千槍dAwN

ガノン

第一部 朝・夜・DAWN

人は武器と言われた時、何を想起するだろうか。


剣、銃、言論、才能、そして兵器。

いずれも立派な武器である。


昨今さっこんでは情報こそが至強とされるなかで、目まぐるしく国際社会は揺れ動き、個々に営んでいる。



しかしここに、とある大陸がある。

世界に名の知れた国々からは、一般に極度な開発途上とされており、今日まで一切の干渉を避けて独自に営んできた、名も無き大陸である。



この大陸の文明は春秋しゅんじゅう戦国時代レベル。

計3つにまで減った縄張りがそれぞれ国をうたい、大陸を分割し、馬や槍を蓄えながら睨み合っていた。


このうちの1つ、南一帯の小国を治めるノクティアの話をしようと思う。


この国には朝と夜、夜明けの名を同時にかんする欲張りな者が居るという。

しかし、彼女の欲張りは名に留まらず、他の2国をねじ伏せようとする勢いであった。



そんな彼女の、少し風変わりな、侵略譚しんりゃくたん



☆☆☆☆☆☆



場所はノクティアと、その東に位置するヒーパスの国境付近にある荒野へと移る。



彼女は荒野を一望できる小高い丘より、アリの行軍を眺めていた。


矮小わいしょうとは言わない。

しかしそれぞれは、なんとも小さい。

覇気が無いとも言わない。

約7000が固まって歩を進める様は健気で、まさしく忠実千万ちゅうじつせんばん

しかしアリの態度は決して、彼女が良しとするものでは無かったようだ。



隣で辮髪べんぱつのたてがみを揺らしていた馬が、主である彼女を乗せるのと、彼女の唇が動いたのは同時だった。


「残念だ」



彼女は静かに、片手を天に掲げた。



☆☆☆☆☆☆





想定していた前哨戦ぜんしょうせんも無く、ヒーパスの軍はノクティアの国境を侵すことに成功していた。


「この荒野と丘陵きゅうりょうを越えれば、早速町が見えてくる。作戦通り速やかに、対抗戦力の殲滅と土地の制圧にとりかかれ。」


ぱりっと辺りに響いた声の主は、先頭を行く将軍らしき男。

まさしく有言実行せんがために彼が握る鈍色にびいろの槍からは、確かな殺意と高揚感が滲み出ていた。

それもそのはず。

更に言うなら、彼に続く7000が同じように、殺意と高揚感に駆られていた。


〝魔王の国ノクティア〟

〝戦争の国ノクティア〟

〝人外が治める国ノクティア〟


2年ほど前からこう呼ばれだしたノクティアに武器を持って攻め入り、無事に帰還した者はいないという。

軍はおろか、個人もなしと聞いている。


しかしそんな恐ろしい国なはずが、いざ蓋を開けてみたらどうか。


国境にはバリケードも、軍の配置もなし。

こんなにも易易やすやすと侵攻を許してくれる。



〝しめた〟と思う者がいるのも仕方がない。

実際、7000のうち6900弱。

隊長を含む100強以外は、まだ戦闘が始まったわけでもないのに余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったと言えるだろう。   





