第48話 闇市結集


ロンの「今から伝える話は──」

ノアポイント本部のモニターに、表の路地の映像が映る。



紫音が眉をひそめる。

「ちょっと……これ見て。この人達の顔、この界隈じゃ見かけない」


ネオンの裏路地で力を持つ「闇市の統領かしら」たちがぞろぞろと集まってくる。


肉まん屋のマーさん、裏賭場のボス、偽薬の女、情報屋の爺さん……それぞれが縄張りを仕切る顔役。


ロンがモニターを観て、

「あいつらは、この界隈の闇市を取りまとめてる

奴らだ。敵じゃねぇ。紫音入れてやってくれ」



重苦しい会議室に、入ってきたばかりのかしら達の声が響いた。


「ロン!おまえら、なに企んでいるんだ!」

机を叩いたのは、新宿の統領の上条己龍だった。



千斗が思わず立ち上がるが、ロンは手で制した。

「落ち着け。こいつらは口が荒いだけだ」


だが、埼玉のカジノヤも続く。

「俺らを巻き込む気じゃねえだろうな。ガキ集めて、政府に楯突くなんざ、命がいくつあっても足りねえぞ」


ロンは一歩前に出て、静かに告げる。

「彼らはただのガキじゃない。ノアの鍵を持っている」


その言葉に、場の空気が凍りついた。漁師頭の男が口の端を歪める。

「……ノアの鍵だと?おいロン、本気でそんな夢物語を信じてるのか?」


ロンはゆっくりとタバコを灰皿に押し付け、視線を鋭く返した。

「夢物語かどうか、試してみりゃ分かるさ。お前らだって、このまま政府の犬に首輪つけられる気はねえだろ」


沈黙のあと、重い笑いがひとつ漏れる。しかし疑念は消えない。


「ガキどもが鍵だって?……なら、そいつらの命ごと賭ける覚悟はあるんだろうな、ロン」


しばらく、睨み合いが続く。


「しかしよぉ!すごかったなぁ!」

最初に声を上げたのは千葉の顔役だった。太い腕を組み、ニヤリと笑う。

「高級車がブァッと燃えちまった。あれは、スカッとしたぜぇ。闇市じゃその話でもちきりよ。まだ若い奴らも、捨てたもんじゃねぇってな」


埼玉のカジノヤも頷く。

「だなぁ。まだ政府の網の目を潜れる奴がいたとはな。しかも仕掛けたのはロン……しかも、実行部隊は闇市のもんじゃねぇ」


千斗がそっと手をあげる。

「あのー!あれ運転してたの俺、信号止めたのはジンです」


ざわめきが広がる。

「まさか、こんな真面目そうな学生とはな!たまげたぜ」

「おいロン、こいつら一体どんな化け物だ。俺らの若ぇ頃とはまるで違ぇ」

「俺らとも気が合いそうだな」走り屋、賢太郎が握手する。


豪快な笑い声と共に一気に場が和んだ。


紫音は思わず息をのんだが、ロンは煙を吐きながら肩をすくめた。

「化け物じゃねえ。ただ、生き延びるために本気になっただけさ」


「しかし、まいったな……」

新宿の上条己龍が額の汗を拭った。


「警察が偽物を立てて、表向きは“熱烈なファンが会いたさに誘拐未遂した”って話に落ち着いちまった。けど、実際には、関東一帯の闇市にガサ入れが始まってる」


別の男が苦い顔をした。

「下町の拠点も、こないだ洗いざらい荒らされたらしい」


重苦しい空気が広がる。

「俺らも、小競り合いをしてる場合じゃねぇ」

「武装しておかねぇと……」

誰かが唸るように呟いた。


ロンは紫煙を吐き、ゆっくり言った。

「……ついに、この時が来たのかも知れねぇな」


ざわつく声が飛び交った。

「武装だ? 馬鹿言え、ウチは商売で食ってんだ」

「学生に背負わせる話じゃねぇだろ。おまえらは元の生活に戻れ」


誰も同意しない。誰も完全に否定しない。

それぞれの立場が、重苦しい沈黙を作った。


ジンが口を開きかけたが、ロンが先に言った。

「……聞いたな。闇市は一枚岩じゃねぇ。守るものも違う。だがそれでいい」


ロンは学生たちに視線を向ける。


「お前らは帰れ。元の学校にでもな」

「……!」

千斗が立ち上がった。

「ふざけんな! 帰れるわけねぇだろ!」


ロンは煙草をもみ消し、静かに言った。

「お前らアホか。ガキの遊びは終わりだ。なあ、紫音言ってやれ」


紫音がモニターを観た。

「ちょっとみんな静かにして。あの人達、闇市の人間じゃなさそう」


スクリーンには、

場違いなほど整ったスーツ姿の男たちが数人。革靴、耳に隠した小型のイヤピース。目線の動きがあまりにも訓練されすぎている。


「政府筋か?」

埼玉のカジノヤが唸るように言う。


「いや、警官じゃねえな。奴らは……猟犬だ」

タツオが煙草を灰皿に押し付けながら低く答える。


クロエは冷笑を浮かべる。

「目つきでわかるわね。命令でしか動けない人形。こっちを“見てないふり”して、全部見てる」


ロンが煙を吐き出し、指で机をトントンと叩いた。

「奴ら、もう嗅ぎつけてる。封鎖の前触れだ」


モニターの中で、スーツの一人がふと視線を上げ、レンズの向こう側をまっすぐ睨んだ。その瞬間、会議室の空気が凍りつく。しばらく店の前にいたが、去って行った。


「わかったろう。足を引っ張るから、しばらく来るな」

ロンの声は低く、容赦がなかった。


「もう、遊びじゃねぇんだ。命を張る戦場だ。学生のノリで首突っ込んでいい場所じゃねぇ」


紫音が言葉を飲み込む。千斗が食い下がろうとするが、ロンの眼差しに射すくめられた。


「……冗談じゃねぇ。俺たちだって——」


「黙れ。いいか、これは遊びじゃない。命を落とすか、奪うか、その二つしかねぇんだ」


重苦しい沈黙の中で、ネオンのざわめきだけが響いていた。

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