15 体育祭
誰かがずっと顔をつついているような気がして目が覚めてしまった。
そしてすぐ前にはなびの顔がいる。
びっくりして思わず体を起こしてしまった俺は、そのままはなびとぶつかってしまう。いつうちに来たのか分からないけど、なんで何も言わずそばで顔をつついていたんだろう。いきなりすぎてぼーっとしていた。
どういう状況……。
「おはよう、湊くん」
「お、おはとう。姉ちゃんは?」
「月さんに湊くんを起こしてって頼まれてね。でも、寝顔が可愛すぎてすぐ起こせなかった」
「……そ、そうか」
朝から両手で顔を触るはなび、俺は抗えずベッドでじっとしていた。
そういえば、こないだお母さんに鍵もらったよな。いつ来てもいいって……。
「はなび」
「うん?」
「いつまで触るつもりだ……」
「あっ、ごめん。つい……!」
「てか、ごめんって言いながらこっそりシャツの中に手入れるなよぉ!」
「えへっ。やっぱり、湊くんは半裸が一番カッコいいかも」
「あ、朝から何を言ってるんだぁ! はなび!」
「へへっ」
体育祭だからテンションが上がるのも分かるけど、俺めっちゃ無防備だから勘弁してほしい。それに俺昨日はなびの部屋で映画を観たからさ、眠いよ。まさか十一時になるまで終わらないとは……。
そんなことよりあくびが出る。
「眠い……」
「寝ないで! 一緒にご飯食べよう! むっ!」
「はい……」
……
中学時代の俺に体育祭というのはどうでもいい面倒臭いイベントだった。
そもそも興味がなかった。
でも、中学時代と違って今は友達がいる。そして今の友達は中学時代の友達と違ってこういうことにめっちゃ興味を持っていた。何にエントリーするか、その自信満々の姿を見ると俺もそういうことに挑戦したくなる。
それが高校時代の思い出になるから。
そして今年ははなびがいるから。
何かやらないといけないような気がした。
「青柳! リレー楽しみだな」
「俺は100メートルで十分なのに、どうして二人とリレーに出ないといけないんだよ」
「湊は速いからさ。出ないともったいないじゃん」
「俺は目立つの嫌いなんだよ」
「そんなこと言わないで俺たちと走ろうよ。それに彼女にアピールするのもできるし」
「分かった。分かった。やろう」
気のせいかどうか分からないけど、中山は初めて会った時からずっと何を考えているのか分からない顔をしていた。何かを心配しているっていうか、嫌なことがあったっていうか、言葉では上手く説明できないそんな顔をしていた。
たまに見えてくるあの寂しそうな表情は一体なんだろう。
「湊くん、湊くん。100メートル一位取れるよね?」
「分からないけど、頑張ってみる!」
「うん!」
そう言いながらさりげなく手を握るはなび、ぎゅっと指を絡めるところがすごく好きだった。やっぱりはなびは何も言わない時が一番可愛いかもしれない。今朝の言葉をいまだに忘れられない俺だった。
どうしてあんな恥ずかしい言葉を何気なく口に出すんだろう。
「…………」
「いいな、あの二人は。俺もそうなりたい! あの二人みたいに」
「そうだな」
手を繋いでいる二人を見てじっと目を閉じる旭だった。
……
賑やかだな。市川の障害物競走を見ながら大きい声で応援をしているうちのクラスメイトたち。そして今年は昨年と違ってすぐそばにはなびがいる。俺たちはずっと手を繋いでいて、どっちもそれについて話をしなかった。
ただ、黙々と市川の活躍を見るだけ。ぎゅっと手を握っている。
そして俺は少しずつ確信を持つ。これは冗談じゃないかもしれないと。多分。
「市川くん、すごいね。速い!」
「へえ、意外とやるな。市川」
「二人はラブラブですね〜」
「すいちゃん!? どうしてここに!? さっき凪沙ちゃんと……」
「はなびちゃんのも買ってきたよ、暑いよね」
「ありがとう!」
自販機のところに行ってきた菊池と佐藤が俺たちにジュースを渡した。
「中山くんのもあるよ!」
「あ、ありがとう」
「ふふっ」
「はなび、テンション高いね」
「そう、体育祭だからね! テンションを上げないと!」
「そうだね」
五人で市川を応援した後、あっという間に俺の番が来た。100メートル。
正直走るのは好きだけど、一位取れるかどうか分からないからさ。
というわけで、みんなの応援が少し負担になる。