しかし





そんな彼らでは、天に広がった朱い暗雲と、自らの足元を喰らっていく不穏な影、まして死相になんて気付けるはずもない。   




☆☆☆☆☆




ヤ、ア、ア゙


主に3つの音が折り重なった断末魔は、彼らが制圧を目論んでいた町にも聞こえたという。



千、万、十万、百万、あるいは千万単位の黒い棒のようなものは、彼ら7000の真上から容赦のない密度で降り注ぐ。



かの棒は先端が格別鋭くなっており、簡単に鎧ごと人の肌を貫く。

彼らのうちの約4000が持つ盾の強度程度では、その雨は受けきれて3滴だった。

4滴目は蓄積したガタを破壊に繋げ、後の5滴目6滴目の餌食を作るべく働く。


「…これは、……」


鉄の盾だけでなく、更に雨に穿うがたれた他の仲間も盾にし、運良く生き延びた者は見た。

雨の正体を。



それは槍であった。見間違いを疑った。

しかしそんなことはなかった。

槍であった。雨の正体は。



この逃げ場無き、局所的な〝晴れのち槍〟によって、7000の軍はどれだけ残っただろうか。

威力的には100残ってたら良いほうだ。


しかし即死を免れただけで、もう戦闘に加われないような者を除けば30人をきってしまう。

奇跡的に無事だったのは、図らずも仲間の肉を盾となって生き残った、将軍を含む28人のみであった。




恐ろしくも神の御業みわざさながらである槍の雨に、神々しささえ感じた者もいただろう。

これが天罰かと、涙を流すものもいただろう。

その大半はもはや、息をしていないわけだが。



「誰かッ、息のある者はっ…!!?」

例の将軍は悪運が強いらしい。

殆ど無傷で雨をしのぎきり、仲間に声を上げた。降ってきたものが槍だという事実を認めながら。

彼も人の子。彼も確かに怯えていた。


明らかに恐怖に心臓を掴まれた27人が、生気の抜けた声で応じる。

もはやプライドと純粋な投資で己を奮い立たせていたのは 将軍だけであった。

あれだけの数が これだけになってしまったという事実から、撤退の2文字が彼の中を頭をよぎった直後、人よりいささか聴覚の優れた兵士が、更なる死の波を聞き取っていた。


「で、デイトル様……」

「……な、なんだ?」

「なにか、…なにか来ます…!」

「…………!!」


それを聞いて将軍ことデイトルも、確かに感知した。

……これは、……ピアノ………旋律とその裏拍を心地良く刻むべく、ピアノの鍵盤を叩いているかのような……軽快で………なにより………地面に響く………




「デイトル様!馬です!馬が来ます!」


馬のひずめが土地を揺らす音に全員が命の危機を感じた頃、ついに彼女は姿を現した。


銀髪。刃物のように無垢な、銀の長髪。

漆黒のボディに銀と真紅色の装飾を散りばめた鎧。

闇のように深い黒色が基調で、赤いモヤのような模様が入った三又槍トライデント

そんな彼女が従えるは恐竜と見まごう程の巨大黒馬。


この上なく生命を脅かす威圧感に長けた武神が、混乱に乗じて命を刈り取りに来た。



☆☆☆☆☆




デイトルは先程の槍の雨が、彼女の仕業であることを確信していた。


降ってきたものと彼女が振るっている槍の配色が同じだからだ。

到底金属には見えない、絶望の色。

自分に向けられると想像しただけで、叫びだしてしまいそうになる。


こうして現状把握と思案を巡らせている間にも、せっかく雨を生き延びた兵は次々と女の手によって倒れていった。



流麗でもはや鮮やかなまでに洗練された槍術。

馬の襲歩の速度を加えた容赦無い一撃。

攻撃に対する受け流しと切り返し。

槍というのは本来、型に従って振るうものであるが、彼女は型に従っているというより、あたかも槍を体の一部のように扱っているかのようだった。

まるで、尻尾だとでも言うように。


あんなもの、個々の力では到底相手にできない。


「動けるものは、武器を構えろッ!

6人で1つの輪となって包囲しろ!

なんとしてもあの女を討つ!!」



デイトルが腹の底から出した指示は、女のヘイトを買うとともに兵を奮い立たせることに成功していた。



人ではないこの怪物を、生かしてはおけない。

我々の国に仇なすノクティアに、こんな怪物を置いておいてはいけない。

残された25人の胸の内は共鳴した。


更に一人が討たれたところに指示通り6人の兵が女と馬を囲い、槍を向けた。

そして、ほぼ同時に攻撃を繰り出した。



全員の狙いは専ら女の首である。

くらの高さにして優に1mを超えている女の、更に座高分の高さ。つまり2m強の位置目掛けて、一斉に突きが繰り出されたわけだ。


デイトルは〝しめた〟と思った。


よもやこれで仕留めきれるとは思っていないが、反撃を貰うことなく少しくらいは傷を負わせられると思ったからだ。



しかし、この期待は最悪の裏切られ方をすることになる。


決して遅くない6発の突きがせいぜい彼女のマントに届いたところで、女は馬をいななかせると、角度にして約280度分の範囲を、回転しながら振り払うように槍で斬りつけた。


神速であった。

それでいて傷は深かった。


6人は彼女に傷をつけることさえ叶わないまま即死。

次の包囲の用意をしていた更なる6人に、ヘイトが向いた。



この6人を除けば、こちらの戦力はデイトルを含めて12人。ここからの攻撃は、もうしくじるわけにはいかない。是が非でも成果を出さなければ、7000対1の戦に負けたことになる。


