第二部 合従軍が憎い
「貴国の敗北は喫した。
天地が逆さになろうと、夜明けから朝へと移ろい昼を挟まず夜を迎える日がこようとも、この結果は覆らない。約7000という出兵に勝利の兆しすらなかった現実を直視せよ。
仮に、私が出向かねば、貴国の軍は我が民の命を脅かし、土地を、物を、かすめ取っていたはずだ。貴国の軍は。
私はそんな存在に寛容の措置を取らない。
例外もない。これを正当な処理とする。
奴らは今しがたノクティアの東端に広がる荒野にて、骸にしてきた。
これが全ての証左だ。
私は私の民に一度でも敵意を向けた存在を決して許さない。
退路など決して与えない。」
ここでたまらず、1人の女が泣き出してしまった。
アーサー=ヨル・ドンことヨルは通告を止めざる終えず、また、あのノクティアの恐ろしい魔王が兵として見送った待ち人を殺したのだという事実に耐えきれなかった者たちが、次々に泣きだす。
いずれも大切なものが殺されたことへの怒り、戦争国の手におちる国や自分たちへの憂い、
通告を遮ってしまったことへの焦り、
結局ヨルが次の言葉を紡ぐまで、悲鳴はやまなかった。しかし、ヨルの言葉はさほど民の不安を煽る口調ではなかった。
「理解している。」
「………?」
「私が殺めた兵に待つ人がいた事と、それがお前たちであったことを。
恨むな、なんて言えない。
奴らを手にかけた私が、それを深く受け止めないでいい理由などない。
あくまで私の目的はお前たちの支配ではない。この国ごとノクティアと併合することにある。よって、恨みは捨てずとも、表立った憎しみを捨てられる者には命を与えよう。」
「?!」
全員が、ヨルを見つめ直した瞬間だった。
まだ、生きられる。生きられるかもしれない。死なずにすむかもしれない。
そう希望を見い出して涙していた。
「これからは、私の干渉を多少飲み込んでくれればいい。 そうすれば、変わらずこの地で今まで通り暮らす権利を保障しょう
ノクティアの民を名乗るなら、我が民として迎えよう。
税は取らない。微兵もしない。
理不尽に命を奪わせもしない。そう約束する。」
ヨルの目的はこれだった。
国境があるから、治める人間が違うなら、
全てを一人が治めてしまえばいい。
大陸を一つにし、危険な武を犠牲に他国を傘の下へ。そして唯一王となる。
それが彼女の、彼女なりの、長きにわたる平和を追い求めた未来だった。
「笑わせるなぁッ!!!」
「?」
この時、ヨルの足元より下でひと際大きな声が飛んできた。
見れば豪華な身なりの男が顔を赤くしている。ヒーパス9世の言葉は、しばらく続く。
「みな、騙されるなっッ!!
我々の、愛する者が、あの者の手によって奪われたことを忘れるなっ!!
ノクティアが、恐ろしい戦争の国であることを忘れるなっッッ!!
聞いていれば、正式な会談もなしに、ぬけぬけと!
我々は、貴様のような者の統治下に成り下がってまで生きようとは思わない!
だいたい、税も徴兵もなしで民を生かすことなど、できやしないに決まっているだろうが!!
