第38話 MB4R

 シェラドンレースの最終戦、ボンドGP本選の朝を迎えた。信二は早めにピットに行ってみた。だがそこにはすでにボウラン監督をはじめメカニックがそろっていた。彼らは中で作業をしている。


「どうかしたのですか? こんなに早くみんなで集まって・・・」


 信二が尋ねた。するとボウラン監督が来立ててくれた。


「やっと到着したんだ。待ちに待ったものが!」

「何ですか?」

「自分の目で見て見ろ!」


 メカニックたちがマシンから離れた。そこには新しいエンジンをつけたマシンがあった。そのタンクにはMB4Rと書かれてある。


「新型のエンジンですか?」

「まあ、そういうことだ。開発工場のアイリーン主任が何とか間に合わせてくれた。性能は・・・」


 ボウラン監督は細かく説明してくれる。だがそんなことはすでに頭に入っている。メアリーとともに開発工場に行ってこのエンジンの開発を手助けしていたのだ。


「そうそうアイリーン主任からの手紙を預かっている。シンジにと・・・」


 ボウラン監督が手紙を渡してくれた。信二はすぐに封を切って読んでみた。




 シンジへ


 遅くなりましたが新型のエンジンが完成しました。あなたやメアリーさんの意見を反映しています。これが今、我が国にできる最高で最良のエンジンでしょう。しかしボンド国やヤマン国のエンジンより強力というわけではありません。まだ様々なトラブルを抱えているでしょう。でもあなたならこの新型エンジンを積んだマシンで十分戦えると信じています。それにあなたの希望で装置を取り付けました。でもこれは危険なものです。あなたが約束を破って使うことがないように祈っています。


 こちらにメアリーさんといらしたとき、彼女とじっくり話す機会がありました。メアリーさんは態度に示さなかったかもしれませんが、あなたを深く愛していました。でもあなたの負担にならないようにその気持ちを押し殺していたのです。

 あなたの役に立ちたい・・・メアリーさんはそう話していました。彼女にとってそれがあなたへの愛を示す方法だからです。あの事故の時もそうでしょう。命を張ってあなたのために尽くしたのです。だから彼女は本望だったと私は思います。安らかな顔で亡くなったのですから。


 葬儀場であなたの様子がおかしかったのがずっと気にかかっていました。メアリーさんのことを悔やんでいるようですね。自分の責任だと・・・。かつて私も兄の事故の責任をずっと感じていました。でもあなたは私に言ってくれました。一人で背負うな。俺にも手伝わせてくれと。だから今度は私があなたに言います。決して一人で背負わないでください。つらいときはみんなを頼ってください。きっと力になってくれるでしょう。


 最後に・・・私の心の重しを取ってくれたシンジには深く感謝しています。あなたの勝利を祈っています。


                      アイリーン




 手紙を読み終えた信二はピットを見渡してみた。そこにはボウラン監督やメカニック、多くののスタッフがいる。彼らが信二を支えてくれているのだ。彼らばかりではない。アドレア王女や侍女のサキ、スポンサーの娘のミッシェル、そしてアイリーン・・・多くの者が信二を助けてくれているのだ。


(俺は幸せ者なやつだ。みんなのためにもボンドGPに勝って総合1位グランプリを手に入れる!)


 信二はあらためて決意した。そうなったら怖いものはない。


 メカニックたちが一生懸命になってマシンを調整してくれている。ボウラン監督が信二に聞いた。


「前のエンジンに準じて調整しようとしている。だが細かなセッティングはできていない。ぶっつけ本番になる。それでもいいか?」

「望むところです。このマシンがあればマイケルやショウ、ロッドマンと十分戦えます! 必ず勝ちます!」


 信二はそう言い切った。


「ようし! やっとシンジは元に戻ったようだ。これで安心だ。頼むぞ!」


 ボウラン監督はシンジの肩を叩いて激励した。次いでそばにいたライアンに言った。


「ライアン。おまえはスタートから飛ばせ! エンジンをぶん回して。マイケルたちの前に出て押さえるんだ」

「でも僕は・・・」


 ライアンは弱気だった。だがボウラン監督は背中を叩いて活を入れた。


「しっかりしろ! おまえならできる。行けるところまで行け!」

「はい!」


 ライアンも気合が入ったようだ。これでマービー国のチームは一丸となってレースに臨める。



 観客席のVIP席にはアドレア女王が観戦していた。この最終戦で総合1位グランプリが決まる。その場面を立ち会うため来ているのだ。それが信二であることを願って・・・。

 信二はあの夢のような昨夜のことをぼんやり覚えている。それで彼は立ち直ることができたのだ。


(ありがとう。女王様)


 信二はVIP席のアドレア女王を見上げる。その視線を感じたのか、彼女も信二を見た。目が合ってお互いにアイコンタクトを送る。


「今日は君のために勝つ!」


 信二はそう送ったつもりだ。アドレア女王からは


「期待しています! 私にために勝って!」


 と返ってきたような気がしていた。信二はそれに対して大きくうなずいて答えた。


 いよいよ本選が始まる。信二はマシンに乗ってスタート位置に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る