しかも、この7000はヒーパス屈指の精鋭部隊であった。



「私も包囲に加わる!更にあと二人加われ!」



デイトルの指示が通り、今は9人で女と馬を囲って槍を向けている。


明らかに鎧が豪華なデイトルに、何も語らない仏頂面の女の視線はずっと向いていた。




この時、他の8人は目配せをしていた。

とある工夫の目配せである。


デイトルも、兵士たちが何かを企んでいることを察せた。その意図については分かりかねるが、なんとなく、希望が持てるようだった。



4秒後。

兵のうちの一人が右足を踏み込んだのが、渾身の9連撃の合図となった。



デイトルの槍は女の胴体へ。 

他の兵士の槍を見てみれば、3本は女に、5本は馬へ向いていた。



なるほど。

馬の利を奪い、控えた更なる9人と攻撃に耐えたものが、なんとか女を討とうという作戦か。



槍を振らせてみせた異能も懸念していたが、そんな真似をする余裕はあるまい。

この9発の攻撃を交わすことなど不可能だと、誰もが思ったに違いない。




しかし、もう語らずともよいだろう。

底知れぬ力を秘めた彼女を出し抜くなど、彼らには不可能だったのだ。




四方八方からの、計9発の同時攻撃。


これに対して女はまず、馬に向いたものを先んじて対処した。

 

