高橋良子と大峯恭子と

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高橋良子と大峯恭子と

 人間の性格、性癖の形成は、遺伝子情報、家庭環境だけに依るものではない。幼少時から成年時の容貌・外見の移り変わりの影響も多大に受ける。例えば、本人は清楚で性欲も少ないと思っていても、容貌・外見が大人びて、色っぽく見えた場合、その容貌・外見の移り変わりの影響を受けるだろう。


 大峯恭子は、小学校の時から、バー、ナイトクラブ、キャバレーに務める夜の女のような典型的な男性の性欲をそそる艶っぽい容貌・外見だった。本人は中学高校の時、そうは思っていなかったが、周囲の人達の「色っぽい」「大人っぽい」と言われ続けた結果、矛盾した性格を持つようになった。そういう女性は、自分の性格と容貌のギャップに苦しむことになる。


 高橋良子は、小学校から学級委員を務めるなど、容貌・外見が真面目に見えて、生徒会長なども周囲の推薦でなんとなくなってしまう。本人は中学高校の時、自分をそうは思っていなかったが、周囲の人達の外見・容貌での判断で言われ続けた結果、そのような役割を務めるようになった。


 しかし、彼女は、大峯恭子の彼氏を寝取るようなことをするのだ。高橋良子の複雑な性格で、誰も彼女がそういう人間であることに気づかず、大峯恭子の彼氏を寝取ったとしても、大峯恭子は気づかない。そういう矛盾した性格を高橋良子は持つようになった。


 高橋良子と大峯恭子は中学高校と同級生だった。お互いを妬ましく思っていた。



 私は、自分の顔が嫌いだった。


 それは醜いからではない。むしろ、世間一般では「美人」と呼ばれる部類に入るらしい。整った目鼻立ち、色白の肌、自然に上がった口角。中学や高校の頃から、「大人っぽいね」「色気があるね」と言われ続けてきた。でも、その言葉を受け取るたびに、心のどこかがざわついた。


 私は、そんなつもりはなかった。


 化粧っ気もなく、スカートの丈も短くしなかった。周りの流行に乗ることもせず、淡々とした日々を送っていたのに、それでも周囲は私を「艶っぽい」と評した。「男子が勘違いするから気をつけたほうがいいよ」と、クラスの女の子に言われたこともある。


 私が何をしたの?ただ普通に、静かに生きてきただけなのに。


 大学に入る頃には、その言葉に慣れてしまっていた。嫌悪感は、薄れていった。でも、それは受け入れたわけではなく、諦めに近かった。周囲が決めつけた「私」を演じるほうが、いちいち説明するよりも楽だったのかもしれない。


「お酒の場が似合うね」

「夜の街を歩く姿が絵になるよ」

「ミステリアスで艶っぽい」


 そんな言葉を聞くたびに、私は無言で微笑む。たぶん、もうそんなふうに笑うことに慣れきってしまったのだろう。誰も私の本心なんて気にしないし、私も別にそれを伝えようとは思わない。ただ、時折ふと虚しさに襲われる。


 例えば、バーカウンターの奥でカクテルを飲んでいるとき。

 例えば、ナイトクラブの赤い照明が私の肌を照らしているとき。

 例えば、初対面の男性が、品定めするような視線を向けてくるとき。


 私の何が「艶っぽい」のだろう。

 私の何が、彼らの性欲をそそるのだろう。


 私は、そんなふうに見られたくて生きているわけじゃない。でも、気づけば、そんな環境が当たり前になっていた。キャバレーのような華やかな場所に誘われることも増えた。場に溶け込むのは簡単だった。ワインを傾ける仕草、気の利いた返し、相手を立てる微笑み——それらはすべて、私が無意識のうちに身につけてしまったものだ。


 演じることは簡単だ。だって、周りは最初から「そういう女」だと決めつけてくれているのだから。彼らの期待通りに動けば、それで場は成立する。そうすれば、何も考えなくて済む。


 でも——


 深夜、家に帰って一人になったとき。鏡に映る自分を見つめながら、時々考える。


「私は、誰なんだろう?」


 私は本当に、夜の街が好きなのか?

 私は本当に、男たちの視線が心地よいのか?


