第4話 一期一会

一期一会、という言葉がある。

昔は全ての出会いが目に見えて一期一会だった。

今のように一人一台スマホの時代では無かったころの話しだ。

だけど、忘れてはいけない。一人一台スマホを持っていて、どんなに遠く離れてもいつでも連絡が取れるからと言って、本当に再び出会えるかは分からない。

わかりにくくなってしまったが、どんなに時代が変わっても、一期一会に変わりはない。

別れは突然訪れ、また出会いも突然やってくる。

本当に小さな事の連続が、毎日を作り出していく。

人と人だけではない。

見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、匂い。

全て通り過ぎて行く最初で最後の全てなのだと気付いた時に、今を大切にしようと思えるようになってきた。


問題は、今を大切にしたいと思うけれど大切にするってどういう事?というところだ。

今日は仕事、でも行きたくない、今動きたくない。

そんな今、だったとして、行きたく無いなら行かない選択と、行きたく無いけど行く選択がある。

どちらを選ぶにも「何故」が大事になってくるわけで。。。

何故、を考えるのは私には結構難しい。

簡単な人もいると思うが、そういう人はそんな小さな事で迷わない。多分、思考がシンプルで、明確な

価値観を持っているのだと思う。または、行かないと言う選択肢や行くと言う選択肢がそもそも無い人もいるだろう。

私にとっては、小さな事では無い。今日仕事に行くかどうか、は大問題なのだ。だって行きたく無いのだから。行きたく無いの中にある不明瞭な感情や思考をまず整理しなくてはいけない。

残念な事に、私はやれば出来るタイプの人間では無い。頑張って頑張って頑張って、それでも平均的な人より仕事の覚えが遅いのだ。愛想も良い方では無いので、職場の人間関係もままならない。


この十数年、この悩みはとても大きな障害物だった。完全に過去形にはまだ出来ていない現状であるが、数年前に比べたら、今は楽になった。

生理痛で起き上がる事も出来ない事は多々あったが、それとはまた別の、思考呼吸身体停止状態。(心臓は動いている)

また、また「休みます」の電話をしなくてはならない苦痛。休みが増えるほど出勤するのがさらに辛くなる。そして退職。その繰り返し。

生きる為に働かなくてはいけない。何をやっても上手く行かない。働くのが辛い。仕事に行きたく無い。行けばまた辛い思いをするだけで、そうやって得た僅かな給料は、気付いたら無くなり、困り、借金へと繋がった。更に生きるのが辛くなる。苦痛ばかりが重なる。何故生きなくてはいけないのか。

あぁ、消えてなくなりたい。

その繰り返しの日々だった。

それでも何とかしようと、もがき、職場を転々とした。掛け持ちをしてみたり、働くのがストレスなら、働く時間を減らしてみようと、短時間のパートタイマーで働いてみたり、胡散臭い副業に手を出してみたり。


小さな出会いと別れの繰り返しの日々。

顔も名前も覚えてない人がどれだけいるだろう。


30歳になった頃、熱中症で倒れた。

真夏の30度を超える中200度の鉄板の前で和菓子を作っていた。

その頃、体重が37kgくらいで、食べ物をたくさん食べられなかった。なぜかずっと寒かった。だから、真夏なのに長袖長ズボンで、心の中心から凍えていくような感覚で過ごしていた。9年くらい前だから、今ほど30度を超える日が毎日のようでは無かったのでとても暑い日だったのだ。

店の裏口から出て直ぐのところで動けなくなり蟻がたくさんウロウロしている砂利の上にうずくまった。意識は何となくあった。

記憶が混濁していった。

観光地のど真中、夏休み、コロナ前で、路地は海外からの観光客だらけ。製造販売、簡単なカフェ併設の小さな店はたった3人で回していたので、私が倒れていようと、やって来る客を2人で捌くので精一杯だった。

そんな中、声が降って来た。

観光客の方のようだった。

大丈夫ですかー?

残念ながら返事が出来なかった。

熱中症だろうと察してくれたようで、

これ食べてください。

と動けない私の口に熟成された漬物らしき物と梅干しを押し込んでくれた。その上、手持ちの残りのそれを私の手に乗せて、去って行った。

他にも何か言ってくれていた気がするが朦朧として思い出せない。

ただ、このお陰で、たぶん私は命拾いした。

しばらくして体が楽になり、なんとか立ち上がって、休み休み、家に帰ることができた。


この時の話をすると、

いや、いや、救急車呼ぼうよ。

とたいてい言われたが、観光地のど真中、救急車なんて呼んだとて、何時間もかかっただろう。

姿も分からない通りすがりの観光客の方にもう二度と会う事は叶わない。

ただ、お礼が言えなかった事が心苦しい。

その優しさに今でも感謝し続けている。

生きていると本当にそんな事ばかりだと思う。


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