『プレビュー・キラー』
志乃原七海
第1話「またこんな悪趣味なやつ見てんのかよ」
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### **『プレビュー・キラー』 第一話:再生数17回のプレビュー**
**1.**
俺、高槻祐樹は、淹れたてのコーヒーのマグカップを片手に妹の背後に回り込み、彼女のノートPCの画面を覗き込んだ。画面の中では、手ブレのひどい暗い映像が延々と流れている。廃墟かどこかを歩いている、よくあるPOV(主観視点)のホラー映像だ。
「お兄ちゃんこそ、まだそのVTuberの切り抜き見てるの? 趣味、中学生みたいだね」
大学生の妹・美咲は、画面から目を離さずに言い返してきた。これが俺たちの日常。動画サイト『TubeNext』にアップロードされた、玉石混淆のコンテンツの海の中から、互いの琴線(あるいは悪趣味)に触れた一本を掘り当てては、こき下ろし合う。それが、社会人と大学生になった兄妹の、数少ないコミュニケーションだった。
「なんか面白いのある?」
「うーん……あ、これとかどうかな。アルゴリズムが拾ってきた」
美咲は慣れた手つきでマウスを操作し、あるチャンネルページを開いた。
チャンネル名は**『予言者(Prophet)』**。アイコンもヘッダー画像もなく、やけに素っ気ないデザインが、逆に不気味さを醸し出している。投稿されている動画は、まだ一本だけ。
「タイトル、『明日の出来事 File.01』だって。再生数17回。ウケる」
美咲が悪戯っぽく笑い、再生ボタンを押した。
映し出されたのは、車のダッシュボードに固定されたカメラからの、どこにでもある交差点の映像だった。ただ淡々と信号が変わり、車が行き交う。1.25倍速にでもしているのか、少しだけ動きがせわしない。そして、耳障りにならない程度に、うっすらと不気味なアンビエントミュージックのようなものが流れていた。
「何これ、つまんな。アート気取りの学生の課題かよ」
「だね。はい、次」
わずか30秒も見ないうちに、俺たちはその動画に飽きて、別の犬と赤ちゃんの動画へと飛び移った。その時にはもう、あの不気味なチャンネルのことも、退屈な交差点の映像のことも、すっかり頭から消えていた。
**2.**
翌日の夜。
ソファで惰性でテレビを見ていた俺は、ニュース速報のテロップに目を奪われた。
『速報:〇〇交差点で7台が絡む玉突き事故 複数名が重軽傷』
「え……」
見覚えのある交差点だった。ニュースで流れる、ヘリコプターからの中継映像。大破した乗用車、散乱するガラス片。そして、事故の瞬間を捉えたというドライブレコーダーの映像が差し込まれた。
その瞬間、俺は息を飲んだ。
あの角度、あの映り込み。間違いない。昨日、美咲と見た、あの動画だ。
「美咲!」
俺は部屋にいた妹を大声で呼びつけた。駆け込んできた美咲も、ニュース画面を見るなり、顔を青くした。
「……嘘でしょ」
「おい、昨日のあの動画、まだ履歴に残ってるか?」
美咲は震える手でノートPCを開き、『TubeNext』の再生履歴を遡る。あった。チャンネル『予言者』。
二人で固唾を飲んで、もう一度動画を再生する。ニュースで流れた事故の映像と、寸分違わぬ光景がそこにあった。不気味なBGMが、まるでこれから起こる惨劇の序曲であったかのように、耳にこびりつく。
「……ただの、偶然だよね」
美咲の声が震えている。「すごい偶然が、重なっただけだよ」
そうだ。そうに決まっている。そうじゃなければ、あまりにも……。
俺たちは、PCを閉じた。まるで、見てはいけないパンドラの箱に、慌てて蓋をするかのように。
**3.**
それから数日、俺たちは意図的にあのチャンネルのことを避けていた。
だが、恐怖と好奇心は双子の兄弟だ。週末の夜、美咲が「……ねえ」と切り出した。
「『予言者』、新しいの上がってる」
その一言で、俺たちの間の脆い休戦協定は破られた。
『Case.02:ある一家の悲劇』
タイトルからして、悪趣味だった。再生数は、まだ38回。
俺たちは、まるで共犯者のように顔を見合わせ、再生ボタンを押した。
今度の映像は、これまでとは全く違っていた。
家のリビングらしき場所に仕掛けられた、隠しカメラの視点。ソファでは、夫婦と小さな子供たちが、楽しそうにテレビゲームをしている。どこにでもある、幸せな家族の団らん。
映像の隅に、時刻表示が出ている。『PM 08:14』。
「何これ……ドキュメンタリー?」
「盗撮……? いや、手の込んだ自主制作ドラマじゃないの」
映像は早送りになり、時刻がどんどん進んでいく。家族が寝静まり、リビングが暗闇に包まれる。『AM 02:03』。
その時、カチャリ、と玄関の鍵が開く音がした。
続いて、黒い人影がリビングに侵入してくる。手には、鈍く光る刃物。
「うわっ……!」
思わず声が出た。これは、ヤバい。
人影は、寝室へと続く階段をゆっくりと上っていく。やがて、画面の外から、男性の呻き声と、女性の甲高い悲鳴が響き渡った。映像は、再びリビングに戻ってきた犯人が、床にガソリンのような液体を撒き、火をつけるところで、ブツリと途切れた。
「……ひどすぎる」
美咲は、顔を覆って俯いた。「いくらドラマでも、悪趣味にもほどがある」
俺も、胸糞の悪さに吐き気を催していた。すぐにでもチャンネルをブロックして、二度と見ないようにしよう。そう思った、その時だった。
映像の冒頭、家族が笑い合っていたリビングのシーン。
その壁にかかっていた一枚の絵画に、俺の目が釘付けになった。
ひまわり畑の、油絵。鮮やかな黄色と青のコントラスト。
「……なんで」
声が、震えた。
「なんで、うちにある絵が、あそこに……」
その絵は、数年前に母が買ってきたもので、今も、このリビングの壁にかかっている、俺たちの家の絵だった。
まさか。
そんなはずはない。
俺は、震える手で動画を巻き戻し、一時停止した。リビングの窓の外、カーテンの隙間から、隣の家の特徴的な屋根が、ぼんやりと映り込んでいる。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
「美咲……このリビング、うちじゃない」
「え?」
「うちと、そっくりに作られた、別の家だ」
違う。違う。考えろ。
絵も、窓の外の景色も同じ。だけど、ソファの配置が、テーブルの形が、微妙に違う。
これは、俺たちの家そのものではない。
俺たちの家を、**完全に模倣して作られたセット**だ。
誰が?
何のために?
これは、ドラマなんかじゃない。
これは、俺たち高槻家に対する、明確な殺意と、悪意に満ちた――。
**犯行予告だ。**
再生数38回。
俺たち家族の惨殺ショーを心待ちにしている観客が、この世界のどこかに、もう38人もいる。
いや、違う。
観客じゃない。
これは、俺たち自身に突きつけられた、プレビューだ。
お前たちの明日の運命はこれだ、と。
そう、顔のない殺人鬼が、高らかに笑っている気がした。
(第一話 了)
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