送迎士と英雄

@azzzsan

第1話 送迎士という仕事


第1話 送迎士という仕事


 この世界を侵略するべく、遥か異界より魔王リベエストが姿を現したのは、今からおよそ十年前のことだ。

 魔物、怪物、異形のものたちが次々と湧き出し、世界は混乱の渦に呑まれた。


 そんな絶望の時代に、人々の希望となったのが「勇者」と呼ばれる存在。

 そして勇者や冒険者たちを支える巨大組織こそが――ギルドである。


 ギルドは六つに分かれており、それぞれが特定の分野と属性に特化している。

 超天、威国、天承、魔英、神眼、暴破

 剣を得意とする者は威国、魔術に長ける者は魔英、神秘を探求する者は神眼。己の資質を見極め、適したギルドに所属することが、冒険者にとっての第一歩だ。


 そして今夜も、冒険者たちが集う場所がある。

 ここ――超天ギルドは、昼は依頼の窓口として、夜は冒険者たちの酒場として賑わいを見せる。戦いに疲れた彼らの心を癒すのは、濃い酒と仲間との語らいだ。


 俺の名はアダ。超天ギルドの職員であり、そして送迎士でもある。


 送迎士――それは、冒険者たちを依頼の現場へ運び、帰りまでを支える裏方の仕事だ。

 依頼が発生すれば、俺の魔馬車が呼び出される。数人、多ければ十数人もの冒険者を乗せ、森を抜け、山を越え、時には魔物の群れの中を駆け抜ける。

 冒険者がどれだけ勇敢でも、行き帰りの足がなければ話にならない。だから俺の仕事は、表向きは「ただの送迎」だが、裏を返せば彼らの生死を握る重要な任務でもある。


 ――今日も、俺の魔馬車には多くの冒険者たちがひしめいていた。


「なぁ、聞いたか? リベエスト軍の尖兵が北の国境に現れたらしい」

「嘘だろ、つい先週討伐したばかりじゃなかったのか?」

「いや、奴らは無限に湧いてくるんだ……だからギルドの依頼も尽きることがねぇ」


 車内ではそんな会話が飛び交う。

 誰もが浮き足立っているが、同時に血気盛んでもある。冒険者という人種は、恐怖を笑い飛ばし、危険に酔う。そうでなければ、この稼業は続けられない。


 俺は御者席から振り返り、声を張り上げる。


「みなさん! まもなく超天ギルドに到着いたします。杖、剣、武器のお忘れなく!」


 この合図で、冒険者たちは一斉に装備を確認する。誰かの剣帯が外れていないか、杖に傷はないか、弓弦は湿っていないか。

 俺の仕事はただ運ぶことだけじゃない。出発から帰還まで、彼らが戦い抜けるように目を配るのも送迎士の役割だ。


 俺の手綱さばきに合わせ、魔馬たちは夜の石畳を軽快に蹴る。

 魔馬――ただの馬じゃない。魔力を糧に疾走する、ギルド専用の生きた兵器だ。炎を吐く魔物の群れを突破するときも、毒霧の沼を渡るときも、この馬たちは頼れる相棒になる。

 だが扱いは難しく、並の御者では一日で振り落とされる。だから送迎士という仕事は、常に命懸けなのだ。


 やがて、遠くに超天ギルドの灯が見えてきた。

 巨大な尖塔のシルエットが夜空を突き刺し、その窓からこぼれる灯りは冒険者たちにとって帰還の証。


 冒険者たちは歓声を上げ、互いに肩を叩き合う。

「帰ってきたな! 生きて戻れば、酒が旨ぇ!」

「おい、今日は俺の奢りだ! 死にかけた分、飲ませろよ!」


 俺は口元を緩める。こういう瞬間を見ると、この仕事をやってて良かったと思える。

 命を懸けて戦うのは彼らだが、彼らを支える俺がいなければ、ここに辿り着くことすらできないのだから。


 ギルド前の広場に馬車を停めると、冒険者たちは次々と降りていく。

 その背中を見送りながら、俺は心の奥でつぶやく。


 ――今日もまた、何人かは帰らなかった。


 それは送迎士にとって日常であり、避けられぬ現実だ。

 だからこそ、せめて帰ってきた者には安らぎを。ギルドの酒場が夜ごとに賑わうのは、残された者のためでもある。


 馬車が空になり、静けさが戻る。

 俺は馬たちのたてがみを撫でながら、ゆっくりと息を吐いた。


「……さて、次の依頼はどこだ?」


 送迎士の仕事に休みはない。

 冒険者が戦い続ける限り、俺もまた走り続けるのだ。


 何時間も、何十里も――ただ一人で、黙々と。


 それが、送迎士。

 


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