11 一歩②
あ、女の子の部屋だ。部屋に入って、すぐその言葉が思い浮かんだ。
ピンク色の世界。ここに来るのは久しぶりだけど、あの時と全然変わってない。
そしてあの机……、懐かしいな。幼い頃にはなびと勉強をしながらよくあそこに落書きをしたからさ。まだあるんだ。
「飲み物持ってくるから適当に座ってて!」
「あっ、うん……」
小学生の頃に買ったって言われたけど、今も使えるな。
その時、机の隅っこにある相合傘の落書きに気づく。俺とはなびの名前が刻まれていた。いつこんなことを残したんだろう、多分……小学生の頃だと思うけど。そういうのがやりたかったっていうか、ずっとはなびのことが好きだったからさ。俺……。
まさか、あんなところに残したとは。恥ずかしい。
「お待たせ! ケーキとお茶持ってきたよ」
「ありがとう。てか、俺はどうしてここにいるんだろう。今更だけど」
「本当に今更だね」
隣席に座るはなびがじっと俺を見つめる。
てか、左側に壁があるから逃げられない。俺、あっという間に囲まれてしまった。
それに近い、近づすぎる。
「私たち、幼馴染なのにね。高校生になってから一緒に遊んだことないっていうか。だから! 湊くんと今日一緒に映画が観たい! どう?」
「映画? いいね。どんな映画?」
「ジャーン! これ!」
「ああ、ネットで見たことある。ホラー映画だよな、これ」
「そう!」
まずい、よりによってホラー映画だなんて。
はなびのテンションがめっちゃ高かったからすぐ言えなかったけど、俺……ホラー苦手だ。どういうホラー映画なのか分からないけど、一応気持ち悪い化け物が出てくるのは苦手。とはいえ、女の子の前で怖いって言えないからさ。男だから。
そのまま笑みを浮かべる。いや、苦笑していた。
「じゃあ、準備しよう!」
「な、何を!?」
「ホラー映画を観る時は部屋を真っ暗にしないとね! そっちの方が面白くない?」
「…………」
残念ながら俺はそう思わない、助けてくれぇ。
そしてケーキを食べ終わった俺たちは真っ暗な部屋でホラー映画を観ることになった。どうすればここから逃げられるんだろう、そればっかり考えている俺だった。どう考えてもあの映画は気持ち悪い化け物がたくさん出てきそうだからさ。
固唾を飲んだ。
「ベッドで観よう!」
「あっ、うん」
てか、今更だけど、ベッドからいい匂いがする。違う、これははなびの匂いかな?
すぐそばにいるからか、余計なことが気になる。このバカが。
……
「なんか洋画って引越しする時にわざわざ事故物件を探して契約する感じだよね?」
「確かに……。でも、そうしないと何も始まらないからね」
「それはそうだね」
すると、さりげなく俺の手を握るはなび。
なんでこのタイミングで手を握るのか分からないけど、びっくりして体が固まってしまった。
「お父さん……、私だよ?」
「誰だ? お前は誰だ!」
「私……、私は……。ずっとここで待っていたよ? ずっと!!!!!」
「逃げろ! みんな、ここから逃げろ!!!」
人の悲鳴が聞こえてくる。すぐ目を閉じた。
血を流している自分の娘が包丁を持って走ってくるなんて。雰囲気も怖いけど、演出もすげぇ怖い。特に薄暗い部屋で殺人が行われるあのシーン……。思わずはなびの手をぎゅっと握ってしまった。
それほど緊張していたかもしれない。声はちゃんと聞こえてくるから。
「あれ? 湊くん。もしかして怖い?」
「そ、そんなわけないだろ? 俺、男だからこんなこと全然怖くない」
「せめて私の目を見て話して……」
「あっ!」
「ふふっ、そうなんだ。苦手だったんだ、ホラーは」
「違う!」
すぐそばでくすくすと笑うはなび、どうして映画じゃなくて俺も見るんだろう。
「じゃあ、そっち行くからね」
「うん?」
「足をこうやって……」
「えっ?」
さりげなく足の間に座るはなび、なんでここに座るんだろう。恥ずかしい。
「こうすると怖くないよね?」
「…………」
「それでも怖いならぎゅっとしてもいいよ? やってみる?」
「え、えっと……。な、なんでこんなことを……」
「久しぶりに二人っきりになったからね、やってみたかった。ふふっ」
振り向くはなびを見て、ふと昔のことを思い出してしまう。
俺たちは本来こんな風にくっついていたからさ。幼い頃からずっと。
でも、あっという間にこういうのができなくなった気がする。中学三年生の頃から俺たちはただの「知り合い」になったからさ。
