海の秘密を語るもの

ノンコルト

序章 ― 秘密を語るもの

その昔、海はすべての生命を抱きし母であり、同時にあらゆる災厄を孕む深淵であった。



数万年前、海の底より現れた怪異――デスティネ。

それは姿を変え、心を侵し、世界を混沌へと沈める災厄の化身。

だが、一人の魔女が現れた。初代の海の魔女。

彼女は命を賭してデスティネを封じ、世界に平穏をもたらしたという。


……しかし今、封印は軋みをあげている。

闇は再び目を覚まし、海と陸を蝕み始めた。

その秘密を、語るものがいる。


――これは、海と人と、そして災厄に挑んだ者たちの物語。


──西洋風の大都市、王都マルシェラ。

「海の都」と呼ばれるその都市は、今日も賑わいを見せていた。だが、広場を行き交う人々の笑顔には、不安の影が差している。

ここ最近、海の異変の噂が絶えないのだ。

網を引けば見たことのない異形の魚が上がり、船は原因不明の沈没を繰り返す。さらには人が突然狂ったように暴れ、町を焼く事件さえあった。


「……僕に、海の調査を?」


王宮の一室。青年 エスフィ は王都の高官から告げられた任務に目を見張った。

魔法に長けているわけでもなく、ただ学問を好むだけの自分が、なぜ。

それでも彼の胸に、断るという選択肢は浮かばなかった。


「……わかりました。僕にできることがあるのなら」


その答えは震えていたが、瞳の奥に宿る光は揺らいでいなかった。

やがてエスフィを乗せた小舟は港を離れ、夕陽に染まる海原へと漕ぎ出していく。


だが――彼を待っていたのは、穏やかな航海などではなかった。

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