希望の花が枯れる前に
スルメイカ
第1話
「俺、詩織とこの先もずっと一緒に居たいです。良かったら、俺と…」
「うん」
私と孝幸は、付き合って5年になる。今日はその付き合って5年目の記念日だ。彼は仕事を休んで、私をハワイに連れて行ってくれた。
「俺と、結婚してください!!」
帰国を明日に控えた夜、彼は私にプロポーズをしてくれた。
「うん、いいよ。こちらこそよろしくお願いします!」
「…やった!やった!!絶対に詩織の事、幸せにするから!!」
こうして私と孝幸は結婚する事となった。そして、あれから2年。私と孝幸の関係は、とても良い夫婦とは言い難いものになっていた。
「ただいま」
「…おかえり」
孝幸は仕事が忙しいからなのか、いつも帰りが遅かった。
「ねぇ、遅くなるなら連絡してっていつも言ってるよね?なんで連絡返してくれないの?」
「…うっせぇな。こっちだって毎日必死で働いてんの。疲れてんだからさ、家に帰ってきた時くらいゆっくりさせてくれよ」
「…!あなたが連絡を返さないのが悪いんでしょ!それと、夕飯はもう下げちゃったから」
「ふざけんなよ!…もういい、夕飯いらねぇわ」
そう言って孝幸はベランダに出て、タバコに火をつける。
「…ねぇ、寒いんだけど。窓くらい閉めてよ、臭いも入ってくるし」
「あー、うん」
そう言って孝幸はベランダの窓を閉める。
いつからこんな冷めきった関係になってしまったのだろうか?仕事が忙しい事を理由に、孝幸は最近夜の相手をしてくれない。
''あの日、孝幸が私にくれた言葉は嘘だったのだろうか''
「これから先、共に人生を歩んで行こう」
彼はあの日の夜、私にそう伝えてくれた。でも、いざ蓋を開けて見ればご覧の通りだ。孝幸は私の事なんてどうだっていいのかもしれない。
結婚当初は1つのベットで寝ていた私達。いつの間にか、ベットの数は2つになっていた。
孝幸が仕事の残作業をしている間、私は先に床に就く。いつの間にか「おやすみ」という言葉さえ交わさなくなっていた。
''そんな時、私は夢を見た''
中学3年生の時だ。確か、修学旅行の行きのバスの中だ。
「誰か京都の観光雑誌見る?色んなの持ってきたよ」
私は持ってきた観光雑誌を、クラスメイトに配ろうとする。
「いや要らねーよ(笑)てか、佐野って真面目すぎるだろ」
クラスの中でも明るい存在だった竹内くんが、私の事をからかう。竹内くんの一言で、バスの中が一気に笑いにつつまれた。
「…じゃあ、私貰おうかな」
そう言ってくれたのは、私の隣の席に座る伊藤さんだった。大人しめな性格で、優しい子だ。クラスの雰囲気を察して彼女は、私の観光雑誌を一冊手に取る。
「じゃあ俺も」
さらにもう1人、私の観光雑誌を手に取ろうとしてくれた人がいた。彼の名前は浅井春成くん。運動神経が良く、頭も良い。おまけに性格も良くて顔もイケメンで、クラスの女の子達から一目置かれている存在だった。
「あ、浅井くんもいる??えっと…どれが、いい?」
今思い出した、私は彼の事が好きだった。
「うーん…じゃあこれ。なんか、鹿の絵が書いてあって面白そうだから」
「あ…それ、多分奈良のやつ」
「そうなんだ(笑)ありがとう、観光前に読んでおくよ」
そう言って彼は、奈良の観光雑誌を手に取った。
''すごく嬉しかった。真面目で地味で、勉強だけしてきた私にとって、それが初めての恋だった。優しい彼の笑顔が、今でも鮮明に脳裏をよぎる''
正直、彼と話したことなんて殆ど無かったと思う。多分、まともに話したのがあれで最後だと思う。
結局私は、彼に想いを伝えることはなかった。中学を卒業してそれ以来会っていない。
''何を考えているのだろうか?''
