第9話 操り人形の誕生

悠人はいつも通り教室に向かって廊下を歩いていた。

ふと視線を横にやると、壁に大きなポスターが貼られている。


《学園祭 ― 来週開催!》


「……学園祭?」

足を止めた俺は、思わず声に出していた。


どうやら、この世界でも“学園祭”というものがあるらしい。

俺は小さくため息をつきながら、ポスターを眺める。


「いやー……どの時代でも学園祭って存在するんだな。時代も世界も超えて続く伝統行事ってやつか」


そこへ背後から声がかかる。


「悠人!もう見た? 今年はちょっと特別なんだよ」


振り返ると、みさきがニヤリと笑って立っていた。


みさきと話しながら一緒に教室へ入り、俺は自分の席に腰を下ろした。


ホームルームが始まり、クラス委員長の鈴木が学園祭について説明を始めた。


「えーっと、今年の学園祭では――」


しかし、教室はざわつき、誰一人として鈴木の言葉に耳を傾けない。

ペンを回す者、窓の外を見る者、スマホをいじる者――完全に無視だ。


「おい、ちょっと!みんな!」

副委員長の颯太が立ち上がり、注意を飛ばす。


すると、不思議なことに、みんなは颯太の耳だけに意識を集中させるかのように、急に静かになる。

鈴木の説明がようやく教室に響き渡るようになった。


悠人はその光景を見て、心の中で思った。


(鈴木……強く生きろよ。俺はお前の味方だぞ)ホームルームが終盤に差し掛かり、鈴木は少し緊張した表情で告げた。


「えーっと、今回のバトルステージのルールは当日発表なんだけど……」

教室の空気は少し静まり返る。


「僕たちのクラスは、参加者を三人出さなければならないんだ。出たい人は、僕に言ってください」


周囲の視線はまだざわつき気味だが、少しずつ鈴木の声が届き始める。

ホームルームはそのまま終了し、教室に柔らかな緊張感が残った。


俺はホームルームが終わり、窓の外をぼんやり眺めていた。

横目に、いつもと違う何か――綺麗な黒髪が光を受けて揺れるのが見える。


(あれ……この時間、このタイミングに来るのは……美咲か?)

そう思って顔を向けると、そこに立っていたのは――黒雷の神楽こと、雫だった。


予想外すぎて、咄嗟に口から出たのは変な返事だった。

「や、やあ……」


雫はさらりと言った。

「これ、私の連絡先だから、追加しといてね」


そう言うと、何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。


教室の空気が一気にざわつく。

「おい、悠人と雫が喋ってるぞ!」

「あそこ、二人ってできてるのかな……?」


どうやら雫は学年トップを争うほどの美少女らしい。だが、人を嫌うため、告白してきた男子はことごとく散っていったらしい。


悠人は机に置かれた紙をそっと手に取り、目を細めてニヤニヤする。

(だって女の子からこんなこと、初めてだもん)


すると後ろからみさきが手を伸ばし、頭を叩いた。

「ニヤニヤすんな!気持ち悪い! 」


♦︎


遠くで鈴木がその様子を見ている。

(悠人くんは周りから期待されてる天才だし、雫さんは学年一綺麗だもんな……うまくいってるものは、うまくいってるもの同士惹かれ合うんだな)


それに比べて僕は…いつもの通りひとりぼっちでいる自分に、微かに負の感情が湧いてくる。


授業が終わり、教室は学園祭の話題で盛り上がっていた。

「誰と回る?」「今年は盛り上がるかな?」


でも、鈴木はそそくさとクラスを出て、学校を後にしていた。


帰り道、いつも通りの道を歩きながら、俺は思い出す。

(なんで僕はいつもこんな冴えない人間なんだ……?)

どいつもこいつも僕を下に見てる。

(僕はあのクラスの委員長だぞ……!)