幸せだ。この時間が。
「いいの? ぎゅっとしなくても」
「しないよ! 恥ずかしいし」
「私がやって欲しいって言ってもダメ?」
「そ、それは……」
その時、ものすごい音とともに主人公が自分の娘に刺される。
びっくりした俺はすぐはなびを抱きしめてしまった。
さっきは弟を殺したのに、またあんなことを。
「あっ、これは……! つい……」
「これがいい。このままでいてほしい」
「……わ、分かった」
「怖くないよね? ふふふっ」
「か、からかわないで。怖くないから」
「ふーん、そうなんだ」
それから映画が終わるまでずっとはなびを抱きしめていた。
否定できない、これすごくいい。
さりげなく寄りかかることとか、手を握ってくれることとか、そして振り向いて笑ってくれることも全部可愛い。なんか、懐かしいと思ってしまう。一緒にゲームをする時、こんな感じだったからさ。
そして俺は映画じゃなくてずっとはなびを見ていた。
「面白かった! 湊くんは?」
「お、面白かった!」
「結末ちゃんと覚えてるの?」
「ちゃんと観たから覚えてるよ! もちろん!」
「そう?」
首を傾げるはなびに恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
そのまま距離を置く。ずっとくっついていたからいろいろやばい。
「うん? ねえ、どうして距離を置くの? もうちょっと……」
「そ、そんなことできるわけないだろ!? ずっとくっついていたし、十分だ!」
「幼い頃にはずっとそばにいてくれたのに」
「それは幼い頃だろ!?」
「むっ! もうちょっとくっつきたーい!」
「断る!」
もう十分だ。これ以上くっついたら本当にやばくなる。
ただでさえ我慢できないのに、なんでもうちょっとくっつきたいとか言うんだろう。俺のことを何も知らないくせにぃ。
「弱虫、逃げないで。こっちきて!」
「はあ!? 弱虫だなんて」
「女の子を抱きしめることもできない弱虫! 文句あるならこっちきてぎゅっとすればいいじゃん」
「なんでだ……。なんで俺にそんなことを言うんだ。前には……、その……。いや、なんでもない。分かった」
中学生の頃には避けられていたけど、今更こんなことをする理由はなんだろう。
好きとか、そういうことか? そういうことならどうして中学生の頃に距離を置いたんだろうな。分からない。本当に分からない。
「俺でいいのか?」
「うん! ぎゅっとして、私湊くんにぎゅっと抱きしめられるの好き」
「バカ。俺も……うん、好き。こういうの」
「ふーん、エッチ〜」
「なんでだよぉ」
女の子の部屋で、女の子のベッドで、俺ははなびをぎゅっと抱きしめてあげた。
顔がだんだん熱くなるけど、気にせずぎゅっと抱きしめてあげた。すっごく気持ちいいけど、そう言ったらきっと変態って言われるよな。今は我慢してはなびと過ごすこの時間を満喫しよう。
「そういえば、そろそろ望月さん帰ってくる時間じゃないのか?」
「あら、帰ってくる時間も知ってたの?」
その時、後ろから聞こえてくる望月さんの声にびっくりした。
「も、も、望月さん!? こ、これは! えっと……」
「お母さん! お帰り! 今日は早いね」
「うん。今日は仕事が早く終わったからね。そうだ、今夜はすき焼き食べるけど、湊くんはどうする? 食べる?」
「は、はい……」
声が震えている。
バカみたいだ。
「あっ、ごめんね。いいとこ邪魔して」
「いいえ! そのすみません! 変なことは決して!」
「いいよ、はなびちゃんめっちゃ幸せそうな顔してたし、私は娘の笑顔がいいから泣かせないでね。泣かせたら……。分かるよね?」
すごく優しそうな顔で笑っているけど、怖い。
やっぱり、望月さんは怖いな。はなびとそっくりだ。
「はい! ちゃんと責任を取ります!」
何を言ったんだ、俺は……。
「おっ?」
「あっ、あの! あああ、ああああああ、あああ……」
思考回路停止。
俺、青柳湊。その場で頭が真っ白になる。
体も固まってしまった。
「あはははっ、めっちゃ緊張してる。可愛い〜」
「じゃあ、夕飯の準備をするから。ふふっ」
「お母さん! 私、今日は湊くんと一緒にいたい」
「はいはい。分かりました〜♪」
「ひひっ」
ちゃんと生きているけど、生きてないような気がする。
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