劇場版 おぶつぶ!

百壁ネロ

プロローグ にちじょう!

「きりーつ、礼っ!」


 日直の号令と共に、私はぺこんっと頭を下げます。

 そうして帰りのホームルームが終わるや否や、カバンを持って教室を飛び出します。

 廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、向かう先は二階北女子トイレ。

 でも……おトイレをしに行くわけではありません。


 ♪ ♪ ♪


「失礼しまーす!」


 女子トイレのドアを開けると、先輩たちはすでにみんな集合していて、いつものように床に座り、カップ片手にお茶の時間を楽しんでいました。


「あっ、小々奈ここなちゃん、おつかれーっ!」


 にこにこ笑顔でぶんぶん手を振るのは、部長の煮間野にまのゆある先輩。

 部長さんは、水泳部と掛け持ちしていることもあり、いつもスクール水着姿なのですが――今日は水着の胸元に、なにやらつぶつぶした白いものが付いています。


「あ、部長さん、もしかして……ゲロ吐きたてですか?」


 バッグを置いて、部長さんの隣りに座りながら尋ねてみます。

 すると部長さんは、大きなポニーテールをゆさっと揺らしながら笑って、


「おーっさすが小々奈ちゃん、よく気付いたねー! そ、いまさっき吐いたばっかりなの! ごはん八杯食べて吐いた純正ごはんゲロだよ! 舐めてみる?」

「えっ、いいんですか?」


 思わぬお誘いに私が驚いていると――目の前に座っていた副部長、二年の坂下さかしたモンメ先輩が口を開きます。


「ちょっと小々奈っち、一番最後に来たのにゆある部長のゲロ舐めるとかズルくない?」

「え、あ……そ、そうですよね。すみません……」


 私がしゅんとしていると、壁に寄りかかってお茶を飲んでいた三年の蛇壺へびつぼ吸香すうか先輩が、ふうっと小さくため息をついて、

「おい、モンメ。意地悪なことを言うな。小々奈が入部してお前も先輩になったんだから、ゲロのひと舐めぐらい譲ってやったらどうだ」


 長くて綺麗な黒髪を、ゆったり手でとかしながら言う吸香先輩です。


「で、でもー……ウチだってゆある部長のゲロ舐めたいんですもん!」


 むうっと口をとがらせるモンメ先輩。先輩のチャームポイントであるショートツインテが、なんだかしょぼんとしているように見えてしまうほどのへこみっぷりです。

 すると吸香先輩が、やれやれとばかりに苦笑して、


「まったく、しょうがないやつだな。じゃあ、ゲロとはいかないが、私の痰でよければ飲んでもいいぞ」

「えっ! え、いいんですか、すーちゃん先輩っ!」


 途端に元気になり、ツリ目がちな目をキラキラさせるモンメ先輩。


「ああ、二言はない。一日もの、一週間もの、一ヵ月もの、半年もの。好きなのを選んでいいぞ」


 吸香先輩はそう言いながら、制服の胸ポケットから次々に可愛いガラスの小瓶を取り出します。

 ちなみに、これは全部、吸香先輩愛用のマイ痰壺です。

 そして、『一日もの』とか『一週間もの』っていうのは痰を吐いてから熟成させた期間のことだろうなあ、というのが私の見解です。


「えーホントに飲んでいいんですか! わー、どれにしよっかなー」


(モンメ先輩、機嫌なおったみたいでよかった……。あとで吸香先輩にお礼言おう)


 嬉しそうに小瓶を眺めるモンメ先輩を見ながら、私がそんなことを考えていると――女子トイレの一番奥の個室のドアが、キイ……と静かに開きました。


飴猫あめねこさん……来たの?」


 私の名字を呼びながら現れたのは、色素の薄い髪、シルバーフレームのメガネ、そして全裸姿が特徴的な、二年の湯万里ゆまりイバリ先輩です。


「あっ、イバリ先輩。お疲れさまです!」

「うん、お疲れさま。……それで、飴猫さん、お茶、いる?」


 ゆら、と首を傾げるイバリ先輩。それにあわせて先輩の綺麗に整ったショートボブも、ふわっと小さく揺れました。


「あ、はい、いただきます!」

「うん。……じゃあ、ちょっと待ってて」


 そう言ってイバリ先輩は、手に持っていたマグカップを自分の股間にかざしました。


「ん……」


 ぷるぷるっ、と小さく震えるイバリ先輩。

 とぽ、とぽとぽっ……。

 水の音が静かに響くこと十数秒。


「はい、どうぞ」にまあーっと笑って、イバリ先輩が私にカップを差し出します。「今日はボク、コーヒーいっぱい飲んだから……おしっこ、少しコーヒー風味だと思う」

「ありがとうございます、いただきます!」


 受け取ったカップからは、確かにほんのり芳醇な香りが立ち上っていました。

 私がその香りをゆっくりと楽しんでいると、隣りの部長さんがカップをかかげて、


「ねーねーイバリちゃん、おかわりちょーだいっ! 今日のおしっこ美味しいよー!」

「……そう言ってもらえると、すごく嬉しい。じゃあ、ちょっと待ってて」


 イバリ先輩はそう言って、部長さんの手からカップを受け取ります。

 そして、自分の股間にそれをかざそうとした――まさにそのとき。

 ぶっっっしゃああああああっーーーっ!

 イバリ先輩の股間から、破裂した水道管ばりの勢いでおしっこが噴出しました。


「えええーっ!? い、イバリ先輩、大丈夫ですかっ!?」


 めちゃくちゃ慌てる私です。


「……褒められて、嬉しくて、興奮しすぎちゃった」


 至ってクールな表情でそう言いながらも、先輩の股間からは依然として止まらぬ勢いでぶしゃぶしゃおしっこ噴出中。


「あ、じゃーもうカップいいからそのまま飲んじゃおーっと!」


 部長さんは、あっけらかんとした様子で、イバリ先輩の股間に顔を近づけて、あーんと口を大きく開くのでした。……ううーん、部長さん、すごいです。

 そんな感じで。

 これが私の所属している『汚物部』の、いつもどおりの日常なのでした。

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