線が集まる。


「王家の霊廟に安置が反対というなら、ヘルマン侯爵家の霊廟に二人一緒に葬ってもらえないだろうか」


私の提案にヘルマン侯爵は飄々と答えた。


「ご指名により発言させて頂きます。

今回の件で私は引責し、侯爵位は嫡男に譲渡いたしました。現侯爵は同席しておりますカインでございます」


促された新ヘルマン侯爵のカインが発言した。


「引き継いで発言させて頂きます。

恐れながら、エルサ嬢は前ヘルマン侯爵の養女として申請されております。

エルサ嬢は前侯爵の引責を以て既に除籍されており、現侯爵カイン・フォン・ヘルマンの籍には連なっておりません。

それにより、ヘルマン侯爵家の霊廟に当家とは関係のないお二人を安置することは現当主として許可出来ません」


国王直接の要請を、まさか爵位を得たばかりの若い侯爵に断られるなどと思わなかった。


「ヘルマン侯爵家にも責任の一端はあるだろう。なぜ受け入れられぬのか」


現ヘルマン侯爵はさらに続ける。


「発言いたします。

我がヘルマン侯爵家は、既に慰謝料として前ブレナン公爵へは貿易船一隻とヘルマン侯爵領の埠頭にある倉庫を含む土地を一部譲渡しております。また、グレイ公爵家へはヘルマン侯爵領からブレナン公爵領を繋ぐ拠点として鉄道の敷設と駅の建設費用を慰謝料として出資しております。

この上の更なる醜聞の受け入れはご容赦ください」


慰謝料の詳細を明言されれば、さらに強く要請するのは悪手だ。

王家の負担も詳らかにしなければならなくなる。

グレイ公爵家へは、王姉であるグレイ公爵夫人の持参金である直轄領に近接した鉱山を一部譲渡したものの、ブレナン公爵家へは後継者指名権のみで、金銭的な補償をしていないのだ。


「では、王都にある教会ではどうだろうか」


大司教が手を挙げた。


「発言をお許しください。

前ヘルマン侯爵のご令嬢だけなら修道院で受け入れることが出来ます。

しかし、不貞の関係であるお二人一緒では教会は受け入れるわけにはまいりません」


思わず眉根を寄せて大司教を見据えてしまったが、反論は出来なかった。

ビアンカがあの物語を発表しなければ、舞台や流行歌でこれほどまでに広めなければ、

ジョージとエルサは二人一緒にどこかで静かに眠れたのだ。なんと余計な事を・・・

視線に気づいたビアンカに問いかけられた。


「なぜそこまで二人一緒に埋葬する事にこだわるのです?

兄上は第一王子直轄領の教会、エルサ嬢は修道院でよろしいではありませんか。

これ以上は時間の無駄だと思いますよ」


「そなたは・・・」


「ここは会議の場です。私情を挟んだ言動に臣下を巻き込むのはお控え下さい」


ビアンカに言葉を遮られ、議長に決を採るよう促された。

結局、ジョージは王都からほど近い第一王子の直轄領の教会に埋葬され、エルサはヘルマン侯爵家からもブルク子爵家からも家名を名乗ることを許されず、ただのエルサとして罪を犯した女子の入る辺境の修道院へ送られて埋葬されることで全会一致で決まり、議会は終了となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る