あなたはその石を買いますか?
福小紋
その石買いますか?
昼下がりの営業所。書類の山の陰から、主任が妙に大事そうに桐箱を抱えて出てきた。
「なあ、佐藤。ちょっと見てくれ」
蓋を開けると、中には黒光りした石がひとつ。拳ほどの大きさで、形は少しいびつ。
「……石、ですか?」
「まあ石なんだけどな。これ、この前実家に帰って祖父の遺品整理をしてたら出てきてな。桐箱に入ってたくらいだから、ただの石じゃないと思うんだ。どうにか売れないか?」
佐藤は書類から目を離さずに、気のない返事をする。
「いやあ……自分、そういうの詳しくないですから」
主任は食い下がる。
「でも、君、パワーストーンとか好きだろ? 前に水晶ブレスレットつけてたし」
「あれですか? 彼女に無理やりつけられてただけですよ」
主任は少し困った顔をして、それでも続けた。
「なあ、もしこれが売れたらさ、売上の一割、君にやるから」
その瞬間、佐藤の目がキラリと光った。
「一割……ですか?」
「おう。例えば十万で売れたら、一万は君のものだ」
「ちょっと見せてもらえます?」
佐藤は身を乗り出して、石を手に取った。
手触りはつるりとして重い。見た目は、川底に沈んでいそうな黒い石。おそらく黒御影石。
「なるほど。このツヤと重量感。吸い付くような肌触り。おじいさん、いい目利きしてますね」
主任が苦笑いする。
「桐箱にはいってたからな。なんか特別なものかもしれん」
佐藤は口元に薄い笑みを浮かべた。
石を手に取り、じっくり眺める。
「これは、面白いですよ。とくにこの色合い」
主任は期待に目を輝かせる。
「そうだろ? ただの石じゃないと思うんだ」
佐藤はさらに口を滑らかにして続ける。
「しかも形もいいですよね。完全な球体じゃないから自然の個性があって、コレクター心をくすぐるんです」
主任は桐箱に手を伸ばして石をじっと見つめる。
「コレクター心か……売れる可能性は高いな」
「ええ、見る人が見れば“これは逸品”って思うはずです。市場に出たら話題になりますよ」
佐藤は少し身を乗り出し、声を落として言った。
「そういえば、この間、うちの会社に来たコンサルの人、覚えてます?」
「おう、あの全身ブランドで固めたやつか?」
「そうです。あの人が腕につけてた石、これと同じ種類ですよ」
主任は驚きを隠さない。
「あの人がつけてた? 高価なものということか?」
「ええ、間違いなく高価です。あの人の腕にあったやつより、これの方が大きいですから、見る人が見れば軽く百万はするでしょうね」
主任は息を飲む。
「百万……だと?」
佐藤はにやりと笑った。
「はい。これが安く手に入ったとしたら、ラッキーですよね」
主任の顔は、売れる期待感が高まったのか顔が紅潮している。
「この石、もし十万くらいで仕入れられたら……」
佐藤は言葉を残して、主任の目をしっかり見つめた。
「よし、俺が買うぞ。十万でいいな」
佐藤は少し身を乗り出し、にやりと笑う。
「はい。では手数料の一割、一万円。まいどありです」
佐藤は石を返しながら、ほくそ笑んだ。
(終)
あなたはその石を買いますか? 福小紋 @Fukukomon
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