UNISON SQUARE GARDEN の世界観小説
星凪莞
第1話 僕らのその先
市の中心部から電車で15分の思い出の街に降り立つのは10年振りだろうか。朝と夕方だけ人が多いこの駅のホームはベンチだけが新しくなっていた。そして人の波が2方向に分かれる分岐点にあった駅の前の売店は3つの自販機に置き換わっていた。
僕が受験に失敗して地元を去ることになってから僕の人生は思い描いていたものとは大きく変わった。ずっとこの街にいたかった。離れたくない振りをしていた、離れたくないと思いたいと願っていただけだったのかもしれない。それでもこの街をもう少し好きになりたいと思うための努力は欠かさなかった。
電車の音がいつにもまして響く気がする高架線の下、4車線の道の傍で蝉の声を聞いて夏の"終わり"を感じる。8月の終わりだから、まだ夏は終わらないけど。随分夏も長くなった。せいぜい30年弱生きているだけの僕でも気候の変化くらいは分かる。高架線の線路は丘の上へ続いていく。丘には公園がある。高2の冬に気分転換に古文単語をこの場所で覚えた。しかも5km歩いたあとに。リラックスできていたのだろうか。きっと気分転換のつもりだったあれこれはかえって自分の首を絞めていたのかもしれない。
夕陽のオレンジが僕を照らす。綺麗すぎる夕焼けはかえって明日の雨を暗示しているらしい。夏の夜は長いようで短くて、しかもこんなに心地良い夏の夕方はとても貴重に感じる。折角良い天気だしもう少し散策してみよう。変わるもの、変わらないものの認識は、過去と現在の比較を豊かにする。歩いていたらあの人にも会えるかもしれない。彼女のことが大好きだった。全世界で一番僕が好きだと思えるくらいに、こんなに好きだと思う人は一生現れないから僕が側にいないと彼女にとってもったいない、と思うくらいに。彼女は僕を救ってくれた。塾も学校も受験も、命も、全てを辞めて諦めて、失くしてしまいたくなった高2の冬が終わり高3になる春に、彼女と出会った。彼女はいつも微笑んでいて、それはまるで天使のように、すべてを優しさで包むような彼女の笑顔のおかげで僕は僕を少しだけ取り戻した。思い返すと人生をかけて勉強していた、勉強が人生だった。だからこそ辛くなった。「急がば回れ」は僕には響かなくて、叶わない夢を追い続ける苦しさは執着の賜物だからそんなもの投げ捨てたら楽になることはきっと頭の何処かで分かっていたはずだけど、あいにく無視した。優しさを愛だと勘違いした僕は恋に落ちて受験にも落ちた。彼女が悪いわけではない。僕がもう少しだけ上手に精神のコントロールができていたならば、たくさんあった伝えたいことは今でも上手に整理できてないけど、きっと今も未来も変わっていただろう。
15分ほど思い出の街を歩く。高校生の間毎日通った道だ。彼女と出会った塾の前に辿り着く。少しだけ変わった外観は時の流れを感じさせる。さらに5分歩くとさっきよりも大きい公園に辿り着く。勉強に疲れて散歩をするときはこの公園に寄り道した。暗くなってから、公園の中にある小道を500mLのペットボトルの紅茶を片手に歩いた。ストレートティーかレモンティーをよく手に取った。街灯にかざして紅茶越しに見た世界はまるでガーネットやシトリンをかざしたみたいで、この街を好きになれた。この街をずっと好きでいたい、もっと好きになりたいから、思いが先走る、でももうシャーペンは西日の彼方へ。二度と動くことはなかった。
また15分程歩く。繁華街に近づくにつれて、少しずつ世界が暗くなると同時に電灯の明かりが強くなっていく。唐突に左からハイヒールの足音が聞こえた。ふと目をやると、すぐには分からなかったが、その人には見覚えがあった。片思いしていた彼女だった。永遠に思える位のおよそ3秒間、目が合ってから目が泳いだように見えた後、視線を下に逸らされた。デニムジャケットの下に着ていたオレンジのTシャツが見える位置だった。その色に落ち着いたのかもしれない。僕の目の前を、まっすぐ前を見て歩いて行った。それはスローモーションで、僕はまるで野球中継の、タイムリーヒットを打たれたピッチャーのリプレイみたいに。
すっかり暗くなった世界の下で輝く街のネオンは僕にほんの少しだけ味方してくれたみたいだった。「あなたに会えて僕は救われました。僕もあなたみたいな人の心に寄り添えるような、医師を目指します。」ずっと伝えたくて頭の中でぐちゃぐちゃになっていた思いがようやくまとまった時にはもう彼女は見当たらなかった。それでも僕は小さく笑って前を向けた。それは些細な出会いが僕の人生を幸せにしてくれたから。
【あとがき】
心のなかにある心象風景を散歩してみる
空を見上げたり、木々のざわめきに耳を傾けたりする
紅茶を片手に夕暮れ時の街を見下ろしてみたりする
海の広さに恐れたり、川沿いの肌寒さに怯えたりする
何百年も前からあるような神社を探検してみたりする
まとわるような夏の輝きに一冊の思い出を添えて、公園のベンチに腰掛けてみたりする
しびれるような冬の厳しさの中に銀世界の美しさを愉しんでみたりする
きらめく葉っぱのしずくに思わず見とれたりする
不意に雨が降ってくる、梅雨の小さな雨、夏の大きな雨
前を向こうにも震えだしてしまって、下しか向けなくなる
涙なんて流してしまって、もがいても沈むばかりで、流れ着いた浜辺で上手に笑えなくなったりもする
前を向くと不意に他者が視界に入ってくるし、思わぬ罵声を浴びせられて僕のペースは乱れてしまう
必死に自分だけを見つめた
冷たいガラス窓とカーテンの隙間は寒くて凍えそうだったけれど、声を押し殺して流した涙に同情したお月様は僕の味方だった
散りばめた星の数を数えたら少しだけ空に浮けて、宇宙に還れるんじゃないかって錯覚できた
大好きな音楽を聴いて眠る午前の2時
それでもって立ち上がる午前の5時、朝焼けの空はまだ生焼けだったけれど、僕にはまだ未来があるように思えて、自転車で突き抜ける風のようになれたらと願ってペダルを漕ぐ
そうやって遠回りして見つけた、ハートの形をした石を大切にポケットにしまったら、まだ見たことのない花を探しに行く
恐れることはない、きっと大切な何かが見つかる
気付けばたくさんの言の葉が手のなかに
自分のペースで上手に整えたら、宝物になった
きみに共鳴してもらうためじゃない
それでも、一昨日に逃げたいけれど、どうしても明日に染まらないといけないときにふと思い出して、噛み締める唇の力が少し緩んで、うまく言葉が紡げるようになるための飴玉一粒にでもなってくれたら嬉しい
星凪莞さんの短歌一覧
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