その時、背後から声がかかる。

「あー、鈴木じゃん」


振り返ると、そこには一つ上の学年の先輩が五人、鈴木に話しかけていた。


♦︎


ジョイは屋上に立ち、夜景に反射するネオンの街を見渡していた。

服には大きく「喜」と書かれており、その存在感は一目でわかる。


「……あーあ、皇帝も無茶言うよな」

ジョイは独りごちる。

「ヒントもなしに、あの男を探せって言うんだから。みんなで手合わせればすぐ見つかるのに、俺たちみんな仲悪いし……」


手を丸くさせ、双眼鏡のようにして街を見下ろす。

「もー、この街は俺の嫌いな感情ばっかりだ……」


視線の先、歩く男を見つける。

「うわ……あれ、絶対近寄らねータイプ。負の感情の塊だな……」

しかし、その男の服装に気づいた瞬間、ジョイの目が輝く。


「あ、あの男……学生服! あの映像で見た男とおんなじじゃーん! ラッキー!」


そうすると、マークしてた男が背後からきた5人グループに絡まれ廃ビルに行くのが見えた


「ふふ………面白いことが起きそうだ」

と言い華麗に屋上から飛び降りた、


♦︎


廃ビルの入り口、先輩たちが標的の周囲を囲む。

「今回のバトルステージ、優勝すれば結構な賞金なんだろ。鈴木って、今年の学園祭代表なんだし俺たちのクラスが勝つようにしてくれよ」


先輩たちの手には光を帯びたプラズマナイフや高周波スタンガン。

鈴木は顔を強張らせながらも、冷静に答える。

「そんなこと、僕にできるわけないよ……」


「なんでだよ! 一回痛い目見ねえとわからねーのか!」

プラズマナイフを鈴木に突き出す。

その瞬間


「まあまあ、そんな怒らないでよ」

ジョイの声が、廃ビルの影から響いた。


先輩たちは一瞬きょとんとする。

暗がりから、軽やかな足取りでジョイが姿を現した。

両手を大きく広げ、胸に輝く「喜」の文字がネオンの光を反射し、不気味に揺らめく。


「――君たちに、ちょっと用があるんだけど?」


「なんだお前!」

一人の先輩が苛立ちを隠さず、スタンガンを突き立ててくる。


「うるさいなぁ」


ジョイは手をひらりと動かし、その手で先輩の顔を覆った。

瞬間、先輩の身体がビクリと震え、力なく床に崩れ落ちる。


「……あれ? 学年が違うのかな」

ジョイは首をかしげ、しばらく考える素振りをした後、ニコリと笑った。

「じゃあ、いらないや」


残り四人の先輩が一斉に襲いかかる。

プラズマナイフが閃光を描き、暗闇に火花を散らす。

鈴木は息を飲み、身動き一つできない。


だが、ジョイの動きは舞踏のように軽やかだった。

攻撃を紙一重でかわし、逆に相手の腕を軽く叩く。

それだけで、先輩の武器は弾け飛び、身体は壁に叩きつけられる。


一人、また一人と無力化され、最後の一人が怯えたように後ずさる。

「な、なんだこいつ……化け物か……」

恐怖に染まる声を最後に、その先輩も床に沈んだ。


――沈黙。

場に立っているのは、ジョイと鈴木だけ。


「……さて」

ジョイはゆっくりと鈴木に近づく。

「ごめんね、ちょっと見せてもらうよ」


そう言って、彼は鈴木の顔を優しく撫でるように手で覆った。


次の瞬間――ジョイの瞳に光が走り、鈴木の記憶が鮮明に浮かび上がる。

朝の教室。悠人と雫が言葉を交わすシーン。

雫が紙を差し出し、悠人がそれを手に取りニヤリと笑う。


ジョイは口角をゆっくりと吊り上げる。

「……大当たり」


ジョイは口元に笑みを浮かべ、鈴木を覗き込む。


「君の過去をちょっと見せてもらったんだけど――僕の力、少しあげようか?」


鈴木は目を見開く。

「力……?」


「うん。僕ね、人を“喜ばせる”ために、人に力を与えることができるんだよ」


その言葉に鈴木が息を呑む。その時ジョイの背後から恐る恐る最後の力を振り絞り荒々しい声が飛ぶ。

「死ねッ!」


生き残っていた先輩が、ナイフを突き立ててきた。

だが、ジョイは振り返りもせず、指先をひらりと相手の額に当てた。


「うるさい」


次の瞬間、先輩の表情が恍惚に変わる。

「……あは、あははっ」

狂気に染まった笑みを浮かべながら、自らの胸にナイフを突き立てる。

刃が肉を裂き、赤が滲む。それでも笑い声は止まらない。


「アハハハハ! 最高だ! 僕、最高に気持ちいい!」

血飛沫と笑い声が混じり合う惨状に、鈴木は膝から崩れ落ち、胃の中のものを吐き出した。


「……っ、うえぇ……!」


そんな彼に、ジョイは楽しげに語りかける。

「大丈夫、大丈夫。君は殺さないよ」


ジョイは屈み込み、鈴木の顔を覗き込む。

「それより――今さっき言ってた“学園祭”って、何かな?」


鈴木は震える声で、学園祭のルールやバトルステージのことを、ありのまま話した。

ジョイは満足そうに頷きながら、鈴木の胸に手を置く。


「そっか、ありがとう。鈴木くん今さっき君の過去を少し見せてもらったんだけどね君は……ずっと“何者か”になりたかったんだよね」

「…………っ」


「だったら、僕が力を貸すよ」

ジョイの声は甘く、誘惑するように響く。


「ただ、一つだけお願いを聞いてほしいだ」

ジョイの笑みが、不気味に深くなる。


「――君のクラスの、悠人くんを殺してほしい」

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