第5話 魔王の過去

​ライオネルの修行は始まった。しかし、それは剣技や魔術の訓練ではなかった。ヴァルカンはライオネルに、雷の力をただ破壊のためだけに使うのではなく、世界の理に反する形で操る方法を教え始めた。それは、神が定めた法則を歪める術だった。


​訓練の合間、ライオネルはヴァルカンに尋ねた。「なぜ、そこまで神を憎む?」

​ヴァルカンは答えることなく、ただ虚空を見つめた。その眼差しは、ライオネルが知るどの表情よりも、深く、そして遠い場所にあった。

​「……昔、冒険者をしていた。お前が雷を使うように、俺は剣を振るった。向かうところ敵なし、そう信じていた。仲間と四人でパーティーを組んでいた」

​ヴァルカンは語り始めた。声は静かだったが、その言葉の一つ一つに、冷たい怒りが宿っているのが分かった。

​「ある日、いつものように冒険を終えた時、奴が現れた。光をまとい、神を名乗る者が。奴は言った。『あなたたちは暴れすぎた』と。奴にとって、俺たちの力は世界の秩序を乱す不純物だったのだろう」

​その瞬間、ライオネルの心臓が強く脈打った。セシリアが殺された理由と同じだ。真実を知ってしまったから。世界に不都合な存在だったから。

​「奴は、俺の目の前で仲間を異形へと変えた。かつて友だった者たちは、もはや人間ではなかった。醜く歪み、理性を失い、俺に襲いかかってきた」

​ヴァルカンは一度言葉を切り、喉の奥で押し殺したような苦悶の声を漏らした。

​「俺は、剣を振るった。友の命を、この手で終わらせた。一人、また一人と、涙も枯れるほどに殺した。だが、奴は嘲笑っていた。俺が苦しむ姿を見て、楽しんでいた」

​ライオネルは拳を強く握りしめた。ヴァルカンの苦しみは、ライオネルがセシリアを失った時の悲しみと同じだ。いや、それ以上かもしれない。

​「『素晴らしい怒りだ。その怒りを世界へぶつけなさい』」

​ヴァルカンの声が、怒りに震えた。

​「奴は俺の怒りを褒め称えた。そして、その怒りが向けられる先を、神から世界へ変えようとした。奴の祝福は、呪いだった。俺の体はみるみるうちに形を変えていった。手足は爪になり、肌は鱗に覆われ、そして、俺の心は…」

​ヴァルカンは言葉を止め、ライオネルの瞳を真っすぐに見つめた。

​「神は、お前が持っている雷の力を、憎悪に変えようとしている。そして、お前を異端者として世界に追いやった。あの時のお前は、俺の姿そのものだった。だからこそ、俺はお前を助けたいのだ。俺が、神の筋書き通りに生きることは許さない。お前も、神の思惑通りに、ただ世界を憎むだけの存在になることは許さない」

​その言葉は、ヴァルカンが単なる狡猾な魔王ではないことを示していた。彼は、自分と同じ絶望を抱えたライオネルに、自身の失敗を繰り返させないため、手を差し伸べていたのだ。

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