 それとも、ただ「そういう女」として生きることを選んだだけなのか。


 自分を裏切るのは簡単だ。周囲の期待に応えていれば、矛盾に悩むこともない。私が色気をまとう理由は、私自身の欲望ではなく、社会が私に求めた役割なのだから。


「色っぽいね」と言われた少女は、やがて本当に「色っぽい女」になっていく。


 でも、その内側にいる私は——


 いつまで、この違和感を抱え続けるのだろう。



 私はずっと、真面目な生徒と見られてきた。小学校の頃から学級委員を務め、気づけば生徒会長にもなっていた。私自身が望んだわけではない。ただ、周りがそう求めたのだ。私の外見が「真面目」に見えたから。成績がそこそこ良く、教師からの評価も悪くなかったから。


 私はいつの間にか、「真面目な高橋良子」を演じるようになっていた。それが自然だったから。


 でも、本当にそれだけだったのだろうか。


 私は大峯恭子を見ていた。彼女は私とは正反対だった。派手な外見、大人びた雰囲気。彼女は、男たちの目を引きつけた。周囲の「色っぽい」「大人っぽい」という言葉に囲まれ、そういう役割を求められていた。


 私たちは中学高校と同級生だった。お互いを妬ましく思っていた。


 恭子は自由に見えた。男たちの視線を集めながら、自分の思うままに振る舞っているように見えた。私は彼女を羨ましく思った。だけど、彼女もまた、私のことを羨ましく思っていたのだろうか。


 私が、彼女の彼氏を奪ったときのことを思い出す。


 それは、ただの気まぐれだったのかもしれない。けれど、私は知りたかったのだ。彼女の世界を。彼女がどんな気持ちで男たちを受け入れていたのかを。彼女がどんな視線を浴びて生きていたのかを。


 私は彼女の彼氏と関係を持った。彼は私を「真面目そうなのに意外だ」と言った。その言葉が、なぜか私を満たした。


 私は、真面目な生徒会長だったはずだ。それなのに、誰も私の本当の姿には気づかない。


 恭子は気づいていただろうか?


 それから数年が経ち、私たちは再会した。久しぶりに会う彼女は、変わらぬ美しさを持っていた。そして、私たちはお互いに探るような視線を交わした。



 高橋良子と大峯恭子は、高校卒業以来、久しぶりに再会した。場所は、都心のカフェ。お互い、表向きは微笑みを交わしながらも、どこか刺々しい雰囲気をまとっていた。


「久しぶりね、良子」

「そうね。元気にしてた?」


 表面上の挨拶を交わしながらも、二人の視線は探るようだった。


「私たち、同級生だったけど、なんとなくいつもライバルみたいな関係だったわよね」恭子がグラスのコーヒーをくるくるとかき混ぜながら言った。

「そうね。でも、私は恭子のことをライバルとは思ってなかったわ」良子の声は静かだったが、その言葉の裏には別の感情が透けていた。


「ふふ、相変わらずね。あなたはいつもいい子だったもの。いい子の良子だったものね」

「いい子じゃないわ。ただ、そう見られていただけ」

「見られていただけ、ね」恭子は片眉を上げて良子を薄く笑った。

「それで?結局、今もみんなの前では真面目で優等生な良子なの?」

「・・・どうかしらね」


 良子はカップを口元に運んで、一口飲んだ。そして、ぽつりと言った。


「あなたこそ、どうなの?相変わらず、男たちに言い寄られてるんじゃない?」

「言い寄られる?そんなわけないでしょう?」


 恭子は軽く笑ったが、目の奥には警戒心が浮かんでいた。


「でも、そう見えるのよ。恭子は。中学のときからそうだったじゃない」

「ふざけないで。良子こそ、ずっと周りに持ち上げられて、自分でそうなりたくもないのに生徒会長になっていたじゃない」

「・・・それは私が望んだことじゃないわ」

「私だって望んだわけじゃないわよ」


 二人の視線が真正面からぶつかり合った。


「結局、私たちは周りの期待や目に押し流されて、違う自分を演じるようになったのよね」恭子が低い声で言った。

「そうね」良子は目を伏せる。


「でも、あなたは楽しんでいたでしょう?」

「何を?」

「男を奪うことを」恭子の目が鋭くなる。

「何を言っているの?」

「知っていたのよ。私の元彼に手を出していたこと」


 一瞬、沈黙が流れた。


「・・・証拠は?」

「証拠なんてないわ。でも、わかるのよ」


 恭子はため息をついた。


「・・・あなたのそういうところよ。すべて見透かしてるような態度が、私は嫌いだった」

「私こそ、あなたの無自覚を装うところが嫌いだった」


 二人は静かに視線を交わし、再びコーヒーを飲んだ。


「でも、結局、お互いに似たようなものなのかもしれないわね」恭子がぽつりと呟いた。

「そうね。違うようで、根っこは同じなのかも」


 二人は短く笑った。それは皮肉めいていたが、どこか理解し合えたような微かな安堵も混じっていた。


「・・・また会いましょうか」

「ええ、また」


 それぞれの心に、静かな波紋を残しながら、二人は席を立った。

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