第3話 夜の掃除(狩り)


3話 夜の掃除(狩り)


夜1時。

バラス王国支部の宿舎の灯りは消え、街全体が寝息を立てていた。


俺――送迎士アダにとって、ここからが本当の仕事だ。

明日、通るであろう街道を安全にしておく。それが「夜の掃除」だ。


馬車の影に隠していた愛用の槍を手に取り、ひとり夜道を進む。

月明かりの下、草むらから獣のうなり声。魔物の臭気が漂ってくる。


「……いつも通りだな。」


音もなく槍を振るう。

草むらに潜んでいた狼型魔獣が一閃で斃れる。

死体はすぐに浄化の光で燃やし尽くし、灰へと変えた。

死体を放置すれば、ゴブリンやアンデッドを呼び寄せてしまうからだ。


淡々と魔物を狩り、浄化を繰り返す。

それはもはや日課であり、息をするのと同じ。


だが――その夜は違った。


「……む?」


前方に、異様な瘴気が立ち込めている。

腐った肉のにおい。地面を叩く鈍い音。


霧の中から姿を現したのは、黒衣をまとった長身の男だった。

手には骸骨をあしらった杖。

背後にずらりと並ぶのは、屍兵の群れ。

空気が凍りついた。


「我が名はアリアン。魔王リベエスト様が遣わした四天王のひとり……だが、名もなき人間よ、貴様には名乗る価値もあるまい。」


四天王――?

だが俺は首を傾げるだけだった。


「魔王軍とか興味はない。ただ、この道は明日俺の路線になる。通行の邪魔をするなら……掃除するだけだ。」


アリアンは愉快そうに嗤う。

「愚か者め。ならば我が屍兵の軍勢に踏み潰されるがいい!」


杖が振り下ろされると同時に、死体が次々と立ち上がり、腐肉の軍団が俺を取り囲んだ。

土の中から腕が突き出て、骨が擦れ合う音が響く。


だが俺は動じない。

天転契約――天与浄化魂


虚空に三つの光の扉が浮かぶ。

そこから天の魂が、

槍にまとわりつき、その天魂はどんどん大きくなる。

俺は一振りすると、

アンデッドどもを一瞬で灰へと変える。


「な、何ッ!?」


アリアンの顔色が変わった。

だが、俺は冷静に槍を構える。


「仕事の邪魔だ。消えてもらおう。」


足元を蹴り、瞬間移動にも似た速度で間合いを詰める。

槍の一突き――それだけでアリアンの防御結界が粉砕された。


「ぐっ……ば、馬鹿な……!」


追撃の斬撃を叩き込む。

二撃目でアリアンの体は真っ二つに裂け、断末魔を上げながら崩れ落ちた。

屍兵も同時に霧散する。


「……終わりか。これで明日の便は安全だな。」


俺はただ、いつも通りの仕事を終えただけだった。

だが――


「……っ! あ、あんた……!」


振り返ると、街道の影からひとりの青年がこちらを見ていた。

勇者アルトだ。


月光に照らされたその顔は、驚愕と畏怖に染まっていた。

彼の目に映っているのは、送迎士ではなく――

魔王軍四天王を二撃で葬った「バケモノ」だった。


「ちょ、ちょっと待てよ……今の……四天王、だよな……? あんた……一体……何者なんだよ……!」


俺は槍を収め、肩をすくめる。


「……送迎士だよ。ギルドのな。」


そう言い残し、背を向ける。

アルトの視線を感じながら、俺は淡々と街へ戻っていった。


夜明けまでには眠らなければ。

明日もまた、送迎士として馬車を走らせるために。


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