第3話  王太子ジョージの後悔 ③

最終学年の新学期、私は恋に落ちた。


その冬の社交界では、美貌の前ブルク子爵夫人が未亡人となり、高齢のヘルマン侯爵の下へ後妻として嫁いだ事が大きな話題となった。

前ブルク子爵夫人は、破産寸前のギルマン男爵家の令嬢だったが、その美貌に惚れ込んだ50歳の前ブルク子爵がギルマン男爵家の借金を全て肩代わりして後妻として迎え入れた。

後妻に入ってすぐに女児を授かり、王都から遠い領地で親子3人穏やかに暮らしていたが、結婚18年で前ブルク子爵は身罷った。

前ブルク子爵夫人の美貌は王都でも有名で、前ブルク子爵に先を越されて悔しがっていたヘルマン侯爵の行動は人々が驚くほど素早く、喪が明けるのを待ちかねて攫う様に娶ったのだという。

ヘルマン侯爵夫人としてお披露目された彼女は、33歳となった今でも目を見張るほどの美しさだった。

前ブルク子爵との間に生まれたエルサは、美貌の母の顔立ちと華やかだった前ブルク子爵の髪と瞳の色を受け継ぎ、母を凌ぐ美貌ともっぱらの噂だった。

養女としてヘルマン侯爵家へ迎えられ、侯爵令嬢となったエルサは、学園へ編入できる優秀さも持ち合わせた才色兼備の令嬢として編入前から大変な話題となっていた。


エルサは私と同じクラスになった。

教室に入って来た瞬間、周囲が静まり返るほどの美しさだった。

美貌と頭脳に加え、子爵家で躾けられて侯爵家で磨かれた所作は大変美しく、溌溂とした性格と驕らない気質の、正に非の打ちどころの無い令嬢だった。



私は一瞬で心を奪われた。

その日を境にオフィーリアと過ごす時間はエルサと過ごす時間に変わっていった。

最終学年で生徒会の仕事が忙しくなることを言い訳に、オフィーリアを迎えに行かなくなった。

その代わり、生徒会に迎えたエルサと朝会議に出席することを理由に迎えに行くようになった。

昼食は卒業式の準備のミーティングと称して生徒会室のサロンで摂るようになり、エルサもそこに同席させた。

学園の交流会は、兄弟がいないことや同じクラスだからと言い訳を繰り返してエルサをエスコートし、オフィーリアを伴うことをしなくなった。

さすがにドレスは贈れないが、小さな贈り物は頻繁に贈った。

婚約者のいる私からの猛アプローチに、周囲の者たちは側妃として望んでいると解釈し、同じように解釈したヘルマン侯爵もエルサにそのように説いていたようだ。


そして、エルサの18歳のデビュタントボールのエスコートを申し入れ、ドレスを贈る約束をした事を知った母の自室に呼び出された。


「あなたの婚約者は誰なの?」


答えたくなかった。

エルサを心から愛している。

今ではエルサに会うために生まれてきたのだとさえ思う様になっていた。


「あなたはオフィーリアに王妃教育を受けさせたことを覚えていますか?」


覚えている。

馬鹿な事をしたと後悔している。

そんなことをしたせいで私はオフィーリアから逃げられない。


「エルサ嬢を側妃に迎える条件は、オフィーリアを娶って3年間子が出来なかった時のみです」


オフィーリアとの婚姻は2年後だ。オフィーリアに触れるつもりなどないのだから子は心配ない。

ただその間3年もエルサと離れ離れになるなど耐えられない。

その間に他の男に愛するエルサを取られてしまったらと思うと気が狂いそうだ。


「エルサ嬢のデビュタントのエスコートをすることもドレスを贈ることも禁じます」


ヘルマン侯爵は夫人をエスコートするのに、一体誰がエルサをエスコートできるんだ。


「エルサ嬢のエスコートはブレナン公爵家のレナートとします」


だめだ!だめだ!だめだ!

レナートだけはだめだ!