小娘の分際で王になり、我が7000を偶然討ち破った程度で、思い上がるな!」
彼の言葉が響いたのは恐らく、王だから。
「貴様は、この国の王だな。」
「そうだ。こんな、勝手な支配が、まかり通ると思うなッ!!」
「………」
ヨルは沈黙を挟んで口を開いた。
国の鞍替えを決断し、彼女のもとに下るかどうかを吟味する権利のある者たちに。
「…ならば、こうしよう。
この国に誇りを持つ者と、私を信じてくれる者を可視化する。
私は結果を責めない。前者は右へ。」
ヨルの左手が民たちにとっての右を示す。
「後者は左へ。」
続いて右手が民たちの左を示した。
こんなことをしたとて民たちを困らすだけだとは理解していた。彼女にしても。
しかし〝お前たち、分かってるな〟と言わんばかりに睨みを効かせるヒーパス王に抗えないという理由と、7000の軍を鏖にした事実からか、大勢がぞろぞろと右側に流れていった。
「…」
「…よ、よし……!」
密かに冷笑を浮かべるヒーパス王、無言で結果を待つヨル。
ここでヨルが目ざとく見つけ出したのは、子を抱いた若い母であった。
「………おや、」
「……は……」
なんとその母は後ろ指をさされながらも左へ、ヨルの味方をしたのだ。
その母の顔には密かな覚悟があるように見えた。そしてその覚悟というのは、大きな意味をもたらすことになる。
「ふ、ふん。一人が流れたところで…何も変わるまい…。」
ヒーパス王の呟きと同時に、これまで多少重たい足取りで右へ流れていた大衆が、まばらではあるが左へも入っていくようになった。
そして更に、一度は右へ流れた者の中にも左を選び直す者も数多。
「、…、ま、まて、…」
「……謝意を。第一と第二のペンギンよ。」
今度の呟きは、ヒーパス王とヨルとで反応が真逆になっていた。
ヨルは心のどこかで勝ちを確信しながら背より槍を取り出し、城壁から飛び降りた。
身をひねりながら壁に槍を刺すことで中継し、無事民たちと同じ地面に着地した。
そして気がつけば半分以上が決断を終えたというのに左の方の塊が明らかに膨れている。
それを認めながらヨルは、例の母子の下に歩み寄った。
「……私が怖いか?」
「い、いえ……、そ、そんな、」
「…名を聞いても?」
「え…、え、エルマ…です、」
「…そちらは?」
「あ、……エーギル……」
「…エルマ。エーギル。…
お前たちには救われた。」
「そ、…そ、そんな…」
「恐ろしさで、私を選んでくれたのか?」
「………」
「言い訳が無く、気持ちが良い。」
「…そっ、それとっ…!」
「?」
「……み、右と左を、…私たちの基準で…示してくださいましたから…。」
「………なんと…、…無垢な…。」
ヨルも驚いていた。
てっきり武に慄き、命を守るために勇気を出したのだと決めつけていた。
それが、まさかそんな所を見つけて考慮してくれるとは。
第一、決める者が基準だなんて当然だと思っていたから。
「…お前たちには、必ず報いてみせる。」
ヨルはそう残して、怒りと焦りに震えるヒーパス王のもとに近寄った。
眼前の民の意向は残酷なまでに明白だった。
どう言い繕っても、どういう見方をしても、右手の数の20倍以上が左でヨルに味方することを示している。
果たして手のことやヨルの隠れた面に気がついている者がどれだけいるだろうか。
しかし、理由はどんなものだって構わない。
命を守り生き長らえるためにはとにかく鞍替えしたほうが良いと思い、ろくな考えもなく左に移ったものが大半だったのかもしれない。
しかしそれすらも構わない。
ノクティアに付くと上辺だけでも示してくれればいい。ヨルにとっては。
「…貴様は…貴様らはなんなのだ……!!
忘れたわけではあるまい。この私の言葉を!
考え直せ!戻れ!
彼らのように、右へ戻るんだ!!
い、今なら!まだその売国行為を咎めないでやる!!咎めないでやるぞ!!!
この国や、兵たちを裏切ったことをッ!!!」
もはやこうなっては彼の言葉も安く聞こえる。
腹の座った者なら言うだろう。
『振ったサイコロにうだうだ言うなんてみっともねェ。』
ヨルは終始、誰の決定にも干渉しなかった。
恐怖もまた、王の器に伴うステータスなのだ。
「ふざけるなよ………!
貴様らのような、自分の命が可愛いだけの、プライドが無いクズのせいでッ!
右のやつらはッ……! 俺はっ……!!
