第35話 テストの結果
あれから僕たちは夜の勉強会を開かなかった。
あまりにもドキドキして、勉強どころじゃなかったからだ。
詩乃さんに僕たちの関係を
顔を合わせれば、あの夜の出来事がフラッシュバックして、互いに顔を赤くしてしまう。
だから、テストまでの残り数日間、僕たちはそれぞれ自分の家で勉強することにした。
もちろん、朝はいつも通り僕が透花を起こしに行くし、通学も一緒だ。
でも、その距離は、以前よりもほんの少しだけ、もどかしいくらいに遠かった。
それでも、不思議と不安はなかった。
むしろ、このむず痒いような距離感が、僕の集中力を高めてくれた気さえする。
だって、僕たちはお互いが嫌いになったわけでもないし、なんていうか、むしろ前よりも親密になっている気がする。
透花に相応しい男になる。
その一心で、僕はこれまでになく真剣に教科書と向き合った。
きっと将来、勉強が役に立つ……なんてことはないかもしれないけど、バカのままよりは、きっと透花にふさわしい気がしたから。
時々メッセージアプリで、お互いの愚痴を送ったり、本当にわからないところがあれば通話で教えてもらったりしながら、中間試験が始まるまで、その日に備えた。
そして、運命の中間試験当日。
「守くん、がんばってね」
「うん、透花もな。まあ、心配は要らなさそうだけど」
「ふふ、バッチリ勉強できたよ」
教室で交わした短い言葉。
それだけで、僕たちは互いの健闘を祈り、それぞれの戦場へと向かった。
一週間後、テストの結果が帰ってきた教室では、生徒たちの歓声と悲鳴でごった返していた。
余所の学校は知らないけど、うちの学校は自分の全教科のテストの点がまとめられた用紙が、それぞれに配られる。
プライバシーの観点から、廊下に順位が配られることはなくなり、代わりにその用紙に、自分の学年順位だけを知ることができるようになっていた。
「よっしゃ、平均超えた!」
「うわ、ギリギリ赤点だ……。補習決定じゃん……」
僕は配られたテスト結果用紙に急いで目を走らせる。
心臓が、ドクドクと嫌な音を立てていく。
小さな用紙には教科と点数が小さな表になって記載されていた。
そして最後、書かれた順位を見て、僕は思わず目を見開いた。
「……うそだろ」
学年で、五三位。
いつも百位前後をうろついていた僕からすれば、奇跡としか言いようのない順位だ。
透花に教えてもらった勉強法が、想像以上の効果を発揮したらしい。
思わず握りこぶしを作り、小さなガッツポーズを掲げてしまう。
込み上げてくる喜びを噛み締めながら、次に僕は透花を探す。
彼女の目標は、学年五位以内。
不可能ではないけれど、相当に高い壁だ。
うちの学校はそれほど進学校というわけではないけど、それでも上位は一部の頭のいい奴でだいたい固まってる。
透花は、いつものようにクラスメイトたちに囲まれ、称賛の嵐を浴びていた。
「ええっ、透花ちゃん三位だったの!? すごーい!」
「ちょ、ちょっと声大きいって」
「ご、ごめん。でも凄いね!」
「白崎さん、三位とかマジですげえ!」
「さすが! おめでとう!」
その言葉を聞いた瞬間、僕は自分のこと以上に、胸が熱くなった。
すごい。本当に、すごいよ、透花。
その輪の中心で、透花は嬉しそうにしている。
そして、僕の姿を見つけた瞬間、彼女の顔が、ぱあっと花が咲いたように輝いた。
透花は周りの友人たちに一言断ると、人混みを抜けて、僕のもとへと駆け寄ってくる。
「守くん!」
「聞こえちゃったよ、三位おめでとう。本当にすごいな」
「ありがとう。でも、私のことより守くんは?」
「五三位だった。……透花には全然及ばないけど、いつもよりもだいぶ上がったから良かった」
「過去最高記録でしょ! 良かったねえ! 私、自分のことより嬉しいかも!」