「嫌です!レナートだけは嫌です!」


絞り出すように王妃を睨んで叫ぶように答えた。


「ヘルマン侯爵家に釣り合う家格で婚約者がいないのはブレナン公爵家のレナートだけです」


頭に血が上り、目の前が真っ赤になった。

何もかもめちゃくちゃにして叫びだしたいほどの衝動を必死で抑え、握りしめた手に爪が食い込み血がにじむのを感じながら立ち尽くした。


無言を貫く私を見て、王妃はため息を吐くとその他は何も言わず部屋を後にした。


王妃が出て行ったことを確認すると、私ははじかれた様に部屋を飛び出し、ヘルマン侯爵家へ馬車を急がせた。


エルサは絶対に私の妃にする。側妃ではなく王太子妃だ。

レナートだけには絶対に渡さない。

そうだ、レナートはまだ誰とも婚約していない。

それならレナートにオフィーリアを返せばいいじゃないか。

二人は愛し合っているのだし、これが一番みんな幸せになる方法だ。

いくら王妃教育をしたからって、ブレナン公爵家は王家のスペアなのだから問題ない。


父王ならなんとかしてくれる。



ヘルマン侯爵家へは急いで先触れを出してヘルマン侯爵とエルサの面会を申し入れてあった為、到着してすぐ執務室へ通された。


私はヘルマン侯爵へ誠心誠意説明した。

エルサを心から愛していて、側妃ではなく王太子妃として迎え入れたい事。

ブレナン公爵家のオフィーリアとは婚約解消をする。

もともとオフィーリアは幼い時から養子に入ったレナートと婚姻して公爵家を継ぐ予定であり、今も二人は相思相愛である事。

二人の気持ちを汲み、私から婚約解消をして二人が結ばれるようにしようと思っているのだと。


そしてエルサの前に跪いて手を取ってプロポーズをした。


「エルサ嬢 ブレナン嬢とは必ず婚約解消をします。あなただけを心から愛しています。あなただけを生涯愛すると誓います。どうか私の妃になって下さい」


エルサは頷いてくれた。

天にも昇る気持ちだった。



「ジョージ殿下、ブレナン嬢との婚約解消がどの様な結果をもたらすか、覚悟はおありですかな」


ヘルマン侯爵は私の目をまっすぐに見つめながら問いかけた。


「もちろんです。

エルサと共に人生を歩めるなら、どんなことでも受け止めて一緒に乗り越えて行きます」


「エルサはどうだ?」


「わたくしも、ジョージ様とご一緒なら、どんな結果になろうとも、どんな辛いことがあろうとも

 乗り越えられます」


「分かった」


ヘルマン侯爵は一言そう告げると、私たちを執務室から送り出した。



その夜、父王の自室を訪ねてエルサと出会ってからの事を伝えた。

エルサが自分の真実の運命の相手であった。

身分も能力も申し分なく素晴らしい女性であり、私の唯一の存在としてエルサを心から愛している。

オフィーリアとの婚約の解消をしてエルサを王太子妃に迎えたい。

勝手なふるまいは重々承知しているが、ブレナン公爵家のためにも、愛し合うレナートとオフィーリアが結ばれるよう私が身を引くのが皆幸せになれる方法だ。

お願いします。

エルサを王太子妃にすることを認めてください。

話しながら感情が高ぶり涙が溢れ、最後は号泣しながら懇願した。


父王は何も言わず黙って話を聞いた後、ヘルマン侯爵と同じ様にまっすぐに私を見据えながら尋ねた。


「オフィーリアに王妃教育を施したことの意味を本当に分かっているのか」


「もちろん分かっています。王家の秘匿事項は一子相伝、ですがブレナン公爵家は王家のスペアの一つです。それにオフィーリアは口止めすれば明かしたりはしないでしょう」


「もう一度冷静になって良く考えなさい」


「十分考えた末の結論です。私の身勝手ですのでどんな罰も甘んじて受けます。エルサと共に乗り越えてみせます」


「感情のままに行動してはいけない。エルサ嬢のデビュタントボールのエスコートもドレスを贈ることについてもだ。それは婚約者の居る身としてはもちろん、次期国王として相応しい行動なのか?」


「愛する人の一生に一度のデビュタントボールにドレスを贈ってエスコートする事が間違っているとは思いません。そのために、堂々と私の唯一が誰なのか知らしめるために、早急にブレナン嬢との婚約解消が必要なのです」


「エルサ嬢のデビュタントボールでのそなたの行動を今回の答えとする。それがどのような結果になっても一切の責任は二人にある。エルサ嬢ともよく話し合い、お互いのためにももう一度よく考えて答えを出すように」


この時、私は父王の承諾を取り付けたと解釈した。

例えどんな結果になったとしても、受け入れてエルサと共に支え合って乗り越えてみせる。

静かに言い渡した父王の決意を私は見誤っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る