どんな気持ちでノクティアに下るのだッ!!」
ヒーパス王の言い分は、もっともだとも思えた。しかしそれは勘違いであった。
「履き違えるなよ。
これは多数決じゃない。選別だ。
…意思の開示と言い換えてもいい。
命運を決める国と主の鞍替えともあろう時に、多数決なんてするわけないだろうが。
…所詮は、王の椅子を手放したくないだけで、真に自らの保身を企んでいるだけのくせに、民意の重みから目を背けるでないわ。」
「………なんだとっ………!」
ヨルは静かに右へ残った民たちの方を向いた。
そしてそのままヒーパス王に告げた。
「…貴様も王ならば、国の命運の帳尻を合わせよ。ここからは叫びや吠えでなく懐柔で、民を連れ戻してみるがいい。
…なるべく大きな声でな。」
「………くっ………」
ヒーパス王はまず、再び左の9602人に怒鳴ろうとした。手当たり次第の折檻も視野に入れながら。
しかしその声よりも、右の435人のみならず
既に味方である左の民の耳にも声を届けるため張り上げたヨルの声のほうが強く、巨大だった。
☆☆☆☆
「今のノクティアの土地と民は、こうして増えた。」
これが通告に次ぐ演説のつかみである。
「各小国の武力を犠牲に、武力という名の待ち人たちを犠牲に、国を併合させ、その土地の掌握と民の吸収を図ってきた。
ある者は身勝手だと責めるだろう。
到底、褒められるようなことではないと。
これは、無力な者への征服に過ぎないのだから。
しかし、このヒーパスを王都ごと丸め込んだ暁には、もはや残るノクティア以外の国というのは一つのみ。
北一帯を治める〝ジマーニモ〟だ。
私は宣戦布告を受けている。
決戦はこれより二日後。
ここでジマーニモを落とし、私は晴れてこの大陸全土をノクティアとする。
先ほど言った税も、徴兵も、死も、遠ざけるという保証を、唯一王となった私はやってのける。
だからこそ、私を信じてほしいのだ。
戦争に関しては、案ずるな。私一人でできる。
運命が与え給うた、この力で…!」
「?!?!!」
最高の演出だ。
ヨルはおもむろに手のひらを天に掲げると、黒と朱のモヤを伴って細長い物を顕現させた。
それは更に先端を尖らせ、派手でない装飾が加わって完成する。
悍ましい色をした異質な槍。
これがばらばらと音を立てながら増え、途端に3本、5本、12本と増えていった。
右の者も、左の者も、思わず生唾を炊いていた。
同時に〝まさか〟と思っていた。
「これを数千万と降らせ、たちどころに敵の命を奪った。
これまでも、今日も。
これがまずお前たちに、ノクティアの民に、
性別を問わず決して徴兵を課さずに済む理由だ。
人を穿つ槍などを筆頭に、武器の生産を課して人を殺させる手段に関与させることもない。
私は強い。何があっても負けない。
この力で、私はお前たちの王であると同時に、民に死を望ませぬ守護者となることを誓おう。…私の恐ろしさ、頼もしさ、どこに折れてくれたって構わない。
よろしいように、折り合いをつけてくれれば幸いだ。
もう一度問おう。
ノクティアを選ぶものは、今からでも左へ。」
その締めを合図に、3秒で右の50人が左に流れた。6秒後には100人。9秒後には150人。
27秒後には435人のうち22人以外が全て左に流れてしまった。
この全員はどうやら、てこでもノクティアに下るつもりがないらしい。
みな、怒りを初めとした覚悟が顔に滲んでいた。
☆☆☆☆
老いた男6人、老いた女2人、若い女6人に、8人の子ども。
彼らの言い分は、やはりこうであった。
「主人を」「息子を」「弟を」「兄を」
総じて愛していた人を、奪ったのがとにかく憎い。
ヨルは全員と目線を合わせながら〝やはり〟と頷いていた。
「…それは、何も間違ってない。
正しく、気高く、尊い感情だ。
ムゲにはしない。
王を名乗る前に、人である前に、守護者になる前に、その気持ちを尊重しよう。
高潔なお前たちに敬意を。
そのうえで、更に3つの択を提示しよう。
既に左に流れた者も、よく聞いておけ。
