第9話



「――全然似合ってない。」



 賈詡かくは振り返った。

 郭嘉かくかがやって来る。


「その剣、貴方が持つと全然似合ってないね。

 なんでだろう? 陸議りくぎ君が持つと、若いけど容姿端麗な彼が華美な剣を持っているのがなんだか妙な雰囲気で立ち姿美しかったのに。貴方が持つとそういう宝剣を奪って来て我が物にしてる山賊に見えるよ」


「誰が後輩のいい剣巻き上げてる山賊の頭目だ。悪かったな容姿端麗じゃなくてよ。おかえりくらいお前素直に言えんのか」


「おかえり。残念だったね馬岱ばたいを逃がして。珍しく賈詡が元気いっぱいに捕まえてやるって飛び出して行ったから、多分引きずって帰ってくると思ったのに。君は優秀だから、こんなあからさまな失敗は珍しいよね。ここぞとばかりに責めてやろうかとも思ったけど、逆に不憫になって来ちゃったから苛めるのはやめてあげるよ。頭撫でて慰めてあげようか」


 嫌味をやめろ、と言ったのに別の角度からの嫌味をお見舞いされて、賈詡は顔を顰める。


「苛めるのはやめるってたった今聞こえたの俺の空耳か?」


 郭嘉かくかは笑いながら、賈詡の隣に立った。

 陸議は牢の中で冷たい地べたに直接座り、じっと目を閉じていた。

 司馬懿しばいには、徐庶じょしょ馬岱ばたいを陸議が逃がしたことを報告したが「そうか」と一言返しただけだった。

 陸議を投獄しろと命じたのは司馬懿である。

 あっさりしたものだった。


 処罰は後日与えると、賈詡の許に報告も来た。



「……。彼は全く処罰を恐れてないね」



 郭嘉が陸議を見つめて、そう呟いた。

 賈詡も自分の髪をわしわしと掻いている。


「そうなんだよな……。なんで陸議が徐庶のためにそこまで自らを犠牲にする必要があるのか分からん」

「答えが出ないなら、問いが間違ってるのでは?」

「問い?」

 隣の郭嘉を見遣ると彼は腕を組んだまま、何かを考えているようだ。

「つまり……徐庶のための犠牲ではないってことか?」


「多分だけど、陸議君がこういう行動に出た理由は、徐庶と陸議君というより、司馬仲達しばちゅうたつと彼の関係性の問題なのではないかな」


「主従関係だろ」

「……。」

「なんだ。何かあるのか」

「なにも無いけど。賈詡だってあの二人の関係を妙だって思ったことあるんじゃないの?」

 賈詡は廊下に背を預けている郭嘉の方を見て、壁に頬杖を突く。


「その妙っていうのは?」


「……君は、陸伯言りくはくげんを司馬仲達の優秀な若き副官としか見ていないようだけど。

 それだけじゃないんじゃないかな。司馬仲達が彼の姉君を寵愛しているとか、そういうことは全く関係なくてね」


「随分含んだ言い方するんだね。天才軍師さん。あんた何も分からないみたいに言ってるけど、さては現時点でも何か見えてるもんがあるんだろ?」


「優秀で礼儀正しい文武両道だけで、司馬仲達が副官にするはずないって、君も言ってなかったかな?」


「そこに加えて陸佳珠りくかじゅに惚れてんだろ。家族ぐるみの付き合いだ。恐らくな」


司馬懿しばい殿は司馬家の中でも異端だと聞いたことがある。

 あそこは兄弟が多いけど最近司馬孚しばふ殿が側に来ただけで、司馬懿殿はあまり兄弟とは付き合いが深くない。彼を曹操そうそう殿が気に入らなかった時も、特に家族に庇って欲しいと泣きついたりしなかったし、逆に家族も左遷された司馬懿殿を特に擁護もしなかった。