いかなる下への攻撃も、己の槍の持ち手より下ですくい上げ、弾き返した。

守りが疎かになった面から自分に向かってくる3発の突きは、恐るべき勘の良さと馬の操作で傷を浅いものに済ませると、ひとまず包囲を無理矢理に突破。

まばらに散ったデイトルら18に対して馬ごと突っ込み、今度は反撃に出てきた。


まず女の標的となった兵士は恐怖で体が動かなかったらしく倒され、次の兵士は正面から槍を突き刺されて負けた。



そしていよいよ、デイトルが対峙する番である。



彼は女が突きを繰り出してくることを 動作から読み取って、捨て身の投擲とうてきを決意した。

速度を出して突っ込んでくるのだから、避けることはできまいと思っての判断。

大きく槍を振りかぶったところで、〝まずい〟と思わされることになる。


女は馬を加速させた。

馬の巨大な体躯からは想像できないほどの瞬間速度となって、瞬きのうちにデイトルの肺をザックリと斬りつけた。



…見えなかった…



上半身に走る激痛から、やられた傷の大きさと深さを察した。悶えながら横たわるので精一杯

だった。

感じるのは手のひらの血の温かさ。

冷や汗の冷たさ。

背後で聞こえる仲間の悲鳴。


どうやら一人がほんの少し健闘したようだが

それは数秒の時間稼ぎにしかならず、やがてデイトルを除く全ての兵士は、女の槍の犠牲となったのだった。 




しかし、

この女は一体なんなのだ。人ではあるまい。

あの異能にしろ、槍術にしろ。

人であってたまるか。

たまるものか。



朦朧もうろうとする意識の中で、そんなことを思っていた。



「貴様」 



その時だ。

人語が通じるかすら分からない、血も涙もない鬼の娘だと思っていた女が、デイトルへ声をかけたのだ。


彼は酷く混乱した。

なぜ俺に、息があるとバレた。



「貴様だ大将格。少し加減をしたぞ。

即死には至っていまい。」



彼は更に困惑した。

さらに、吐き気も伴うほどの恐怖に鳥肌が止まらなくなった。


あの状況で馬を決して傷付けず、自分への攻撃を受け流し、殺意を込めたくなる戦場で振るう槍に対して、 加減をする余裕があったというのか。

この、明らかに20年と少ししか生きていないような小娘に。


「…化け物め」


何も誇張してない。彼は思ったままのことを、敢えて口にした。


たか、女は特にそこへレスポンスしなかった。


「此度の出兵の目的は、ノクティアの侵行に相違ないか?」


代わりにと女の口から出た問いには、覇気があった。凄みがあった。


なにか責任のような、覚悟のような美しくて強固なものを感じ取っていた。


「…その通りだ。」

「えらく素直に認めるんだな。」

「お前には、隠し事ができない気がしてな。

…やられた。……完敗だ。」


デイトルは不思議に思った。

おや、自分はこんなに口数の多い人間だったろうかと。


「お前は…一体何者だ?」



物心ついた頃から槍や短剣を握ってきたデイトルは、敗北が大嫌いだった。


しかしそれすらも、立場を抜きにして忘れたくなった。この今際の際に。




「なぁ、お前……なんでお前は、そんなに強いんだ? あの力は一体、なんなんだ?」


デイトルは改めて、女の姿を見つめた。


おや。

ティアラなんてしてたのか。

全く気づかなかった。


「……」

「答えちゃ、くれないか。」


「そのようなことはどうでもいい。」

「?」

今際いまわきわに敵である私のことを問うなど、愚かではないか?」

「なんだと?」


「武人とはそういうものなのだと言うなら、それでもいい、が所詮は貴様も人の子だ。

自国かあるいは、そこに包含されるものを守るため、戦っていたのではないか?」


「………?」


訳が分からない。

死に際になって急に自分の口がよく動くと思ったら、女の方も獅子奮迅ししふんじん殺戮さつりくを経て妙に饒舌じょうぜつになるではないか。


いやそれよりも、まず話が見えてこないところに着目せねばなるまい。



「どういうことだ。」

「親は息災そくさいか?愛する者は?子は?」

「……お前こそ、そんなことを開いてどうする。」

「いいから答えろ。」

「…2年前からノクティアが、この大陸内の小国に次々と…戦争をふっかけ、併合させた結果が今の、ノクティアの国土だということは…知ってるぞ。

出兵の報復にヒーパスも陥落かんらくさせ、…ノクティアと併合するつもりなんだろうが…!

……一体何を言い出すッ!!」


この瞬間、彼の闘志は再び燃えた。



何を諦めているんだ俺は。


負けたからなんだ。

格上だと認めたからなんだ。


この女が恐ろしい異能を使うことを忘れるな。

あのノクティアの戦士であることを忘れるな。何に代えても守らなければならない妻子がいることを忘れるな。



「…肺さえ、肺さえやられていなければ、お前なんかッ…!」

「………」

「…虫の息だった小物が、突然威勢を取り戻したと笑えッ…!

…一瞬でも、お前たちがヒーパスを滅ぼそうとしていることを忘れていた俺が馬鹿だった…。お前のような、お前らのような、戦争しか取り柄のない怪物風情かいぶつふぜいがっ、よその国を乱すなッ!!」

「………」


女は依然として、馬上から兵士の山とデイトルを見下している。


そこで、デイトルは力の限り吠えた。

負けを経て吠えるなど、武人としてはよほど正しくないのだろうと思う。しかし己を育ててくれた国が、町が、大切な人が、自分の敗北によって滅ぼされようとしている現実に耐えられなかったのだ。

この叫びはある種、責任の叫びとも言える。



だが。


「…貴様のような理屈をねるものが、最も異端だということに、まだ気が付かないか。」

「…は…?」


ここから彼女は、男の叫びがただ自分たちを棚に上げているだけであることを証明し、男を幾分安らかに往生させるだけの弁を立ててみせる。



どうか心して、聞くといいだろう。



☆☆☆☆☆☆



女はまず、馬から降りた。

たてがみを撫でつけるその手は、およそ戦場に似つかわしくない程の穏やかさで。


「私が戦争によって国益を得ているのは事実。一刻の後にはこの足でヒーパスに辿り着き、併合を宣言するのも事実だ。」

「…しゃあしゃあと……!」


「ここで、貴様に問おう。

貴様の、貴様たちの、兵隊としての、存在意義とは何なのだ。」


ここで彼女は、くたばった7000弱とデイトルを示しながら声に怒気を込めた。


「貴様らの出兵が全ての答えだ。

兵隊など、戦争で他国に刃を向けるために存在している暴力の手段に過ぎん。

それを有している国の者が、他所の国を攻めるなと? 笑えん冗談だな。」

「…………っ…」


デイトルもまた感じとっていた。

この言葉には、打ち崩せない真理がある。

完全に対話のペースを握られてしまった。


もしかしたら、本当に俺達は自分の国が可愛いだけだったのか?


「軍を持たず、作ろうともしない者が世を治めるに至らねば、どのみち世界から侵略も戦争は消えない。

結果的に滅びゆくものだけが哀れだという話でもないだろう?

何より貴様らは私を討てなかった。

互いが武でぶつかり合った結果として、貴様らは立場を下げる。

先に軍隊を用いた貴様らは、何よりこの事実を受け止めねばならない。」

「……………」


「怒りで、声も出ないか?