1つ。このヒーパスを含めたジマーニモ以外の土地はノクティアのものになるわけだが、
どこでもいい。
ジマーニモでもいい。海の外でもいい。
ノクティアに属さず、私の支配と守護から免れることを条件に、自分の身を自分で守ると良い。
この国へ牙を剥こうとしない限り、私は去る者を追わない。
2つ。死だ。
便宜上こう言っておこう。
亡きヒーパスの英霊となり、祖国やお前たちのために散った者たちのもとへ行くがいい。
責任を持って私が手を下してもいいし、自らの望む方法でも良い。
せめて苦しまないで済むように努めよう。
3つ。明日の昼頃、私が遣わす間者がやってくるまで、従うか放浪か死かを悩む時間を与えよう。
待遇は一切変えない。
何か不利益を被ることも無いと約束する。
納得がいくまで考えるといい。」
即興にしてはあまりに、完全すぎる展開だとその場にいる全員が思っていた。
しかしヨルはこれまでもこの方法で、新しい民となる者たちをふるいにかけてきたのだった。
「さらなる選別を。
1か3を望むものは、従うことを望んだ者とともに左へ。
2を望む者は、残念だが、私の目の前に並ぶがいい。
この場で死を選ぶ者がいれば、楽に逝かせよう。」
全員が改めて、ヨルの力強さに震えた。
死を迎えることをまるで迎え入れることのように 演出する様子は恐ろしくも美しい。
身を委ねたくなるような優しさすら伴っていた。
ここで1人の女が、勇み足でヨル目掛けて歩き出した。5歳ほどの2児を連れて。
なんとなく気の強そうな女だ。
目は鋭く、赤く腫れている。
酷く泣いたあとらしかった。
ぱしんっ!!
その時、人の肌がぶたれた。
☆☆☆☆☆
赤い血の通った、柔らかい人の頬。ヨルの頬。
これが例の女によってぶたれたらしかった。
その場にいた全員がその場をスローモーションで見ていたことだろう。
流石にこれはヨルを怒らせることになったかと、凍えそうな空気が漂った。
しかも更に。
「………」「死ねっ!死ねっ!!死ねっ!!」
泣きじゃくる二人の我が子を背に、女は暴行をやめなかった。
しゃがみこませて、ぶって、ぶって、更にぶって、馬乗りになってまたぶつ。
「もうやめてよかあちゃんッ!!!」
「やめてッ!!やめてッッ!!」
「………いい、止めるな。…優しい子らよ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、…!」
「………」
もはやヒーパス王すら圧倒される女の気迫に、全員が息を呑んでいた。
息も荒いなか、女は叫ぶ。ヨルから降りて。
「化け物がッ……!!」
ヨルはこの時点で19発、頬に痛みを食らっていた。
「死にたくなくて死んだんだ!!私の主人は!この子たちの父はッ!!
帰ると言ったのに、お前のような怪物に、…悪魔にッ……!殺されたんだッ……!
…人の、大切な人を奪っておいて、なにを、虫の良いことを…ッ…しゃあしゃあとっ…!!
お前のような者の国で、生き長らえたくはない!殺せ!私を殺せ!私たちを殺せ!!
私も、子どもたちも、デイトルのもとへ連れて行けッッ!!!」
「…………………子らよ。
…お前たちにも、死の覚悟が…?」
「………とうちゃんと、かあちゃんと、いっしょがいい……。」
「…よく分かんないけど、このまま生きてても…かあちゃんがもうわらってくれない気がするから、」
「………………そうか。…目を閉じよ。
…デイトルの待ち人よ。」
不幸にも、ヨルは先に対峙した将軍の名がデイトルであることを知らなかった。
よって目の前の絶望する母子が、ヨルの認識するあの将軍と繋がることは難しかったわけだが、ヨルはこれを思いがけず見出すことになる。
子のうちの、特に長男らしきほうの顔をなんとなく見つめていたくなった。
しかしそれは、なぜだろうか。
このあどけなさの中に、確かな既視感がある。
あの、滲むような勇ましさが。
「………まさか、」
「………っ……?」「「…?」」
「デイトルと言ったか。…それは、此度の出兵で将を務めた男か…?」
「……、そ、それがどうしたっ……!