 私が何を言いたいか分かってくれるよね」


「司馬仲達は『情』では動かないって話だろ」


「そう。私はあの二人は、主従関係よりももっと近しい関係なんじゃないかなと思ってる」


 賈詡は眉を顰めた。

 賈詡の目にはあの二人は、完璧な主従関係にしか見えない。

 だから妙なのだ。

 ……確かに、今回のことに関しては、完璧な主従関係の範疇を超えている。


「あんたはどんなものを想像してる?」


「言った通りだよ。主従関係よりももっと近いもの。同僚だよ」

 さすがに賈詡は目を丸くしてから吹き出した。

「同僚ってあの二人がか?」


「主従関係なら今回のようなことは起きなかったと思う。

 例えば――私と君も同僚だけどね、賈詡。

 国のために力を合わせ、魏軍を導くのが私たちの使命だが、別に親しい友人じゃ全然無い。軍に関係ないところで君がどんな失敗をして曹丕殿下や司馬懿殿の信頼を失っても、私は興味もないし、助けようとも思わない。

 君が勝手に失策をして、落ちていくなら落ちていけばいいとも思ってるし。

 言わば正軍師の座を競ってる相手でもあるわけだ」


「おお……。なんというか、その通りだが頷くには腹立つ言い方するな全くお前は……」


「普段は協力するけど、君が愚かな失策で落ちるなら、敢えて止めたり助言をしようとは思わない。つまり非常に整然とした同僚関係だよ」


「同僚って……あいつは司馬仲達しばちゅうたつだぞ。曹丕そうひが戴冠したらあいつは魏王の側近で……」

「そんな意外なことでは無いと思うよ。司馬懿しばい殿だってまだ二十代だ。陸議君は確かに若いけど、親子ほど歳が離れてるわけじゃない」


 賈詡は壁に頬杖をついたまま、考える表情をした。


「……まあ確かにな。俺もたまに御年四十才におなりになった俺様に比べたら司馬仲達も郭奉孝かくほうこうも二十代のクソガキじゃねえかととても暇な時にふと気付いたりするが。普段は忘れがちなんだよな。あのデカい態度のせいだと思うわ。お前も同じだけど。しかし陸議は軍籍で実績はないだろ」


「司馬懿殿だって別にさほど実績があるわけじゃない。潼関とうかんの戦いで戦果はあげたけど、あの人の実力を知ってるのは曹丕殿下だけだ。決して実力でここまでのし上がって来たわけじゃない。実のところ、陸議君とそんな変わらないと思うよ。


 少し前、徐庶と話した。

 陸議君についてね。


 彼は育ててくれた養父がいるようだけど、この人を戦で失ってる。

 徐庶は恐らく、この養父の死以上に、陸議君が多くの人間の死にあの若さで遭遇しているに違いないと読んだ。私も実は、それだけは徐庶と同意見なんだ」


「戦災孤児かもしれないってのはちょっと小耳に挟んだことがあるが」

「一族が大勢死んだとか、村が焼かれたとか、そういう規模じゃない」


 賈詡は目を留めた。

 郭嘉がこちらを見て、冴えた表情を浮かべる。

 この表情は都にいた時には郭嘉が見せなかった表情だ。

 戦場にいる時に見せる顔なのだろう。


「【烏桓六道うがんりくどう】にやられた涼州の惨劇を見ても、彼はさほど顔色を変えていなかった」


 賈詡が息を飲むと、目を細めて郭嘉が微笑む。


潼関とうかんの戦いで司馬仲達しばちゅうたつが涼州の村を焼き払った時も、そういう話を聞いた。

 あの二人は、意外と背景が似ているのかも」


 司馬懿と陸議が似ているなど、賈詡は考えたことがなかった。



「彼は司馬仲達を全然恐れていない。」



 郭嘉はしばらく考え込むような仕草を見せた。

 それから、背を預けていた壁から身を起こし、離れて、牢から背を向けて歩き出した。



「郭嘉」


司馬懿しばい殿と話す」



 賈詡は振り返り、遠くの牢に入っている陸議を見遣った。


 こうして見ても怪しいところは何も無い、普通の青年だ。

 司馬懿に見出され側近となり、その恩義に報いようと高い忠誠心を持っている。

 それだけではないのか?