無念か?生を望んでいるか?」

「…お前らには、何も生かす気が無いくせに。」


女はその言葉を受けて一度沈黙すると、再び馬に乗った。しかし、デイトルへの言葉は終わってなかった。


「……あまり、見くびるなよ。この私を。」

「………は?」

「お前達をみなごろしにするのは、我が国に闘志を燃やし、武器を取ったからだ。

そこまで至った者は、容赦無く潰すと決めている。

しかし、私は武器を取らなかった者に関しては、無差別に殺めたり理不尽に支配したりしない。

国を民ごと滅ぼそうだなんて、考えてない。」

「………、で、でも、お前は、あのノクティアだろうが。それに、お前のような小娘が、騎士道のような力ある者にしか語れぬことを易易と述べるな。」

「…私の力では、不服だろうか。」

「戦力じゃ…ない。

恐ろしい力の話でもない。

今のお前が言った生殺せいさつ与奪よだつなど所詮、一兵士に決められることではないのだから。

殺めるだの支配の形だの、そんなものは大臣や国王でなければ、戯言たわごとに終わるのだ。はぁ、はぁ…、」


いよいよデイトルも言葉を紡ぐのが苦しくなってきた。命の火が消えそうだ。

血を流しすぎた。

死ぬ。

死が目の前にある。


「そうだな。

確かに、王でもなければただの戯言ざれごとだな。」

「、…ふっ……、み、身の程を弁えろ…」


デイトルは全身に力が入らなくなったことで、せめて己や仲間の仇の姿を認めながら逝こうとした。

確かに自分より若くして、自分以上に槍を研鑽した女を、目玉だけで見つめた。



その今にも光が消えそうな眼球に、彼女の戴くティアラの黒光りした威光がきらめく。


単なる装飾にしては絢爛けんらんで恐ろしいと思ったその直後、デイトルは「あっ」と声を上げた。



待てよ。

これがただの装飾品でないとしたら。

いやその場合、…もしかしたら、この者は本当に、…、





「まさかお前…、ノクティアの、女王…?」





「ふっ。気づくのが遅いわ。

…なんだ?だとしたら、私にもっと殺意を抱くか?

それとも、死に際の言葉を託す気にでもなったか?」

「……………」


少しだけ口角を上げて微笑む女王と、ただただ驚きが隠せないデイトル。

しかし、デイトルは1つの要求を口にしていた。


「……、……な、なら、」

「………?」

「お、……、お前が、本当に女王なら、…し、信じたい。…の、ノクティアが、負かした国を理不尽に支配したり、虐げたりしないと、信じたいッ………!!」

「………態度が変わるじゃないか。命乞いと取られてもおかしくないようなことを。

やはり、国や人が私の手のひらに落ちそうであることをやっと理解したんだな。」

「……」


女王は再び馬から降り、ついに涙まで流し出したデイトルの膝下に近寄って宣言した。



「…案ずるな。

私は、先程も言ったが武器を取らないものは無差別に殺めたりしない。

お前たちが守ろうとしたものは、せめてもの お前たちへの手向けとして、これからは私が守護する。生命を脅かす真似など、私の名誉に誓ってさせはせん。」

「……っ…、うっ………、っ……」


暫く続いた女王とデイトルの掛け合い。

それも、ついに締めを迎える。

「…いいのか?待ち人への言葉は。」

「………妻がいる…、子も、いる。二人いる。全員に、伝えてくれるか…。ーー。ーー。ーー。ーーーーーーーい、と…。」

「承った。

私の槍に臆すること無く立ち向かった気高き、愚か者よ。」

「…………」

「……逝った…かな。」



女王の返事を聞き取って、ついにデイトルの心臓は止まった。女王だけが彼の死を、静かに見届けた。


「………許せ。」

馬はここより東に向かうべく、加速を伴いながら地を駆ける。 

目的地ヒーパスの王都までは、およそ四分の一刻3分



☆☆☆☆☆




場所はヒーパスの王都ベグ。

そこにある1番の広場。



15mほどの城壁が真横に控えたこの場所は、軍が控えていない限り、一般開放によって子供も大人も遊びや祭りに利用する、ヒーパスの民の豊かさを象徴するような場所である。


現在ここには、突如として一万の民と


「…突然押しかけてきて、今朝出兵した7000を討ったとのたまい、可能な限りの民を広場に集めろと言い出す謎の小娘…。酔狂すいきょうな。」


間者づてに事態を聞いたヒーパス9世。

この国の王が集められていた。



民の中には焦りや困惑が浮かんでいる者もいる。『なにやら異国の者から話があるらしい。』と聞いて仕事や学びを中断し、ここにやってきているのだ。



「………来たか。」



城壁の上の通路からこちらを見下ろす銀色の影が1つ。


「聞くがいいッ。これより通告を始めるッ。」



芯の通った女の声があたりに轟いた。

空気はしびれ、地面は揺れているようだった。


「…若い、娘…?」「鎧を着ているぞ。」

「……こわいよう…」「銀髪だ…」



「私は、貴国が攻めたノクティアの正統なる

7代目女王、アーサー=ヨル・ドンである。」



途端に、一万の顔には分かりやすいほどの狼狽が浮かんだ。

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