だから、将だったから、どうせっ!見せしめに惨く殺したんだろうッ!!!」
「そんなことはしない。…少し、話をした。
奴とは。」
「は…?!、くっ…、口からでまかせをッ!」
「と、とうちゃん……」「とうちゃ…っ…」
「ウソなんかじゃない。例え敵であったとしても、人として奴を騙るような真似はできない。
現に、伝言を預かっている。
今際の際の言葉だ。聞いてくれるか。
ベロビーナ。アモ。アルン。」
「「「?!?!」」」
「な、なんで、王さま…ぼ、ぼくらの名前、」
「……デンゴン……?」
「……ほ、本当に……、話を……?」
ベロビーナと呼ばれたデイトルの妻は、初めて怒り以外の感情でヨルの顔を見た。
ベロビーナはその年を以て26歳。
言動や雰囲気なんかが重厚だったからか気づかなかったが、ヨルはそれよりも明らかに、数段若いようだった。
「『どうか長生きしてくれ』と、確かにそう聞いた。」
奇しくも断罪されかけていた妻子へのメッセージとして、デイトルの言葉はリンクしていた。
こうしてベロビーナが怒り、自分の死を悲しみ、子供ごと命を投げうとうとする未来を見越してのことだっただろうか。
否。実際にはどうか息災が続けと願っての言葉だった。
偶然にしてはあまりに、粋である。
「っ…、っうっ……!」「っ……ううっ……」
「な、なんで……なんで……、なんでよっ…。なんで死んじゃうの………。なんで…。
せめて生きて帰ってきてくれれば、よかったのに。せめて生きて返してくれれば、よかったのにッ……!!」
夫を想う気持ちは膨らみ、張本人に再び怒りとなって向いた。
しかし先程よりも悲しみが滲んだ言葉と表情。
「なにも、殺すことはないじゃないっ…。」
吐露された感情。本音。
それは少なからずヨルへの恨みを捨てきれない者たちの言葉を代弁しているかのようだった。
「…そうだな。」
「………は…?」
「……殺したくて殺したんなら、私だって楽だった。…殺さなければならないから、殺したんだ。」
「………なんだとッ……?!」
「生きて帰らせてやることができるならっ、
はじめっからそうしているッ。
しかしそれができないからっ、武器を持った者はその時点で命を取らねばならんのだッ。」
「………………」
その声はなんとも、雷のようだった。
彼女らしくもない、高ぶった声。
なんとも重く、熱く、冷ややか。
矛盾した叫びは声を聞くものの意識を占領した。
「私だってかつては、そんな征服が望ましいと思っていた。
今も昔も、〝あくまで支配というより自治を伴ったノクティアへの加盟〟
これが私の目的だった。
そのためには民の怒りももちろん兵の怒りも買わぬよう、武を示し、降伏を勧め、兵もろとも決して害うことなく民として迎え入れていた。
しかし、そんな2年前までの甘さは、結果的に反乱の芽を見逃したに過ぎなかったのだ。
あの甘さは、惨劇を生んだ。
忘れもしない、合従軍を生み出した。」
…………合従軍……?
