第24話 正教会編ep8 大司教の終わり。


30話 大司教の終わり。


 聖堂は、戦いの予兆で震えていた。

 大理石の柱が軋み、黄金の装飾が震え、子供たちの泣き声が反響する。

 中央に立つ大司教グリデウスは、法衣の裾を翻し、杖を掲げた。


「――来い、異端者ども。神の裁きが下る時だ。」


 その声と同時に、聖堂の天井に彫られた魔法陣が光り、無数の鎖が降り注ぐ。

 鎖はまるで生き物のようにうねり、アダとメシアを絡め取ろうと迫った。


「クソッ、速い……!」

 アダは即座に契約魔法を展開する。掌から光の紋章が浮かび、鎖を弾く。

 一方、メシアは人間の姿を捨て、赤い魔力を纏って鎖を引きちぎる。

 角が伸び、赤黒い翼が背に生える。四天王としての本来の姿――。


「グリデウスッ! テメェの“神”は腐ってやがる!」

 メシアが咆哮する。


「黙れ。神の意志は私の意志だ。

 人は愚かで弱い。導く者が必要なのだよ。私こそが、その神託者だ!」


 その声には狂気と陶酔が混じっていた。

 彼にとって人間も悪魔も、ただの駒にすぎない。

 自らを「神」と重ねるその姿は、もはや宗教家ではなく、怪物だった。



---


 戦闘は熾烈を極めた。

 グリデウスは天井から無数の光槍を降らせ、足元からは聖火を噴き出す。

 それは本来、数百の僧侶が同時に祈ることで発動する大規模魔法。

 だが、グリデウスは一人でそれを発動していた。


「馬鹿な……一人で、ここまで……!」

 アダは歯を食いしばりながら、契約魔法で防御陣を展開する。

 その間にメシアが突進し、赤い爪で光槍を砕く。


「アダ! 合わせろ!」

「……ああっ!」


 二人の声が重なり、同時に飛び込む。

 アダの契約魔法が鎖を封じ、メシアの一撃がグリデウスの防御結界を粉砕した。


 だが――。

 次の瞬間、グリデウスの杖から放たれた閃光がメシアを貫いた。


「ぐっ……!?」

「メシア!」

 メシアは膝をつくが、歯を食いしばって立ち上がる。

「……これしきで倒れるかよ。まだ終わっちゃいねえ!」


 そして、アダが一歩前へ出た。

 掌を広げ、静かに告げる。


「――契約発動。」


 その瞬間、空気が凍りつく。

 アダの契約魔法がグリデウスを縛り上げ、肉体を無力化する。

 大司教は必死に抗うが、動けない。


「ふざけるな! 私は大司教だぞ! この世界を導く者だ! 神の声を――」

 その言葉を遮るように、アダは低く告げる。


「……お前の声など、もう誰にも届かない。」


 契約の刃が振り下ろされる。

 グリデウスの心臓を貫き、命を絶つ。


 ――しかし。

 アダはすぐに掌を掲げ、治癒魔法をかけた。


「ぐっ……!? ば、馬鹿な……!」

 蘇った大司教は、息を荒げながら見開いた目でアダをにらむ。

 だが次の瞬間、再び刃が突き立つ。


 殺しては治癒し、治癒しては殺す。

 その拷問は、魂が削られるほどに続いた。

 やがて、大司教グリデウスの瞳からは光が消え、ただ口を開けたまま涎を垂らすだけの姿となった。


「……これで、終わりだ。」

 アダは静かに目を伏せた。

 もう、人格はどこにも残っていない。



---


 その後――。


 正教会は「大司教グリデウスは病に倒れた」と発表した。

 彼は今も大聖堂の椅子に鎮座し、誰も近づけぬ神聖な存在として飾られている。

 だが、裏ではただのボケ老人として扱われ、会議の席では既に「次期大司教候補」の名が囁かれ始めていた。


 人々は表向き、敬虔な祈りを捧げながら、心の底では彼を「終わった人間」として見ている。

 それが、この世界の皮肉な現実だった。



---


 夜の大聖堂。

 誰もいない聖堂の天井に、ひとつの影が舞い上がる。


 ――メシアだ。

 彼の背から、漆黒の翼が大きく広がる。

 月光を浴び、静かに羽ばたき、空へと飛び去っていく。


 アダはその背中を見送った。

 魔王軍の四天王。

 だが、同時に――共に戦った仲間の背中を。


 彼の飛び去った先には、まだ果てしない戦いが待っている。

 だが今はただ、その背を見上げるしかなかった。

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