 

(確かに今回だけが変だ)


 非の打ち所がない優等生という感じだった陸議の行動が、今回だけおかしい。


 司馬仲達との謎めく関係性と、

 魏に忠誠心を持たない、徐元直じょげんちょく

 素性を偽って現れた馬超ばちょうの従弟。


 何か妙な事情が、絡み合っていることを賈詡もそれは感じるのだが、彼としてはどんな事情があろうと魏の軍師の視点で利益になることをし、害になることをしないだけだと思っている。


 徐庶が馬岱ばたいを庇うのは、いかにもあの男がやりそうなことで、特に驚きは無い。

 馬岱は勇猛で知られた馬超の従弟だがいきなり逃げを打った。

 これは意外だったが元々戦を毛嫌いして馬超の許を離れたというのなら、戦禍に巻き込まれる前に脱出した意味は分かる。


 確かに徐庶を助けた陸議と、郭嘉の命令を打ち消してまで陸議に追撃を許可した、司馬懿の行動だけがいつもと違う。異質だ。


 

(あの坊やにもなんか思いもよらない裏事情があるのかね?)


 

 徐庶は陸議に何かあることを、勘付いているようだったと郭嘉が言っていた。

 賈詡はすでに幾度かこの遠征で徐庶によって神経を逆撫でられていたので、あんな奴帰ってこなくてもいい、くらいに思っていたのだが、もし徐庶が陸議の複雑な事情に勘付いて尚、自分と馬岱が逃れるために陸議を利用したのだとしたら、そっちも相当いい度胸だと思う。


(徐庶か……)


 曹仁そうじんの【八門金鎖はちもんきんさ】を破った手腕は、仲間内でも話したが見事なものだった。


 今の徐庶を見ても、流浪の軍だった劉備軍のごく少数の精鋭を率いて敢然と、老獪に陣を破って見せた面影は全くなく、同一人物であるのかどうかも怪しいほどだ。


 余計な他人の事情に首を突っ込んで尚、楽しんで策を破ってみせる様は、一癖も二癖もありそうだが、実際に見た徐庶はもっと単純な人間に賈詡には見える。


 それとも、自分も虚像を見せられている一人なのだろうか?


 何度考えても賈詡は陸議がそんな難解な事情を抱える人間には見えなかった。

 郭嘉は何かを嗅ぎ取ったようだが、

 むしろ賈詡は、徐庶の方に得体の知れない何かを感じた。


 徐庶の周囲にだけ――妙な、歪な動きが現れることがあるのだ。



(あいつが動くと、何かそれまで少しの乱れもなく動いていたものが狂わされて、おかしな行動を取ったり、思いがけない方向に動き出すことがある)



 賈詡は数秒考えてからすぐに急いで身を翻し、地下牢の階から出た。

 左右を見て郭嘉の姿を探したが、すでに無い。

 丁度やって来た兵が気付いて声を掛けて来る。


「賈詡将軍、いかがなさいましたか」


 何かを探しているように見えたのだろう。


「いや。……郭嘉の姿を見たか?」

「郭嘉殿なら今し方そちらの階段を上がっていかれましたが……」

 上階に司馬懿の執務室がある。


「お呼びいたしましょうか?」


「――……」


 すぐにそうしてくれと言おうとして賈詡は口を閉ざした。


「いや。いいんだ。少し尋ねたいことがあったが、急ぎではないんでな。それには及ばん」


「はっ!」


 兵達が去って行く。


 賈詡はしばらく壁に寄りかかり、思案に耽った。




【終】


 

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花天月地【第93話 運命の岐路】 七海ポルカ @reeeeeen13

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