「かつてこの大陸より遥か遠くの土地で、栄えた一つの国に対して敵対関係にあった全ての国が手を結んで興した軍だ。
これと同じ事が起こった。
一度は私に組すると言った国が〝やっぱりやめた〟と言い出したかと思えば、裏で繋がっていた16国でノクティアに軍をぶつけてきたのだ。
私の国には、一桁しか民が残らなかった。
全部を焼かれた。
全部を淘汰された。
武力を持ったものを、半端に生かしておいたから、こうなってしまった。
私は、選択を一度誤った。
ならば、もう二度とそんな悲劇を招かんよう、一度私に敵意を向けた者は容赦なく排除せねばなるまい。
それが例え、誰かの待ち人であっても…。」
ヨルの言葉はだんだんと穏やかで弱々しいものになっていった。
それは彼女が心のどこかで共振を願っていた証であり、彼女の心の闇の程を表していた。
「理解しろとは言わない。
自分でも思う。狂ってると。
しかし、こうして一度誰かが大陸を治めねば、犠牲を伴わなければ、人の命が脅かされることのない、支配もない環境など、うちたてられないのだ。
だから、私からも、…せめてお前たちには生きていてほしいと思っている…。」
「…………」
「………」
「…………だからといって、仕方がないとは、言えない、。…デイトルのことが、」
「…………」
「………許さない…。………けど、…、
……あなたに私利私欲がないことは、充分伝わった………」
「…………」
「……沢山ぶってしまって、ごめんなさい…。
…、あなたは、私より若いだろうに…。」
「……若さなど、関係あるものか。
この痛みは、私が背負わねばならんものだ…。残されたお前たちの怒りをどうにか受け止める義務が、私にはある。」
「…………」
もはやこの時、ヨルの締めの言葉を疎ましく者はいなかったようだ。
自らの命が脅かされるという経験に、己の未来や存在のなんたるかを今一度思い出したヒーパスの民たち。
その中にはヨルに拍手しようとする者さえいた。そんなこと、はじめてだった。
更に言うならば、合従軍について語ったのも、伝言を伝えたのも、ここまで食らいついてきた民も、ましてぶってくるような者もいなかった。
これまでは、半ば仕方なくヨルの恐ろしさに首を縦へ振らざる終えないような侵略ばかりだったからだ。
ヨルは初めてこのような形の終結を迎えることとなり、戸惑った。
もとより嫌われ役を買う覚悟であったが、なぜだか少しだけ満たされたような、決して溺れてはならないと警告したくなるような思いに満たされるのだった。
「王であった貴様。
貴様はこのままノクティアに来てもらう。
後の者は、ひとまずそれぞれの暮らしに戻ってよろしい。解散だ。」
普段寡黙なヨルが珍しくも昂ったヒーパス侵略。
想像以上に疲れたらしかった。
ヨルはヒーパスの方方にベグ陥落の旨を届けるよう手配して、国門をあとにしてきた。
ノクティアを目指す現在はまだ昼の2時頃。
荒野と林の続く乾いた大地は、無双なる太陽の光を浴びながら馬の蹄を響かせる。
☆☆☆
「ヒーパス9世。部屋を用意してある。
暫くそこに待機だ。」
「………分かった。」
「おお、ヨル様。おかえりなさいませ。」
「あぁ。」
「あの、よろしいですか。少しお耳に入れたいことが。」
「?」
「あの、なにやら、客人が。」
「客だと?」
ヨルとヒーパス9世はノクティアの王都
デイライトの北門から凱旋したところで、迎え入れてくれた臣より、やぶさかでない報告を受けていた。
「ええ、どこの国の者かは明かされず、一人で王に会いたいと聞いております。
若く、なにやら不気味な男でした。」
「名乗りくらいは上げたのか?」
「それが……、ーーーと…。
「……本当に、訳の分からぬ男だな。
そのものは今どこに?」
「客室にて待たせております。」
「あぁ、なら、この者と入れ替わりで頼む。案内してやってくれ。」
「ん?、まさか、会われるのですか?」
「あぁ。通してくれるか?」
「…本当に、よろしいので?」
「何となく、気まぐれだ。」
「……では、そのように。」
「ありがとう。ハール。」
ハールと呼ばれた臣とヒーパス9世を先に行かせると、ヨルは合従軍の際に手酷く崩壊した不気味な王城に入っていった。
そして鎧を着たまま、王座のある間へと向かう。座るべき椅子に座るなり、そこに居た6人の臣がそれぞれ労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様でございます。」
「2日後は、いよいよですな。」
「やっと、ヨル様の野望が叶う…。」
「そうだな。流石に、緊張してきた。」
