Sec. 03: Solomon's Children - 03
「あの、ロード」レイは恐る恐る声をかける。「ミス・ハウエルズと仲の悪い人たちって、何をしたんですか?」
「それが、簡単な話でな。意見の相違なんだと。チェンバーズは死後の魂の流転について研究してたが、アデラインは冥界での魂の在り方について研究してる。で、スチュアートは魂の複写と固定について研究してて、ハウエルズを見下していた」
「魂の流転と、冥界における魂の在り方……それで、どうして仲が悪くなるんです?」
「初歩的なことだ、カレン」
クロフォードは両手の指を突き合わせ、探偵のように告げた。
何が初歩なのかと、レイは訝しむ。
「それぞれの内容について考えてみなさい。そうすれば、自ずとわかる」
「内容……」
魂の流転は、魂を別のものに変換したり、別の器に移し替えたりする魔術理論だろう。錬金術と死霊魔術を組み合わせたもの。
一方で、冥界において死後の魂は——そこに囚われたものだ。流転するような、流転できるようなものではない。チェンバーズは、死後の魂をも流動的にさせることを可能だとしている。
だがハウエルズは死後の魂を固定されたものだと述べた。それらは魔術理論ではあるが、思想や信条に近くもある。
だとすると、ああ。
「信じてる宗教が違う、みたいなものか?」
「その通り」クロフォードは満足げに頷く。
なるほど、とレイも首を縦に振った。信じるものが違うなら、仲も悪くなるか。
「スチュアートがハウエルズを見下していたのは、どういう?」
「ああ、そっちも簡単だ。スチュアートが属するCMOってのはアメリカの魔術結社でな。向こうじゃ電脳魔術が盛んなんだが、学会で電脳魔術を扱う学派は『現代学派』って名前なんだ。つまり、スチュアートはハウエルズを時代遅れだと言ってる」
「それで彼女の恨みを買った……?」
「アデラインはいつも冷静だが、一度こうだと思うとそれを固持しちまうんだよ」
ローマンはまるで親しい間柄であるかのようにそう言い、呆れ顔でため息をついた。
「じゃあ、ハウエルズが恨みを募らせてカーリーとチェンバーズを幻想域に連れ去った、っていう可能性は……」
「なくはないと思うぜ」腕を組む。「問題は、ハウエルズがそれを認めるわけがないってことと——幻想域に二人を連れ去ってどうしたいのか、が不明なことだな」
恨みを募らせているのなら、殺害されているほうが自然だろう、ということか。確かに一理ある、とレイは眉根を寄せた。危害を加えたいほど憎い人間に何かを実行するとして、わざわざ監禁する理由はない。
レイが黙り込むと、クロフォードはこちらに視線を向け、微笑みながら首を傾ける。
「次はどうする?」
「どうって……」
クロフォードの無実を証明するには、他の誰かが犯人である証拠を見つけなければならない。ハウエルズの因縁について語ることのできるチェンバーズとカーリーは、既にその姿を消してしまったが——もう一人、残っている。
「スチュアート・エディソンに話を聞く。チェンバーズと親しかった人にも話を聞きたい」
「ふむ……ローマン、チェンバーズの知り合いに心当たりは?」
賢者の地位にある人間は、学派の長であるだけでなく、学会の運営陣の一員を兼ねる。学会の内情にも詳しいだろう。もっとも、ローマンはチェンバーズと同じ交霊学派ではなく、芸術に特化した創生学派ではあるが。
「おまえ、オレが万能だと思うなよ」眉間が狭まり、呆れ顔が作られる。「だがまあ……イーディスと話しているところは見たな。仲も悪くなさそうだった」
「万能じゃないか」
「たまたまだっつの。おまえに言われるとムカつくな」
クロフォードが軽口を叩くところを、あまり見たことがない気がする。レイは友人の前ではこういう顔をするんだ、と思って、クロフォードの人間性に触れた気持ちになった。
数千年前のソロモン王とかつて交友があり、エジプト神話の悪しき大蛇アペプを喰らった、人ならざるモノ。
レイは彼を人だと認識しながらも、他者の感情の機微がわからないところについては人でなしそのものだと思っていたから、少し驚いた。まるで若者だ。
——イーディス・フェアクロフ。プラハの魔術結社『黄金の小路』に属する魔術師で、錬金術こそあらゆる魔術の基礎であると、イントロダクションで話してくれた女性。魂の流転について研究していたチェンバーズなら、錬金術師であるフェアクロフと交流があってもおかしくない。
「それなら、フェアクロフとスチュアートに話を聞きに行く」
「そうするといい。アダムには録音の機能もあるから、上手く使いなさい」
クロフォードはレイの胸ポケットに入った、自分のカラーグラスを指さして言った。金縁のどこに、そんな機構が積まれているのか。魔法使いが作ったものなら、馬車の正体がかぼちゃでも驚くべきではない。とはいえ、魔法使いの作る儀装を見慣れていないレイには、クロフォードの丸眼鏡でさえ玉手箱のようだった。何せ、何が出てくるかわからない。
レイは立ち上がった。
「言われなくても、上手く使うさ」
それは過保護なクロフォードに対する反骨心を含んだ台詞だったが、隣で話を聞いていたローマンは楽しそうに笑っている。馬鹿にされている気がしなくもない態度ではあったものの、彼のそれが弟弟子への親愛や友愛を示していることは明白だった。師匠と違って、少しも嘲りが混じっていない。
「君はどうするんだ?」
「オレは、そうだな……賢者である以上、堂々とレイの味方をしてやるわけにもいかねえからな。おまえの容疑を晴らすためじゃなく、犯人を明らかにするために捜査をする——これなら、アデラインも口出しできねえだろ」やっぱり、不敵に口角を上げる。
「証拠を集めた結果として私が犯人になっても、受け入れるというわけだな」
「不満か?」
「まさか。こじつけが得意になってくれて嬉しいとも」
ふふ、とこぼれるクロフォードの微笑は、師としての慈しみが滲んでいた。
「鍾尤にも話したが……私はここで待っているから、いつでも相談に来たまえ」
ローマンが適当に返事をして、ドアの前に立ち尽くしているレイのところにやってくる。手錠をかけられた手を上げ、わざとらしく左右に振っているクロフォードを尻目に、レイたちは部屋を出る。ふざけているのか真面目なのか、よくわからない。
わきに避けていた警備課の執行者が、廊下に出てきたレイたちを認める。彼は音もなくローマンに近づき、「あの……」と蚊の鳴くような声で話しかけた。
「ミスター・シャーロックは、いつもあんなに召し上がるんですか?」
「人目を気にしないでいいところだと、まあな。どうした? なんかあったか?」
「あまりに量が多いので、自分まで給仕を手伝う羽目になってしまって……」
「あー……」ローマンはきまり悪そうに目を伏せる。「悪いな、アドラム。諦めてくれ」
そんな、と肩を落とすアドラムに同情を覚えながら、レイはひと足先にエレベーターのボタンを押した。時計を見るとちょうど昼時に差し掛かっていて、レイのお腹も空いてきているところだった。
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