チート魔法をもつ少年、のんびり剣と魔法で帝国を変える

@fly_bird

第一話 光が導く始まり


帝国暦 X X年

郊外


街明かりが消えかける中、一件小さな明かりが灯る家がある。


その家は、壁にクラックが所々入り、薄暗い灯りからは獣臭い不快な匂いが漂っている。

部屋は質素で、窓際には壊れかけの大きなベッドが一つ置かれていた。


灯りのそばでは、幼い男女の子供たちと一人の青年が床に座り擦り切れた本を囲んでいる。

本の表紙は傷んでおり、題名は汚れていて分からない。


「ねぇねぇ、早く読んで!」

「わかった。でも、明日も仕事だからこれで最後だぞ」

そばにいた子供たちからは喜びの声があがる。


少年が本を開き、静かに読み始める。

読み聞かせが始まると、子供たちは息を潜める。


「昔々、とある国に煙突掃除の男の子がいました。

男の子は毎日毎日、黒く汚れた手で一生懸命に働いていました。


けれども、ある日から男の子は体を壊してしまい煙突に登れなくなってしまいました。


どうしようかと一人で泣いていると、ぽうっと黄・色・い・光・が目の前に現れました。

光はふわふわと空を飛び、まるで『おいで』と言うように先へ進んでいきます。

男の子は思わず、光を追いかけました。


やがて川のほとりで光は止まりました。

男の子は手をのばし捕まえようとしたその時、つるりと足を滑らせ、ざぶん!と川へ落ちてしまったのです。

冷たい水に流され、男の子はもがきましたが、力はもう残っていません。

そのまま深い眠りに落ちていきました。


…次に目を開けると、きらきらのシャンデリアが見えました。

優しいメイドが側に立ち、素敵なドレスを着た女の人が『おかえりなさい』とほほえみました。

男の子は、いつのまにか伯爵家の子供になっていたのです。

こうして男の子は、暖かな家で、幸せに暮らしました。


おしまい。」


読み聞かせが終わると、子供たちは本の内容にわくわくした表情を浮かべた。


「妖精さんが助けたんだよ!」

「違う!魔法だ!」

子供たちはきゃっきゃと盛り上がり、薄暗い部屋に笑い声が満ちる。


青年は本をパタンと閉じ、少し首をかしげながら呟く。

「なんだよ、これ…」

彼の呟きは、子どもたちの無邪気な声にかき消される。



やがて灯りが消え部屋は闇に包まれる。

先程の騒がしさが嘘のように静寂が訪れる。


青年はそっと立ち上がり、眠る子供たちを振り返る。

(俺も、こんな夢みたいな奇跡に出会えたら…)

そう胸の奥で小さく呟く。


青年は部屋を出て冷たい廊下を歩き出した。


青年は子供たちを寝かしつけた後、静かに部屋を出た。

薄暗い廊下に足を踏み入れると、ひんやりと冷たい空気が肌に触れる。


「あの本、物騒すぎるだろ…」

少年は小声で独り言を呟く。

(次からは先に目を通してから読まないと…。あいつらに変な影響与えてないといいけど)


いつの間にか下を向いていた視線を戻すと、扉の隙間から漏れる灯りが目に入る。


好奇心に導かれるように近づき、気付かれないよう扉の影に隠れそっと中を覗く。

中では、中年の男性と若い女性が険しい表情で向かい合っていた。


「もう限界です!これ以上子供を受け入れれば孤児院の運営が…」

「毎月の寄付が絶たれたのに。これからどうするおつもりですか」

座っていた女性が急に立ち上がり男性に訴えかけている。 


テーブルに置かれたランプが小さく揺れ、静寂が訪れる。


「…君の言い分もわかるが、落ち着け。孤児院の経営状況は俺が一番理解している」

男性は低く静かな声で応じた。


「今は戦時中だ。戦で親を失った子供や、親戚を頼れない子供は居場所がないんだ」

「子供に罪はない」

男性の言葉に女性は目を伏せる。


「分かっています。ですが、日に日に食事の量が減り、こんな生活が続けば栄養不足に…」

女性はテーブルに手をつき必死に訴えている。


「大きな声を出すな。子供たちが起きる」

男性は少し声を荒げるがしばらくすると落ち着きを取り戻す。


「南部侵略も終盤だ。戦争が終わればまた貴族からの寄付がはいるだろう。もうしばらく辛抱して欲しい」


(やっぱりか…最近の食事量の変化は資金不足か)

青年の胸に、現実の重みがずしりとのしかかる。


「…わかりました。サルース様がそう仰るなら従います」

女性の声はかすかに震えていたがどこか強い意志を感じる。


「失礼します」


女性は目に涙を浮かべながら部屋から飛び出した。

そのまま迷うことなく玄関へ向かい、玄関扉を勢いよく開け放った。

冷たい夜風が廊下を吹き抜け、青年の頬を撫でる。


(姉さんを放っておけない…!)


影に身を潜めていた青年は、女性の姿を追うように廊下を駆け抜け外へ飛び出した。


玄関扉を開けると、夜の空気はひんやりと冷たく、外は暗闇に包まれている。

足元には月明かりに照らされた水たまりが不気味に揺れている。


(姉さんどこに行ったんだ…)

胸の奥がざわめき、嫌な想像が次々と浮かぶ。


「とりあえず…思いつく場所を全部探すしかない…」

自分に言い聞かせ、青年は暗闇に身を投じるように走り出した。



三十分後———


足元は泥で重く、呼吸は荒くなっていた。

街外れの道、広場、古い倉庫。

思いつく場所は見て回ったが、どこにも女性の姿はない。


(…駄目だ。見つからない)

(このまま闇雲に探しても無駄だ…いったん戻って、朝になったらもう一度…)


諦めかけたその時。

視界の端に、黄・色・い・光・が現れた。

それは宙にふわりと浮かび、淡く脈打つように瞬いている。

まるで生き物のように漂いながら、青年を誘うかのようだ。


(…本に出てきた黄・色・の・光・…?)

理性は否定する。だが、目は離せなかった。

気づけば、光はゆっくりと離れていく。


「待て!」

声を上げたときには、もう身体が勝手に走り出していた。



数分後———


やがて、川のせせらぎが耳に届く。

近づくにつれ、水音は激しさを増している。


黄・色・の・光・は川辺でふっと動きを止め、じっと青年を待っているようだった。


(…欲しい)

胸の奥から衝動がせり上がる。

理由なんてわからない。

ただ、あの光・を手に入れたい。


「…捕まえた」

青年は伸ばした指先で、それを掴み取った。


が、次の瞬間、足元の泥がずるりと崩れる。

「うわっ――!」


身体は宙を舞い、そのまま冷たい川へと叩き込まれる。


「っぐ…ごほっ!」

氷のような水が喉に流れ込み、肺を焼くように苦しい。

必死に水面へと腕を伸ばすが、流れは速く、思うように身体が浮かばない。

ばしゃばしゃと水をかくたびに、力がどんどん抜けていく。


(やばい…死ぬ…!)

耳の奥で水音が響き、意識が遠ざかっていく。


孤児院の仲間たちの顔が頭をよぎる。

無邪気に笑う子供たち。

優しく叱ってくれる先生。

真剣な眼差しで支えてくれる姉の背中。


(姉さん…無事でいてくれ…)


冷たさが骨の芯にまで染み込み、四肢の感覚が消えていく。


(…くそ…俺は…)


視界が白くかすみ、音も感覚もぼやけていく。

最後にひときわ強い光・が差し込んだ。



「…っ」

まぶしさに目を開く。

視界には見慣れない豪華なシャンデリアの光が眩しく輝いている。

周りには、複数人の侍女と高貴そうな女性が立っており、俺を見ている。


(…ここは…?)


俺は目を見開き、状況を理解できないまま、転生先での生活が始まった。

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