第6話 王太子ジョージの後悔 ⑥

◇◇

物語は、一面に咲き誇る水色の花畑の中で幼いレオナルドが跪いて大好きなフィーリアに花冠を渡してプロポーズするところから始まる。


しかし、愛し合う二人は、彼の優秀さを嫉妬した彼のライバル、ゲオルグによって引き裂かれる。

ゲオルグが彼女を愛してなどいない事は誰の目にも明らかなのに、嫉妬にかられたゲオルグは、レオナルドの悔しがり苦しむ姿を見る為だけにフィーリアを人形のように扱い、見せつけるようにそばに置く。さらにレオナルドを苦しめる為、フィーリアが二度と彼と結ばれないようにするため、とある秘密を打ち明けてフィーリアを縛り付けた。それはフィーリアの命を奪うものだったにも関わらず。


そこへゲオルグが心を奪われる美しいエリーサが現れ、彼女に夢中になったゲオルグは自分がフィーリアの命を質にとって縛り付けた事を棚に上げ、愛されてもいないのに自分を縛り付ける疎ましい存在と思うようになる。

ゲオルグとエリーサは、お互いの気持ちを隠すこともせず寄り添い、フィーリアを無視し続ける。

レオナルドを虐げる事に飽き、そのための道具だったフィーリアが邪魔になったゲオルグは、彼女の命と引き換えにエリーサを手に入れる事を決心する。

エリーサも、ゲオルグと結ばれるためにはフィーリアの命を引き換えにしなければならない事を知りながらゲオルグと結ばれる事を選ぶ。


運命の日、ゲオルグはエリーサに婚約者の証を身につけさせて舞踏会に現れた。

二人は恥ずかしげもなく意気揚々と何曲も続けてダンスを踊り、言外にフィーリアとの婚約破棄を

公の場で大々的に発表した。


ゲオルグとエリーサの愚かな行動により、フィーリアの死は避けられないものになった。

それを知ったレオナルドは、迷わず運命を共にする事を決めた。

涙ながらに止めるフィーリアを説得し、約束のあの花畑で寄り添って眠ることを改めて誓った。

死の直前、二人はささやかな結婚式を挙げ、フィーリアはレオナルドの腕に抱かれて旅立った。


フィーリアを連れて思い出の地に帰ったレオナルドは、約束の花畑に二つの墓標を建ててフィーリアを葬った。そしてフィーリアの墓前で彼女の命を奪った毒の残りを煽り、彼女のもとへ旅立った。

二人が寄り添って眠る墓標には、思い出の水色の花冠と、枝を削った小さな花飾りがそっと置かれていた。


一方、レオナルドとフィーリアの命を奪ったゲオルグとエリーセは、軽い罰は受けたものの今も二人で暮らしている。

人は彼らを裁けない。

しかし、天に召された時、彼らは神にどんな裁きを下されるだろうか。

◇◇


最後はそう締め括られ、挿絵には水色の花畑に並ぶ二つの墓標と、ちょこんと載せられた水色の花冠が描かれていた。地名は書いていなくとも、二つの墓標が見下ろす海は明らかにブレナン公爵領だと分かる特徴が描かれている。


