第5話 かりそめの英雄


5話 かりそめの英雄


今日の仕事は、冒険者たちをダンジョン兼訓練所へ送り届ける往復便だ。

俺――送迎士アダは、魔馬車の調整を済ませ、いつものようにギルド前から出発した。


夜のうちに掃除(魔物狩り)を済ませておいたおかげで、街道は実に静かだ。

川沿いの道を滑るように進む魔馬車。車輪の音も、どこか心地いい。


「皆様、ダンジョンに到着いたしました。ご武運をお祈りいたします」


馬車を降りる冒険者たちに頭を下げ、俺は軽く笑った。

彼らの目はいつも輝いている。戦いに挑むものの目だ。

俺はただ、安全に彼らを送り届ける。それが俺の誇りであり、役目。


今日も「遅れ零」を守れた。それで十分だ。


――一方そのころ、バラス王国都。


「……四天王を撃破? 俺が? レベル20の俺が?」


勇者アルトは、両手で頭を抱えていた。

昨日の夜、気を失っていただけなのに。

目を覚ませば、いつのまにか「四天王を単独撃破した英雄」と祭り上げられていた。


「いや、だから違うんだって! 俺じゃなくて――」

「ほら見ろ、また謙遜してるぞ!」

「さすが英雄様は控えめだ!」


市民もギルド職員も、誰も彼の言葉を信じてくれない。

「違う」と言えば言うほど、「英雄の謙虚さだ」と解釈されてしまう。


アルトの顔は青ざめていく。


「俺……どうなっちゃうんだこれ……」


そのときだった。

豪快な音を立てて、ギルド本部の大扉が蹴り開かれた。


ドドォォン!


「ひ、ひいっ!? 誰だ!」

アルトは情けない声をあげ、腰を抜かした。


現れたのは、筋肉鎧に身を包んだ巨漢たち。

その先頭で大剣を振り上げる男が吼える。


「英雄アルトよ! 我ら《暴破》ギルドが迎えに来た! 貴様の単独撃破、その精神力とパワーは我らの派閥にふさわしい!」

「ガッハハハ!」


アルトはさらに後ずさった。


「ま、待ってくれ! 俺はまだどこに所属するかなんて――」


その言葉を遮るように、別の声が響いた。


「そうは行きませんよ」


廊下の奥から、ローブ姿の魔導士たちが現れた。

胸には《天承》ギルドの紋章。


「英雄アルト様には、ぜひ我ら天承派に所属いただきたい。

 その圧倒的なカリスマで冒険者たちを導き、全体の実力を底上げしていただくのです」


「な、な、なんで俺がそんな大役を……っ!?」


ギルドのホールに轟く怒号。

暴破の豪腕たちと、天承の知略派。

その両陣営に挟まれ、アルトはすっかり涙目になっていた。


「お、俺なんでこんな目に遭わないといけないんだよぉぉぉ〜!!!」


――その叫びは、王都にこだました。


アルトは知らない。

自分が英雄に祀り上げられた影で、真の功労者が黙ってハンドルを握り続けていることを。


アダは今日も、遅れ零を胸に刻み、帰路の馬車を走らせていた。


暴破派Sランク――剛腕の戦士ガラーン。

大剣を肩に担ぎ、豪快に笑いながらギルドのホールに踏み入ってきた。


「アルトよ! 我々と共に来い! 武を極め、共に魔王を倒そうではないか!」


その声は壁を震わせ、空気を押し潰す。

その気迫だけで、周囲の冒険者たちは息を呑んだ。


すかさず立ち上がったのは、天承派のSランク魔導士ネシス。

長い杖をトンと床に突き、低く響く声で言い放つ。


「いやいや、力任せの時代は終わった。

英雄アルト殿、我ら天承派に来るべきです。

後方から魔力を積み重ね、着実に勝利を掴むのです。

あなたの才覚は、我々の戦略にこそ活かされる!」


ギルドの中央、視線を浴び続けるアルト。

「え、えっと……いや……その……」

声が喉に詰まり、怯えたように口をパクパクさせるばかり。


そんな彼を、片手にワインを揺らしながら眺める者たちがいた。


金色の髪をなびかせる美女、威国派Sランク、ミリア。

「ふふ……あの坊っちゃんが、四天王を? にわかには信じがたいけれど。

何かしら秘めた力があるのかもしれないわね」


その隣で椅子に腰掛け、頬杖をつくのは神眼派Sランク・カリン。

長いまつ毛を伏せ、妖しい微笑を浮かべながら言う。

「まあ〜? 強そうかどうかは関係ないわ。

かっこイイし、華があるんだからそれで十分。……ミリア、あれは私のモンだから」


「勝手に決めないでくれる?」

「ん〜決めたもの勝ちでしょ?」

二人の女傑の間で火花が散る。


一方、隅の席で脚を組む男。魔英派Sランク、クラー。

ぼんやりとグラスを揺らしながら、無気力に呟いた。

「うーん……あんまり強そうに見えないなぁ。

でもまあ、上が騒ぐなら価値はあるんだろうね」


いつもは賑やかなギルド本部のホールは、異様な緊張感に包まれていた。

Sランク同士が一堂に会するなど、滅多にない。

しかも皆、たった一人の青年を巡って対立し始めているのだ。


アルトは冷や汗を流し、心の中で叫んだ。

(お、俺って……Bランクのはずじゃなかったのか!? なんでこんな大物たちに囲まれてるんだよぉ!)


そのとき――


「待った!」


鋭い声が響いた。

ホールの扉を押し開き、堂々と歩み入る男の姿。

赤いマントを翻し、背中には蒼光を放つ長剣。

超天派Sランク――エンバースである。


「アルト君は我ら超天派のSランクだ!」

彼は凛とした声で宣言する。

「そう簡単に引き抜かせはしない! アルトは、超天派最高戦力の一人なのだから!」


ホールはざわついた。


「なっ……! 最高戦力だと!?」

「嘘だろ……あの若造が……?」

「いや、しかし四天王を倒したとなれば……」


他派閥の強者たちの視線が再びアルトに注がれる。

アルト自身は顔面蒼白。


(ちょ、ちょっと待て! 俺、Bランクってギルドカードに書いてあるんですけど!?

いつの間にSランクになってるんだよぉぉぉ!)


場の空気はさらに張り詰める。

暴破派のガラーンが立ち上がり、声を張り上げた。


「決めるのは本人だ! アルト、お前の心はどこにある!」


「さあ、選ぶのです!」とネシス。

「アルトは私のもの〜」とカリン。

「ふふ、面白いことになってきたわね」とミリア。


アルトは頭を抱え、震え声で叫ぶ。

「や、やめてくれぇぇぇぇぇぇ!」


その瞬間――


ギルド全体に轟く警報の音。


カァーン! カァーン! カァーン!


「バラス王国に襲撃の知らせ!」

伝令兵が駆け込んできた。

「魔王軍の大部隊が北門に迫っております!!」


その報告を聞いた瞬間、ガラーンの目が輝いた。

「おおっ! 戦いの匂いだ!」

豪快に笑い、大剣を担いでギルドを飛び出す。


「フン、出番というわけね」とミリア。

「やれやれ、面倒ごとばかりだ」とクラー。

「アルト君、行こう!」とエンバース。


それぞれが武器を構え、戦闘態勢を整えていく。


アルトは立ち尽くした。

(うそだろ……今度は魔王軍の襲撃!? 俺……どうすれば……!?)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る