第15話

「ネクロ、いる?」

 私たちがネクロの部屋に向かい扉をノックすれば、扉が開いてネクロが顔を出した。

「どうした」

「次に行く場所はメラリーテ村にしようと思ってて。どう思う?」

「構わない」

 端的だけど同意はしてくれたようだ。

「だが一つ、なぜそこに向かうのか聞いても? 彼女から聞いていると思うが、あそこはアシリアには寛容な場所ではない」

「お伝えしましたが、なにやら夢でお告げをもらったようで」

 アストラさんが会話に入る。

「お告げ?」

「はい。……どうやらアシリアさんの力を必要としている方がいるようなのです」

「そうか」

 前の世界では夢とか占いとかは、信じるか信じないかで結構意見が割れていた。私もあまり信じていない側だったから、この世界ではこういった話があまりにもあっさり受け入れられているのには未だに慣れない。

 王様やアストラさんから話していない情報を見抜かれていたから、この世界のそういったことについて疑っている訳では無いんだけどね。

「では次はそこに向かおう」

「ありがとう。ここを出るのはいつにしようか」

「用意が済んでいるのなら今日でも構わない」

「私も今日で大丈夫です……」

2人ともそう言う。

「町の人たちに何も言わずに出て行っていいのかな」

「俺たちはただ旅をしているだけだ。観光客と同じように振る舞えばいい」

 ネクロの言葉に確かに、と頷き、私たちは町を出る準備を始めることにした。

 ――

「ええ、もう行っちゃうんですか!?」

 宿を出るタイミングで受付の人に「今日でここを出発します」と伝えれば、近くにいた町の人にも聞こえていたようで、そう話しかけられた。

 ここの宿は受付の所が広い広間のようになっていて、よく人が集まって話しているのを見かけている。今日もそういった人々が多く来ていたので、その声につられてその場にいた全員がこちらに視線を向けた。

「ちゃんと送り出したいのに、随分急ね」

「いえ、そういったのは気持ちだけ受け取っておきます」

 私がそう断るが、町の人は渋い顔をしていた。

「あんたらがこの町に向かおうともしていなかったら、今頃俺たちは飢え死にしていただろう。盛大な送別会くらいは開いてやりたいが……ただまあ、そちらの事情もあるだろうし無理に止めはしない。だが、またいつでも帰ってきてくれ」

 1人のその言葉に、ピアティーノ町の住民はみんなそれに頷いた。

「占い師さんも行っちゃうの?」

 小さな子供が母親の袖を掴みながら聞いてくる。

「はい。私もこの2人に同行します。……最後にあなたの将来について占いをして差し上げましょうか」

「うん」

 アストラさんはその子に近づいて手を取った。

「……あなたは将来、町を支えるかけがえのない存在へと成長できます。今好きなものを手放さず大切にしてください。そしてそれを抱えて生きていきましょう。……そうすれば、神はきっとあなたに微笑んでくれます」

「うーん……よくわからないけど、お母さんのお手伝いちゃんとするね! お母さんのことだいすきだから!」

 ありがとう、占い師のお姉さん、と感謝する子供の目には希望の光が見えた。

 

 宿を出れば薄暗い空が私たちを出迎える。しかし振り返れば、町の人達はこちらを笑顔で見送ろうとしてくれていた。

 先程の子供のように、瞳にあたたかな光を宿している。

「ありがとう!」「また来てくれよな」「次はうちの店にも食べに来ておくれ!」

 感謝の温もりが私の胸をじんわりと温めてくれる。

 私は深くお辞儀をし、ネクロとアストラさんと共に、ピアティーノ町を後にした。

――

「いい人たちだったなぁ」

 そう零せば、ネクロが頷く。

「ああ。久々に人の心に触れた気分だ」

「ネクロって感情で動かない人だと思ってたよ」

「俺をなんだと思っている」

 あはは、と笑って返せば、ランタン越しに少し不服そうな顔をしたネクロが見えた。

「でもあまり、道行く中で出会った方に情を抱いてはいけませんよ」

 アストラさんが付け加え、それにネクロも頷いた。

「そうだな」

「え、どうして?」

「私の場合は個人的な信条です……。こちらは旅人、向こうは住民。たまたまその町や村に寄っただけなのだから、あまりそこに長居してはいけない、と……。元はなかった存在なのですから」

「記憶に残らないようにするってこと?」

「ええ……。ピアティーノ町にはちゃんと住む気で身を置いていたので事例は異なりますが、各地を転々としていた時は、遅くとも5日でその地を離れるようにはしていました……」

 結局、ピアティーノ町もすぐ離れることになってしまいましたが……。とアストラさんは付け加えた。

 そ、そうなんだ。

「ネクロはなんで?」

「もし今後その町の人々と敵対する日が来た時、情を持っていては邪魔になるからだ」

 物騒。

「過去にそういったことがあったのですか……?」

 アストラさんが尋ねる。ネクロはどこか遠くを見つめるような表情をしていたが、それ以上は何も語ろうとしなかった。

 ――

「そういえば、アシリアさんは隣国についての知識はありますか?」

 しばらく歩いた後、アストラさんがそう話題を振ってきた。

「朝話してくれた水の国の話以外は何も」

「そうでしたか……。ですがこれから旅を続けて行く以上、隣国のことも知っていた方が良いかと思います……私でよければ、少しお話しましょうか」

ここ、エトラエル王国――雲の国と呼ばれているのは知っている――についても私はあまり知識がないが、聞いておく分には悪いと言ったことは無いだろう。頷けば、アストラさんが緩く微笑んだのが薄暗い中でも分かった。

「それでは少しだけお話しましょうか」

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