第2話  王太子ジョージの後悔 ②

【ブレナン公爵家オフィーリア嬢を王太子ジョージの婚約者とする】


王命にブレナン公爵は歯を食いしばったまま返事をした。


「御意」


高位貴族を集めたホールでの宣言。

打診の度に辞退し、正式な申し入れも固辞した結果、王命としての発表となった。


ブレナン公爵家とグレイ公爵家の面々は深く後悔した。

レナートを先に養子としたのが間違いだった。

グレイ公爵家とブレナン公爵家は先代が兄妹であり、養子としての血筋は理想的だった。

家族同士の付き合いも親密で、小さなころから両家の子どもたちは互いの領地で兄弟妹のように育った。

とりわけレナートとオフィーリアは仲が良かったのだから、早い段階で婿養子として迎えていればよかった。


周囲は当然そのように理解していたし、公爵家同士の縁組に横槍を入れるなど他の貴族家は考えもしない。

まさか第一王子のジョージ殿下がオフィーリアに目を留めるなど思ってもみなかった。

例え見初めたとしても、第一王子の我が儘を陛下が通すなど夢にも思わなかった。

母である王妃も、王姉でありレナートの母であり第一王子ジョージ殿下の伯母でもあるグレイ公爵夫人も猛反対していたにも関わらずだ。


彼女らの言葉も周囲の諫言も陛下には届かず、程なくして第一王子ジョージ殿下の立太子の宣言と共にオフィーリアとの婚約が国内外へ発表されてしまった。



◇◇◇

「お兄様はオフィーリア様を真実愛してはいらっしゃらないでしょう?」


ある日の昼下がり、庭園のガゼボのそばを通りかかるとお茶をしていた妹のビアンカに声を掛けられ久しぶりに兄妹で茶会をすることになり、普段の兄妹の他愛無い会話の途中で突然問われた。


「オフィーリアが私の唯一だよ」


愛しいものを見る目をビアンカに向けてそう答えた。


「それならいいわ」


ビアンカも花が綻ぶような笑顔を向けてそう答えた。


その後は、何事もなかったようにお互いまた他愛のない会話を続けてガゼボを後にした。

夕食の席でも普段と変わりなく家族と共に食事を摂り、その後のサロンでも普段と変わりなく弟たちと過ごした。



ビアンカに見抜かれていた。


部屋に戻って一人になると一気に焦りが押し寄せた。

オフィーリアへの態度は完璧だと自負していた。

理想的な婚約者としてエスコートもこなしているし、贈り物にも心を込めている。

本当に可愛いとは思っているので、優しく掛ける言葉や態度に嘘はない。

ビアンカとオフィーリアは同い年で、二人とも私とは一年遅れて学園に入学した。

オフィーリアが入学するまでの学園生活で他の女生徒を近づける事も一切しなかったし、オフィーリアが入学してからは、朝は必ず迎えに行って一緒に登校し、必ず昼食は共にしている。

生徒会の仕事も共に熟して、放課後は王宮へ一緒に戻りお互い王太子教育と王子妃教育を受ける。

今までオフィーリアの対応に気を抜いたことは一瞬たりとも無い。

それなのに。


誕生日に垣間見たレナートのオフィーリアへ向ける眼差しは、愛するものへ向けるものだと今でははっきりと分かる。

人目を忍んでオフィーリアへ向けるレナートの今なお変わらぬその眼差しと私のそれとの温度差にビアンカが気づいてしまったのだ。


それ以来、私のオフィーリアへの干渉と執着はさらに強まった。

オフィーリアを磨き、飾り立てて女神のように扱い常にそばに置く。

学園内だけでなく社交界でも眩しいほどの寵愛だと噂され、私とオフィーリアは持て囃された。


更に、妃教育を終えたオフィーリアへ王妃教育を施すよう願い出た。

しかし母は頑として受け付けず、さらに言い募る私に王妃として禁止を命じた。

だが、父王は私の泣き落としに弱い。

オフィーリアを失うことがあれば私は生きていけないと懇願すると、王妃命を撤回させた上、国王自らオフィーリアに王妃教育を施した。

王家の秘匿事項を知ってしまったオフィーリアにはもう私へ嫁ぐ以外の道は無くなった。

これでどんなにレナートが焦がれようともオフィーリアは私のものだ。レナートは指を咥えて見ているしかできない。


王妃教育を施す前に、私は父王に問われた。


「王妃教育を施せばもう後戻りは出来ぬ。もしもそれを違えた時、その責任を負う覚悟はあるか」


ここが引き返せる最後の分岐点だった。

妹を通して紡がれた運命の女神の言葉に己を顧みず、父王に質された覚悟の意味も理解せず、

愚か者として一歩を踏み出した。



誰の手も届かなくなったオフィーリアから、私の関心が離れていくのはあっという間だった。


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