Sec. 04: They - 02
ハウエルズが頑なに発表会を続けているのは、中止になれば彼女の責任問題になるから、というのが主な理由のようだ。殺人や行方不明が日常茶飯事である魔術社会において、犯人の確保や新たな被害者の阻止よりも学会発表を完遂することが求められるのであれば、気持ちはわからなくもない。もっとも、ハウエルズにとって犯人はもう確保されているのだろうが。
それからレイとローマンは会場をくまなく回り、スチュアート・エディソンを見つけ出した。彼は鉱石魔術が盛んに研究されている魔術結社、『アカデメイア』の魔術師が行うポスターセッションに参加しているところだった。レイを認めると、話を切り上げてブースを離れ、こちらにやってきてくれる。朝と比べて、いくらか落ち着いた様子だった。
「やあ、レイ。ちょうどよかった、少しいいか?」
こうして見ると、スチュアートはハウエルズを見下すほど傲慢なようには思えない。理知的で冷静ではあるが、あくまで常識的な範疇にとどまっている。
彼はレイの後ろに控えているローマンを不安げに一瞥し、またレイに視線を戻した。
「調査の進展はどれくらいなんだ? シャーロックのトランクの幻想域に、人員は派遣されているのか? カーリーは、妻は……」
「気持ちはわかるが……落ち着け、エディソン」ローマンが宥めるように告げる。「クロフォードのトランクはロックがかかっていて、アイツ以外には開けられない。で、本人も開けることを拒んでる」
「なら、やはりあの男が——!」叫びかかったスチュアートを、ローマンが遮る。
「落ち着けって。オレは弟子だったから知ってるが、あのトランクの中にある幻想域は、クロフォードの領地だ。もしそこにチェンバーズやアンタの妻を監禁しているなら、必ず無事だろうよ。殺す理由がないからな」
「トランクを開けない理由もないだろう!?」
スチュアートは激昂し、今度こそ叫んだ。レイは彼の声の大きさに驚いて、身のすくむ思いをした。「……すまない、驚かせてしまった」それに気づき眉尻を下げると、スチュアートは軽く深呼吸をして、感情を整理し始める。
クロフォードがトランクを開けることを拒む理由がなんなのか、レイには知る由もない。そもそも、あの中に幻想域が広がっていることすら知らなかったのに。
幻想域を作成するには、物語が必要だ。
故に、領主になりうるのは名を持つ精霊や神霊といった『神話伝承のなかで、人に認識されている超自然的存在』である。異界を治める、あるいは司るという逸話があれば、その伝承に沿った幻想域を生成・維持することができる。一方でそうした伝承を持たない存在であれば、生み出せる幻想域はごく限られたものとなる。生成・維持には莫大な魔力が必要となり、魔法使いでも維持は困難であるとされている。
トランクに幻想域を持っているのがアペプの逸話によるものなのか、あるいは単純に、彼自身の魔力の生成量が桁外れなのか。レイには判断がつかなかったけれども、とにかく、トランクを開けない理由がないというスチュアートの意見にも一理あるように思える。
「やはり、妻を閉じ込めてあるから……トランクを開けられないんじゃないのか?」
スチュアートは不信感を隠そうともせず、レイを睨めつける。
レイの心中にも、もしかしたらと疑念が芽生えてきている。ハウエルズの主張をありえないと一蹴したのに。もしかしたら、本当に、クロフォードが——と。
「オレは中立なんで、誰が犯人だとかは言えないんだが……レイはアデラインを疑ってる。アンタ、アデラインを見下してたろ?」
狼狽えているレイをよそに、ローマンは冷静に問うた。スチュアートの顔が歪む。目に、なんらかの感情がよぎる。それがなんなのかをレイが理解するよりも早く、彼は口を開き口ごもりながらも反論し始めた。
「そんなわけがないだろう、私は……私は、彼女を尊敬している」
「あ、貴方の……『仮想空間上に人間を再現する』研究が時代の最先端を走っているのに対して、ミズ・ハウエルズは古い考えに固執しています。そこを、見下していたのでは?」
狼狽を隠しながらも深い追及をしてやれば、スチュアートはわずかにたじろぐ。図星に違いなかった。あとは、彼が自分でこれを認めるかどうか。
スチュアートはため息をつき、片手で顔を覆う。後ろに撫でつけたダークブロンドが、わずかに崩れて前髪がおりた。彼はそれを神経質そうに整え直す。
「見下していた、ことは、事実です。だが……それだけで、彼女は妻を……?」
「あくまで、可能性の一つですが」レイは慎重に言葉を選びながら、現在の推論を披露する。「ミズ・ハウエルズは、貴方が奥様をとても大切にしていることに目をつけたのかもしれません。貴方に直接危害を加えるより、よほど
「そんな……」
絶望した様子で、スチュアートは唇を噛む。どう言葉を選んでも、彼を絶望させることになってしまったのだろう。レイは罪悪感から目を伏せた。
今朝の取り乱しようからして、スチュアートがカーリーを大切に思っていたことは間違いない。憎い相手を絶望に叩き込みたければ、一番大切なものを壊すことが最も効果的だ。
しかし、ハウエルズが二人を殺害した、あるいは監禁している決定的な証拠は、まだない。彼女がカーリーの夫・スチュアートと、チェンバーズを憎んでいたという事実——それと、二人を連れ去ることが可能なのは妖精と契約しているハウエルズしかいない、という間接的な、状況証拠だけだ。
「ロード、シャーロックを説得できないのですか? トランクを開ければ、彼が犯人かどうかはっきりするのに……!」
スチュアートは縋るようにローマンを見やる。彼のグリーンの瞳は瞬き、呆れの色を帯びる。「そんなにアイツを犯人にしたいのか?」しかし、その台詞を振り払うようにまた目蓋を下ろして、すぐに普段の眼差しに戻った。
「いや、悪い。クロフォードを説得するのは無理だ。頑固なんだよ、アデラインよりな」
レイの心に疑念がよぎる。クロフォードが頑固であることは否定しない。けれど、己の無実を証明できる手立てがあるのにそれをしないとは考えにくい。なら——しないのではなく、できないのではないのか? 付き合いの浅いレイでも気づけることを、兄弟子であるローマンが気づいていないはずがない。意図的に、隠している。
「協力どうも、エディソン。最後に一つだけいいか?」
「は、はい……」彼は怯えを隠さなかった。
「アンタ、クロフォードのことはどのくらい知ってる?」
「はい?」明らかに、拍子抜けしている。「いえ、一般的に知られていることくらいしか。魔法使いで、保安局の主席執行者で、伝承派の主任教授で……人体と彼の体ではつくりが違う、という噂を聞いたこともありますね」
「そうか。引きとめて悪かったな」
「お気になさらず」
ローマンはレイのほうに視線を向け、質問がないかを無言で問う。レイは返答の代わりに頭を下げ、踵を返した。聞くべきことがあるとは思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます