第20話 ep4 噴水の下へ


第20話 噴水の下へ


 メッシュの話を聞いてからというもの、胸のざわつきが収まらなかった。

 あの「人食い噴水」に何か秘密がある。そう直感していた。


 その夜、俺はメッシュと共に高台に身を潜め、噴水全体を見下ろすことにした。

 崩れかけの建物の屋根に腰を下ろし、夜気を吸い込む。下ノ街の夜は静かだ。静かすぎる。

 だがそれは「平和」ではなく、「見張られているような静けさ」だった。


「なぁ、アダ。ここに来て、ただ噴水を眺めるだけで終わりか?俺はてっきり何か仕掛けるんかと思ったで」

 メッシュが退屈そうに、壊れた煙管を弄びながら言う。


「いや。ここはどうも正教会と関係してる気がしてならないんだ。直感だがな。」

「勘か。まぁ、探偵としては嫌いじゃないねぇ。けどオマエ、勘で動くと早死にするぞ?」

 冗談めかしながらも、メッシュの目は鋭かった。


 時間が過ぎ、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。

 夜の二時。最も街が眠り、最も魔が騒ぐ時刻。

 俺の背筋を冷たいものが撫でた。


 ふと横を見ると、メッシュは器用に膝を抱えたまま眠っていた。

「おい……探偵なら見張りくらい頑張れよ」

 苦笑混じりに小声で呟く。俺だって眠気は限界だった。だが、不思議と瞼は閉じなかった。胸のざわめきが眠気を上回っていたのだ。


 そのときだった。


 ――コツ、コツ。


 硬い石畳を踏み鳴らす規則的な足音。

 遠くから、だが確かにこちらへ近づいてくる。


 俺は一瞬で目を凝らした。

 やがてランプの明かりに照らされ、十人ほどの集団が姿を現す。

 白い長衣。胸元には銀の十字を模したペンダント。

 正教会の人間だ。


「……やっぱりな」

 呟きは吐息に溶ける。


 彼らは整列し、まっすぐ噴水の前へと進む。

 その光景は静謐でありながら、どこか異様な緊張感を漂わせていた。


「メッシュ、起きろ……!」

 小声で肩を揺するが、探偵はピクリとも動かない。

「おい、探偵。寝てる場合か」

 もう一度揺すろうとしたとき、彼らの先頭に立つ司祭が声を上げた。


「我らが正教会に幸あれ。神の光と裁きが、この地を照らさんことを。」


 その言葉を合図に、噴水全体が低く唸りを上げる。

 ゴゴゴゴ……!

 水面は不自然な渦を巻き、やがて水は一滴残らず消え失せた。

 石造りの噴水は中央から真っ二つに割れ、黒々とした穴が口を開く。


 地下へと続く階段だ。


「……嘘だろ」

 思わず声が漏れた。


 白衣の一団は、手にしていた鉄格子の檻を持ち上げる。

 布がずれ、中のものが覗いた瞬間、俺の心臓は凍りついた。


 赤黒い肌。人のようで人ではない輪郭。

 牙を剥き、低い唸り声を上げる影――悪魔。


 俺は以前見た「ヒビト」の姿を思い出す。まさか、これが……。


「……ビンゴ、やな」

 気づけば、横でメッシュがいつの間にか目を開けていた。

 満足げな笑みでこちらを見、唇を舐める。


「ようやく証拠を押さえたわ。正教会が悪魔を運んどるなんざ、世間に出りゃ大騒ぎや。」


 十人の司祭は檻を抱え、ゆっくりと階段を下っていく。

 最後の一人が消えると同時に、噴水は再び閉じ、水が湧き出して元の姿に戻った。

 さっきまでの光景が幻だったかのように。


「――今しかない!」

 俺は咄嗟にメッシュの腕を掴み、残りわずかに閉じかけた隙間へと飛び込んだ。


「いっ、てぇ! 何すんねん急に!」

 階段に転がり込んだメッシュが呻く。


「悪い。だが逃すわけにはいかない」

 言い返しながら俺は立ち上がる。


 そこには闇の廊下が広がっていた。

 冷たい空気が肌を刺し、壁に触れるとぬめりが残る。湿っている。

 蝋燭の匂い、鉄の匂い、そして……血の匂い。


「……ここは、ただの地下じゃねぇな」

 メッシュが口笛を吹き、真顔に戻る。

「アダ、お前の勘はどうやら正しかったらしいで」


 奥へと続く闇。

 その先に何が待つのか。


 俺は拳を握りしめ、慎重に足を踏み出した。

 メッシュも小さく頷き、隣に並ぶ。


 ――正教会の闇を暴くために。

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