第3話 魔王国の街


​ヴァルカンとの謁見後、ライオネルは城の東塔にある一室を与えられた。窓からは、荒れ果てた大地に広がる魔王国の街並みが見えた。塔から見下ろす街は、まるで生き物のように蠢いていた。

​ヴァルカンは彼に修行を始める前に、一週間の休息を与えた。「お前の力は、まだ心の澱みで濁っている。清めるには、この世界のありのままを見るのが一番だ」と言い残して。


​翌朝、ライオネルは一人で城を出た。街に降り立つと、そこは想像を絶する光景だった。耳が四つある獣人、体が半分骨になった魔術師、空を飛ぶ鱗を持つ男。異形の者たちが、人間のように露店で品物を売買し、酒場で笑い合っている。


​ライオネルは警戒しながら街を歩いた。神官たちが語っていた「不浄」で「邪悪」な存在は、そこにいる誰もが彼自身の「異端」という烙印と重なり、妙な親近感を覚えた。

​一つの露店で、ライオネルは立ち止まった。店主は、首から下がタコの足になっている男だった。

「兄ちゃん、いいもんあるよ。神の光を弾く護符だ」

男が差し出したのは、黒く鈍い光を放つ小さな石だった。ライオネルは、セシリアを殺した神の光を思い出し、反射的に護符を掴んだ。

「……これは、何だ?」

「俺たちを殺そうとする光を弾く、ただの護りだよ」

男は笑う。その笑顔は、人間と何ら変わりないものだった。

​その夜、ライオネルは一軒の酒場に入った。騒がしい店内は、様々な声で満ちていた。人間と同じように酒を飲む鬼、サイコロを振って賭け事をする妖精、そして、疲れ切った顔で酒を呷る戦士。

​ライオネルはカウンターの隅に座り、ただ黙って彼らを観察していた。すると、隣に座っていた一つ目の巨人が、彼に話しかけてきた。

「兄ちゃん、人間かい? こんなところじゃ珍しいね」

ライオネルは警戒したが、巨人の目は純粋な好奇心に満ちていた。

「ああ。……お前たちは、神を恐れないのか?」

ライオネルの問いに、巨人は笑い、そして答えた。

「恐れるさ。でも、それだけだ。俺たちは神を信じちゃいない。俺たちが信じるのは、俺たちの力と、隣にいる仲間だけだ」

​その言葉は、ライオネルの心を軽くした。神にすべてを奪われ、絶望の淵に立たされた自分とは違う。彼らは神の光が届かない場所で、自分たちの力だけで生きている。その姿に、ライオネルは自分がこれまで抱いていた「神に逆らうこと」への罪悪感が薄れていくのを感じた。

​一週間の休息を終え、ライオネルは城に戻った。魔王国の街で見た光景は、彼の心に大きな変化をもたらしていた。憎悪は変わらない。しかし、その憎悪は、単なる復讐心から、この世界で生きる者たちのために戦うという、新たな決意へと変わり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る