誰も彼も労いはすれど、ヨルの無事やヒーパスのことを聞いたりはしない。
それはヨルが無敵であることをはじめとし、彼女のことを各々が信じてのことだった。
ちなみに、普通のノクティアの民とは一線を画すヨルの臣は、かつての合従軍の生き残りである。
「ジマーニモには怨念がある。
流石に、乱暴に力を使うつもりだ。」
「…合従軍のことですね。」
「我々とて、忘れた日はない。」
臣も、ヨルも、ノクティアも、絶望に擦り切れるまで涙を流した合従軍。
その殆どはヨルの異能で報復済みであり、命を奪っているが、その残党やアンチノクティアを掲げる者たちが唯一逃げこんでいるのが、このジマーニモであった。
かの名も無き大陸の南側を縄張りとするノクティアの最南に位置する王都デイライト。
一方で北側を縄張りとしてその最北端に王都である〝ホランスキー〟を構えるジマーニモ。
地理的にもなかなか攻めあぐねていたのは事実だった。
「なにやら外の世界から船を呼んでいたといえ報告もありますが、所詮ヨル様の手にかかれば大したことはないでしょう。」
「まあな。しかし、今回は〝奴〟の力を借りようと思っている。負けられないからな。」
「〝奴〟というとヨル様。あの〝金髪の男〟で?」
「それはたのもしい。」
何やら訳ありそうな話に差し掛かったところで、ヨルはそう言えばと切り出した。
待たせている客人のことだ。
「客人ですって?」
「なんだ?聞いてないのか?」
「初耳です。」
「私も。」
「出迎えてくれたハールが教えてくれたんだ。呼んでおくと伝えてくれたから、もうすぐ来るころだと思うが、」
「ちっ、ハールめ。報告、連絡、相談がなっとらんわ。」
「まあまあ、その客と私が立て続けに現れたせいで、そんな暇すらなかったのかもしれん。」
「して、その客の概要は?」
「さあ。怪しい男だと言っていた。」
「…は?」
「な、なにゆえそのような者を通したのですかっ?!」
「流石に阿呆が過ぎますぞヨル様。」
臣たちの反応は何も間違っていない。
「ジマーニモの間者だろうか?」
「名乗りすらあげていないのですか?」
「それがな〝監視者〟と名乗ったらしい。」
「カンシシャ…?」
「え、得体のしれんっ。今からでも追い払えば良いものを。」
「よ、ヨル様…。
なにゆえ会われようと思ったので…?」
臣たちの反応は、何一つとして間違っていない。
「………気まぐれ、としか言いようが無い。」
「こ、今回ばかりはお話になりませんぞ。」
「どういったおつもりか!」
「お言葉ですが…、ほ、本当にそんなもので…?」
「ああ。気まぐれだな。
本当に、なんとなくというやつだ。
……しかし、妙なんだ。妙に、突き返してはダメだという気がし「ヨル様。例の客人をお連れいたしました。」
先程北の門でヨルを迎えたハールが、ヨルの言葉を遮ってではあるが現れた。
「おい、ハール!
連絡が行き届いていないぞ!」
「どういうつもりだ!」
「ありがとうハール。ご苦労さま。」
「臣たちよ。
客人は我々大臣の同席を望んでいない。
どの道席を外させることになるから、伝えなかったのだ。
それに、『史記』に夢中になっていたものでな。報告は後回しと思っていた矢先にヨル様が戻られたのだ。」
「そんな理由がまかり通るか!!」
「落ち着け。とにかく、そういうことだ。
ハール。通してくれるか。」
この場の6人全員が不服を言い出そうな表情ではあったが、やがて出入り口に向かって歩みだした。
もう一度言うが、彼らはヨルのことを信じ切っている。その実力はなおさら。
だとしたら、全員大して武力があるわけでもないが、意地になってこの場への同席をのぞまない理由は、ヨルを信じてのことだった。
やがて
「では、ヨル様。私は外で聞き耳を立てておりますので。」
「ふふっ。ずっちいな。」
「もう70の老骨です。このくらい狡猾でなければ舐められてしまいますからね。」
残った最後の臣も広間から出ていき、例の客人と入れ替わりになった。
その客人の男は、スーツを着ていた。
しかしヨルはスーツを知らない。
この国のものではないからだ。
「………………遊説家のつもりか?
…まず、名乗りを上げるがいい。」
「…?名乗りなら、さっき門のところで上げたはずだぜ?」
「……、ほう。」
まず男は、入ってくるなり見事な拝手をして見せた。1番にそこに驚いたが、思った何倍もカジュアルに受け答えしてきたところには、更に驚きが隠せなかった。
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