「頑張ってね! 湊くん。私、応援するから!」
「ありがとう」
「行ってこい! 青柳!」
「はいはい」
中学時代、体育祭はこういうスポーツが得意な人たちが自分の実力を見せびらかすつまらないイベントだと思っていた。だから、俺はいつも友達と学校の隅っこでスマホをいじっていた。
思い返せば、はなびが俺と距離を取ってからそうなったと思う。
ずっと好きだった人がいなくなるのを感じたからさ。
それをすぐ口に出せなかった俺が一番情けないけど、距離を取るまでの距離感が好きだったから言えなかったと思う。まさか、高校生になってこんな風に変わるとはな……。
「…………」
スタートラインに立った俺は、ふと昔のことを思い出す。
小学生の頃の俺ははなびにカッコいいところを見せようとしていた。
そして頑張る俺を見てはなびはいつも「カッコいい!」って言ってくれたから、その言葉がすごく好きでずっと頑張ろうとしていた。あの時の俺はすごく積極的だったのに、どうしてこんな弱虫になってしまったんだろうな。
その時、ホイッスルの音が聞こえてくる。
「行け!!! 湊くん!」
すげぇ大きい声だ。マジですげぇ。
「うわぁ、はなびの声めっちゃ大きい。耳が痛い」
「ふふっ、ちゃんと応援しないとね!」
「耳が……、耳がぁ」
「すいちゃん!? 大丈夫?」
「うん、大丈夫! ふふっ」
「なんだよぉ!」
高い声で応援しているはなび、そして旭はジュースを飲みながら静かにその後ろ姿を見つめていた。
「はあ……」
うわぁ、ギリギリ一位か。隣にいるやつが速すぎて取れないと思ったけど、なんとなく一位を取った。そして久しぶりに走ったせいか、あるいはこの状況がすごく楽しいのか分からないけど、今すごくドキドキしている。
「お疲れ! 一位おめでとう! 褒めてあげる!」
そして席に戻ってきた時、市川がドヤ顔をして腕を組んでいた。
なんだろう、これは。
「なんだよ、市川」
「望月に頼まれたからさ、どう? 俺の声真似」
「えっ? はなびの声真似だったのか? 知らなかった」
「くっ……、ダメか」
「女子たちは?」
「ああ、チア! チアだぞ! 青柳!」
「ああ、そっか。チアか」
チア、やっとあの時が来たのか? 精一杯普通を演じていた。
ウキウキしているのをバレないようにな。
「そうだ、中山いないな」
「多分、彼女のところに行ったかも? あいつ、彼女の話ならなんでもするやつだからさ。それにさっき誰かと電話するの見たし」
「そっか」
中山の彼女か、どうすればあんな風に付き合うことができるんだろう。
幼い頃からずっと一緒だったのに、どんな風に告白をすればいいのか分からない。
やっぱり、モテる人にいろいろ聞いた方がいいのかな。
「ああ、俺も佐藤と付き合いたいな」
「そういえば佐藤と話したのか?」
「望月と菊池がいて声かけられなかった」
「残念」
「悲しい……」
そのまま市川の背中を叩いてあげた。
……
一方、校舎裏で彼女と話している旭。
「遅いよ! 旭。私が呼んだらすぐ来て! 彼氏でしょ?」
「うん……」
「何? 気に入らないの?」
「いや、ちょっと疲れたから……」
「リレーはまだだし、何もしてないのにやっぱり私のこと飽きたの?」
「いや、俺が悪い」
「いつもそんなことばっかり……。どうして積極的にならないの? 私たち付き合ってるよ?」
「うん……、ごめん」
「もういい。私はみんなのところに戻るから声かけないで」
「うん」
舌打ちして友達のところに戻る彼女とそんな彼女を見ている旭。
彼はため息をついた。
そしてみんなのところに戻ろうとした時、ちょうど建物から出てくるはなびとばったり会ってしまう。
「あっ」
「えっ」
「あ……」
しばらく静寂が流れる。
「どうしたの? はなびちゃん」
「すいちゃん……」
「そうか、チアか」
「うん! チアだよ! どう似合う? 中山くん」
「うん、似合うよ」
「ふふっ。じゃあ、私たちは先に行くね!」
「うん……」
その時、急に立ち止まるはなびが旭に声をかける。
「あのね。えっと……、が、頑張って! 中山くん」
「あっ、ありがとう。望月」
「……うん」
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