私は結婚して孝幸と暮らしている。孝幸との出会いは、大学生の時だった。同じサークルで、お互い写真が好きな私達はすぐに意気投合した。
彼と色んな所に回って、時には一夜を共に過ごして。彼と一緒に撮った写真の枚数分、彼との思い出がいっぱい詰まっていた。
「ねぇ、詩織」
確かあれは、孝幸と夜空を撮りに山へ行った時の事だった。何枚かの写真を撮り終え、綺麗な星空の下で街の景色を眺めている私に、彼が神妙な面持ちで私に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「俺さ、将来写真家になりたいんだ。馬鹿な夢だって事くらい分かってる。それでも、詩織とこうして写真を撮れることが楽しくてさ」
「なに?いきなり改まっちゃって(笑)良いと思うよ。孝幸なら絶対に良い写真家になれると思う。孝幸の撮る写真、私はすごく好きだから」
「ありがとう詩織。俺、写真家になったらさ…いつか詩織のウエディングドレス姿を撮りたいな〜って。ダメ、かな…?」
「うん、いいよ。その時はちゃんと綺麗に撮ってよね(笑)」
「当たり前だ!任せとけよ!!」
「もう、調子いいんだから」
私がそう言うと、彼は「うるせぇ(笑)」と言わんばかりに顔を赤く染める。そんな何気ない話が楽しくて、きっと私達が待ち受ける未来は明るいのかなって。そう思えたのだ。
「あ、それ。確かスイセンの花だっけ?」
「…!うん、そう。浅井くんって花に詳しいんだね」
この記憶は、なんだろう?私と浅井くんが話している…そうだ!思い出した。確か修学旅行が終わって、まもなく受験を控えた私は、進路の事が不安で悩んでいた時だった。
私は花が好きで、それを写真に撮って自分で見るのが好きだった。特に好きなのはスイセンの花で、冬から春先にかけて咲くこの花はとても綺麗で「雪中花」と呼ばれている。
「佐野さんも花が好きなの?」
「うん。なんか花を見てると落ち着くっていうか…ほら、スイセンの花ってすごく綺麗じゃない?他の花や木は枯れている中で、雪景色の中に紛れて懸命に咲いてるの。そんな事を思うと、進路で悩んでいるのが馬鹿らしいなって。そう思えるの」
「そうなんだ。冬から春先にしか見れない花か…変な事かもしれないけど、スイセンの花って俺達にとっての''希望の花''かもしれないね」
「希望の花…?」
「そう思わない?現に佐野さんは悩んでいて、スイセンの花で癒されている。受験シーズン真っ只中の俺達を応援してくれてるんじゃないのかな…」
彼はそう言って、ぎこちない笑顔を見せる。優しいな…私を慰めてくれているのだろう。
そんな彼は、スイセンの花を見つめて話を続ける。
「冬という過酷な時期に咲いて、俺達に希望を与えてくれる。そして春になると、他の花が咲いて''希望に満ちた俺達''を祝福してくれる。そんな時スイセンは、また来る冬に備えて休眠する。そして次に冬が来る時には、俺達みたいな人にとっての''希望の花''になるんじゃないかなって…」
「なにそれ(笑)」
私は彼の言うことがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「あ!今笑ったな!!」
「だって浅井くんったら、おかしなこと言うんだもん(笑)」
「…でも、佐野さん笑えたじゃん」
…!私は彼の言葉にハッとした。確かに、彼の言う通りかもしれない。
「ありがとう浅井くん。おかげで元気が出たよ」
私はなんでこの事を忘れていたのだろう。スイセンは、私達にとっての希望の花。彼は私にそう教えてくれたのだ。
''懐かしい夢を見たな''
またいつもの日常に戻る。朝の支度を整える中、昨日見た夢の余韻に浸る。
「おはよう。なぁ、詩織」
珍しい。朝が弱い孝幸は、いつも私に起こしてもらっている。そんな中、いつもより早い時間に孝幸は起きてきた。
「おはよう。珍しいね、なにかあった?」
「…いや、なにかあったって言うわけじゃないんだけど…」
「…うん?」
「その、昨日はごめん。連絡、ちゃんと返すからさ。それに、今までも。詩織の事、幸せにするって言ったのに、約束守れなくてごめん」
「どうしたのいきなり。私こそ、夕飯下げちゃってごめんね。仕事で忙しい孝幸の気持ち、考えてあげられなかった」
「いや、いいんだ。それとさ…」
孝幸は手を後ろにして、何か隠している。いきなり改まってどうしたのだろう…?
そして彼は、隠していたものを私に見せる。
「これ、スイセンの花。ほら、詩織この花好きだったろ?それに、今日は俺達が結婚して''3年目''の記念日だったし…」
そうだ、すっかり忘れていた。最近はずっと忙してくて、それ所じゃなかった。孝幸は覚えていてくれたのか。
「…!ありがとう孝幸。でも、ごめんね。私、何も用意していなくて…」
「いいんだよ。詩織と仲が悪くなったのも、俺が仕事で忙しかったのが原因だし。これからは、なるべく早く帰るようにする。本当に、悪かった」
彼はそう言って頭を下げた。私はふと、昨日見た夢の事を思い出し、孝幸に問うてみる。
「ううん。いいの、私も悪かったから。それでさ?孝幸…」
「なに?」
「もし過去に戻れるのなら、孝幸はもう一度やり直したいなって思う?」
私がそう聞くと、孝幸は下を向いて数秒考える。そして私の方に向き直って、質問に答えてくれた。
「ああ、やり直したいさ。もう一度過去に戻って、また詩織に出会いたい。そしてもう一度、詩織にプロポーズをして結婚する。そしたら今度は、詩織に辛い思いをさせない」
彼はそう言って、私を優しく包み込む。そんな彼に、私も応えた。
''スイセンの花言葉には「もう一度愛して欲しい」というものがある。まるで私と孝幸のように、これからの関係をより良いものにしていくために''
今の季節は冬。もう少しで来る春に向けて、色んな花の蕾が芽吹くだろう。
そんな中、スイセンの花は冬に備えて休眠する。
孝幸から貰ったスイセンの花は、とても綺麗だった。
これから先、私達は手を取り合い、支え合って生きて行こうと思う。そう、決めたんだ。
''希望の花が枯れる前に''
希望の花が枯れる前に スルメイカ @LIP_iqos
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