第27話 編入か維持か…
第27話 編入か維持か…
キャッスルリスターの街並みは、かつての活気を失っていた。市場に並ぶ店は三分の一が閉じられ、残る店も品物は乏しく、客はほとんどいない。かつては笑い声と呼び込みでごった返していた通りは、今や沈黙に覆われ、風が埃を運ぶ音だけが響いている。
アルトは黙って歩いていた。剣の柄を握る手に汗が滲む。かつて自分が暮らした街――少年時代の思い出が詰まった場所。だが今目に映るのは、疲弊した人々と、不安に押しつぶされた沈黙ばかりだった。
「……人の気配が薄い」
仲間のひとりが呟いた。
アルトは頷き、視線を前に向ける。市場を抜けた先には、広大な石畳の広場がある。王国時代、毎年夏には酒の飲み比べ祭りが開かれ、兵士も冒険者も、民衆も共に杯を交わした。笑いと歌声が絶えなかったあの場所は、今はただ虚ろな空間と化していた。
その時だった。
――空が裂けた。
紫紺の亀裂が天頂を走り、広場に亜空間の穴が開いた。周囲の空気が震え、地面が低く唸る。人々が悲鳴を上げ、建物の影から逃げ惑う。
裂け目から姿を現したのは、一人の男。漆黒の外套をまとい、銀の髪を背に流し、眼光は氷のように冷たい。
四天王――ヨシカゲ。
「ヨシカゲ!」
アルトは叫び、反射的に駆け出した。剣を抜き、一直線に跳躍して斬りかかる。
しかし。
鋼の刃は、透明な壁に弾かれるように宙を滑り、逆に衝撃でアルトの体が弾き飛ばされた。背中を石畳に打ちつけ、肺から空気が押し出される。
ヨシカゲは動かなかった。攻撃を受け止めたのではない。ただ、存在そのものが拒絶の壁のように、アルトの刃を退けたのだ。
男は静かに両手を広げた。
「あなたが……英雄アルト様ですね」
その声音は驚くほど穏やかだった。
「私は今日、戦いに来たのではありません。話をしに来たのです」
「……ふざけるな。降伏しに来たのか?」
アルトは息を荒げながら立ち上がる。
ヨシカゲはわずかに首を横に振った。
「ここで戦うのですか? もしあなたが望むのなら、私は拒みません。だが……その選択が本当に、あなた方の未来につながるのでしょうか」
言葉の一つ一つが、冷水のようにアルトの胸を打った。剣を握る手に力を込めるが、反撃の言葉が出てこない。
その時、街の魔音声放送が鳴り響いた。ヨシカゲの声が、広場だけでなく街全体に響き渡る。
『キャッスルリスターの皆さん。本日は、あなた方にとって新たな門出の日となるでしょう』
人々は息を呑み、逃げる足を止めた。誰もが、その声に耳を奪われる。
『五日後、我々はミヤノザキにて帝国として独立を宣言します。その上で、この街の皆さんに選んでいただきたい。――我が帝国に正式に編入するのか、それとも王国の属領として、宙ぶらりんな状態を続けるのかを』
「な……」
アルトは呆然と呟く。
『五日後、再び参ります。それまでによく考えてください』
宣言を終えると、ヨシカゲの姿は音もなく消えた。広場にはざわめきと混乱だけが残される。
やがて、ひとりの男が壇上に上がった。痩せた体に煤けた顔。アルトは目を見開く。
「……ウィルス」
かつて共に学んだ友人。懐かしい名前が胸に突き刺さる。
「六年前、俺たちの街は戦火に飲み込まれた。それから王国は支援物資を送ってくれたが、戦線は動かない。俺たちは、どこの国にも属せず、未来を描けずにいるんだ」
彼の声は震えていたが、強い意志が宿っていた。
「だったら……帝国に入った方がいい。新しい旗の下で生き直した方がいい」
「なにを言ってる!」
アルトは叫ぶ。声が広場に反響する。
「魔物に従うなんて、屈辱だ! お前はそれでいいのか!」
しかし、民衆の間にはざわめきが広がる。
「確かに……王国は助けに来ない」「もう疲れた……」「魔物と共生なんて……」
その時、別の影が壇上に現れた。小柄な女――だが額から伸びる二本の角が、彼女が魔人であることを示していた。
「私はエルド。魔人です」
彼女は人懐っこい笑みを浮かべる。
「どうか安心してください。私は武器を持ちません。この街に滞在し、皆さまの疑問に答えるために残りました」
一人の男が叫ぶ。
「なぜ俺たちなんだ! なぜこの街が選ばれた!」
エルドは真剣な眼差しで答えた。
「我が帝国は、人と魔物の両方の居場所を作りたいのです。吸血鬼も、ゴブリンも、鬼も……恐怖の物語を背負わされただけで、知性を持つ者は穏やかです。あなた方は“人”というだけ。区別する理由はありません」
広場がざわつく。アルトは彼女を睨む。しかし、言葉は整然としており、否定する術が見つからない。
「それに……」エルドの声が強まる。
「私たちは戦いを望んでいません。民意によって未来を決めたいのです。投票によって」
広場の空気は、もはやアルトひとりの叫びでは覆せなかった。
アルトは剣を握りしめ、奥歯を噛み締める。
――この街は変わろうとしている。
――だが、それを認めるわけにはいかない。
英雄の胸に、焦燥と孤立感だけが深く刻まれていった。
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