ブレナン公爵領は風光明媚な保養地として人気の場所だ。

港からは丘の上の二つの墓標が見えるはずだ。

人気の物語の舞台と知った貴族や裕福な平民たちはこぞってこの地を訪れているのだろう。

そして、人々は墓標に刻まれた オフィーリア・フォン・ブレナン の名前を見て、この物語が現実に起こった事だと知り、理解する。


人非人が誰なのか、どうして人が彼らを裁けないのか。


オフィーリアを死に追いやった日から一年と少しの月日が流れていた。

幽閉されることで罪を償ったと思っていた。

このままエルサと二人静かにここで過ごしていれば、いつか私たちのしたことは忘れられて、また家族で過ごせる日が来ると思っていた。

レナートが死んだことは知らなかった。

オフィーリアを想いながらも、誰かと結婚してブレナン公爵家を継いでいくものと思い込んでいた。


私は何と愚かで傲慢だったか。

何かで頭を殴られたような衝撃だった。

物語は、名前以外は事実であり、寸分違わず私とエルサがしたことだ。

いかに私たちが人の道を外れたことをしてきたのか、その行いを客観的に突き付けられるまで理解できないほど愚かで非道な人間だと思い知らされた。


レナートとオフィーリアを、初めて自分たちに置き換えて考えた。

エルサを誰かに取られると想像しただけで目の前が真っ赤に染まるほどの憎しみが湧いてくる。

更に手の届かない存在にされた挙句冷遇し、最後は飽きた人形を捨てるように命を奪った。

それを傍でまざまざと見せつけられ、傷ついた彼女を慰める事も手を伸ばす事もできず、ただ見ている事しかできない。

自身に置き換えてみれば、その苦悩は想像を絶する。

壮絶な憎しみと苦しさを、あのすました顔に隠して私に付き従ったであろうレナート。

愛する人の苦しみを目の当たりにしながら、言葉を交わす事も赦されず、悲しみを令嬢の顔に隠していつも微笑んでいたオフィーリア。

その二人の態度を、私は気に入らないというだけで、もっと苦しむ顔が見たいと言うだけで嫌がらせをエスカレートさせていった。

二人が仮面の下で血の涙を流しているなど欠片も考えなかった。


オフィーリアは王家に死に追いやられたのではない。

私たちが殺したのだ。

レナートも後を追ったのではない。

私たちが殺したのだ。

今すぐに二人の足元に身を投げ出したくとも、二人はもうこの世にいない。


あぁ、私たちは許されない。



本を閉じると、そこにはビアンカの署名があった。

【ジョーへ慈悲を込めて

王家の誇りは常に右手に】

ビアンカ・フォン・ブレナン女大公


この本を出版し舞台化して民衆に広め、ブレナン領を悲恋の聖地としたのはビアンカだったのか。

字を読めないものや舞台を見られないものへも知らしめるため流行歌を作り、吟遊詩人に国中に広めさせてこの悲劇を風化させないようにした。

そして慕っていた幼馴染二人の墓守として、王家の愚行を償うためにビアンカは女大公となり、王家に唯一直接意見できる力を付けたのだ。


そのビアンカが、私たちを許さないと言っている。

王妃から贈られたという事は、王家もそれを承知していると。

いや、私たちの覚悟の無さと反省の色も見せない様子に業を煮やしたという事が正しい。


私は右手に嵌っている指輪を撫でた。

幽閉される時、宝石や貴金属や衣装は全て持ち去られたが、王族の証であるこの指輪だけは取り上げられなかった。

その意味をはき違えていた。

いつか戻れると勘違いしていた。


幽閉されてすぐにそうしていれば、私とエルサは、死に至る病に倒れた王子と同じ病に感染しながらもそれを懸命に支えた健気な令嬢として、一時噂になるもいつしか忘れられて静かに眠ることが出来たのだろう。


しかし、私たちは傲慢にも自分たちのしたことを顧みず、自業自得の不幸を嘆きながら二人で手を取り合って暮らしていくことを選んだ。

オフィーリアの死を悼むこともせず贖罪をしようともせず、オフィーリアの死を踏みにじりながら穏やかに暮らしている私たちを、ビアンカは許せなかったのだ。


後悔も反省もしないなら、醜聞にまみれた憎むべき存在として後世に名を残せばいい。

自分たちのしたことを少しでも後悔して逝けばいいと。

今、私たちに向けられる世間の目は、あの日の礼拝堂で私たちを見据えたビアンカの目と同じだろう。


私たちは許されない。

許しを請う事さえ許されない。


エルサが目を覚まして私を呼んでいると告げられ、メイドに水とグラスを二つ持ってくるよう頼んで彼女の部屋へ入った。


私たちは許されない。


二人で最後の告解をし合い、水の入ったグラスに指輪の毒を垂らし入れた。

この毒はゆっくり意識を遠ざけてやがて死に至る。


メイドに王宮へ私たちの最期を知らせてもらうよう頼み、私たち二人はグラスの水を飲み干し、手を繋いでベッドに並んで横たわった。

私たちは同じ墓で眠ることはできないのだから、最後の我が儘としてせめて今だけ許してほしい。


苦しみはない。


薄れゆく意識の中でふと思う。


彼らに会ったら何と声を掛ければいいのだろう。

いや、同じ所へ行くことなどできるはずがない。

願わくは生まれ変わって、今度は彼らの幸せを支えられたら・・・

いけない、たとえ生まれ変わってまっさらな関係になっても、私は彼らに迷惑をかけるかもしれない。

たとえ魂であろうとも、未来永劫二人に出会わない事が私にできる償いだ。



あぁ、エルサは先に逝ったようだ。私もすぐにそばに逝く。


「生まれ変わったレナートとオフィーリアが来世では結ばれて幸せな人生を歩めますように」


最期の言葉をつぶやき、エルサと共に吹き付ける暴風の中へ旅立った。

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