そう言って、自分のことのように喜んでくれる透花。
その笑顔が、僕にとっては何よりのご褒美だった。
「透花のおかげだよ。勉強のやり方、教えてもらったから」
「ううん、守くんが頑張ったからだよ」
僕たちが互いの健闘を称え合っていると、いつの間にか周りにクラスメイトたちが集まってきていた。
その中心にいたのは、もちろん先崎くんだ。
「おーおー、やってるねえ。テストが終わった途端にイチャイチャしちゃってさあ。俺っちの身にもなってくれよ」
「また君はそんなことを……。別にイチャイチャなんてしてないだろ」
「いや、してたね。周りにピンク色の花が飛んでたもん。なあ、三鷹さん?」
「そうね。相馬くんと白崎さんが見つめ合ってると、半径五メートルは立ち入り禁止区域になるわ」
「そ、そんなことないよ!」
「冗談よ!」
三鷹さんの冷静なツッコミに、透花が慌てて反論する。
そのやり取りに、周りからどっと笑いが起きた。
僕たちの間の気まずい空気が完全に消え去ったことに、クラスのみんなも気づいて、安堵しているようだった。
三鷹さんがニヤリと笑い、パン、と手を叩いた。
「前に言ってた、テストのお疲れ様会、やりましょ!」
その提案に、透花たちのグループから「おー!」という歓声が上がる。
「どこでやる? 駅前のカラオケ?」
「ファミレスでだべるのも良くない?」
高山くん、榛葉さん、三鷹さん、みんな楽しみにしているのが分かった。
口々に上がる提案に、ボルテージは最高潮に達する。
そんな中、透花が僕の袖をくいっと引っ張り、期待に満ちた瞳で僕を見上げてきた。
「ねえ、守くん。守くんのバイト先とか……ダメかな?」
「え、うちの店? 『トラットリア・ソーレ』は、高校生が大勢で行くにはちょっと敷居が高いと思うけど……」
僕の言葉に、三鷹さんも「確かに」と頷く。
「あそこ、美味しいけど、お値段もそれなりにするものね。クラス全員となると、ちょっと難しいかも」
「でも俺、行ってみたい! 相馬が働いてるとこ!」
先崎くんが目を輝かせて言うと、周りからも「俺も!」「私も!」という声が上がった。
みんなの期待に満ちた視線が、僕と透花に集まる。
透花は、僕の料理をみんなにも食べてもらいたいのだろう。
その気持ちが嬉しくて、僕の胸が温かくなった。
「……分かった。ちょっと、叔父さんに相談してみるよ」
僕はスマホを取り出し、その場で叔父さんに電話をかけた。
事情を説明すると、叔父さんは電話の向こうで豪快に笑った。
『おう、いいじゃねえか! 面白そうだな! ちょうど来週の月曜は定休日だ。店の厨房も個室も、好きに使っていいぞ。お前の腕の見せ所だな、守!』
「本当ですか!? ありがとうございます!」
思いがけない快諾に、僕は思わず大きな声を上げる。
電話を切って、みんなに向き直った。
「――ってことだから、来週の月曜日、僕の店で、僕がみんなに料理を振る舞います!」
「やったね、守くん! 守くんのスペシャルコース、すっごく楽しみ!」
僕の宣言に、教室は今日一番の歓声に包まれた。
「「「うおおおおおおっ!!」」」
「マジかよ相馬! お前、神か!」
「やったー! 白崎さんがいつも自慢してる、相馬くんの料理が食べられるんだ!」
「え、透花そんな自慢してるの?」
「え、そそそ、ソンナコトナイデスヨ?」
クラスメイトたちが、興奮気味に僕の周りに集まってくる。
その輪の中心で、透花は誰よりも嬉しそうに、とろけるような笑顔で僕を見つめていた。
その笑顔を見て、僕の心は決まった。
透花を、そしてクラスのみんなを、僕の料理で最高に幸せにしてみせる。
僕の料理人としての、本当の挑戦が、今、始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます