第8話 交差する選択

シロウが帰っていった後、静まり返った家の中で、俺の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。

この世界では、自分の命は自分で守らなければならない――はっきりとわかった。


部屋に入ると、背筋がざわつく。

棚の中に封印していたファイルの束を、俺は恐る恐る引っ張り出した。


ぱらり、と開いた最初のページに映ったのは――雫の刀の設計図。

どうやら「片腕」が核となっているらしい。


(片腕……つまり、雫の片腕は義手ってことか?)

考えただけで扱える気がしない。却下だ。


次に現れたのは、相手に強烈な電撃を加える杖。

注意事項には赤字で「使用者も感電死の恐れあり」と書かれている。

……うん、扱えねえ。却下。


さらにめくると、「相手に過去のトラウマを強制的に思い出させるナイフ」。

注意事項には「多用すると使用者の精神にも悪影響」とあった。

……誰が使うんだよこんなの。却下。


過去の俺――記憶をなくす前の俺は、どうやら相当イカれていたらしい。

どれも強力だが、代償がデカすぎる。設計図だけ見れば「さすがNo.2だな」と思うが……実用性ゼロ。


「やってらんねー」

パッと上に投げ捨て、ベッドに寝転がる。


その時、空中にヒラヒラと二枚の紙が舞い降りた。

「……何だ?」と思い、拾い上げる。


一枚目は――ハンドガンの設計図だった。


そこには四種類の弾が記されていた。

• 相殺弾:放射物や斬撃波を相殺できる。

• 操弾:一度だけ敵の動きを操れる。

• 時限弾:着弾した対象の動きを二秒だけ遅らせる。

• ???:黒く塗りつぶされ、説明すら読めない。


「……おい待て。注意事項、雑かよ。『四つ目の弾に注意』って何だよ。

 いやそこ大事だろ!黒塗りするぐらいなら、ちゃんと説明しとけよ!」


逆に言えば、四つ目を使わなければ害はない。

それに、この設計図――一つ目から三つ目はちゃんと作り方が書かれてるのに、四つ目だけは空白。

(……ただの脅しか?)


少し迷ったが、俺は心の中で決めた。

「……これにするか」


もう一枚の設計図を見ると――それはスカウターだった。


普段は片耳にかけておき、起動すると片目に展開される仕組みらしい。

特徴欄には、さらっとこう書いてある。


「数秒先の未来が見える」


「……おお、地味に強いじゃん」


だが、その下の注意事項を見て、俺は思わず声を詰まらせた。


「※ただし未来は変えられません」


さらに小さく書いてある。

「※メンタルが強ければ未来は実質変えられる(かもしれない)」


「……は? かもしれないってなんだよ!絶対変えられない可能性もあるじゃん!」

ページを指で押さえながら、俺は頭を抱える。


だが、もう迷っている暇はなかった。

俺は設計図を机に置き、ハンドガンとスカウター――この二つを選んで、脳内イメージで作れるように訓練を始めた。


「うーん……まずは手順の確認だ」

装置の動き、弾丸の発射、スカウターの展開。頭の中で何度も反復する。


この一週間、限界まで作り続け、何度も気絶しては葵に心配される日々が続いた。

だが、その代償に――見なくても頭でイメージすれば具現化できるようになり、部屋でドローンを出して試し撃ちの練習までできるようになった。


「また天井に穴開けた!? 俺、射撃下手すぎだろ!」

ドローンを狙ったはずなのに天井に直撃させた自分に、ツッコミを入れる。


それでも、少しずつイメージ通りに弾が飛ぶようになってきた。

スカウターも便利だった。


片目に展開させるイメージを描き、数秒先の未来を覗く練習。

「……おお、ドローンが2秒後に右に動くってわかったぞ!……いや待て、俺が狙ったのは左だ!」

未来を見ても、自分の体が間に合わずに空振り。


「くそ……未来を見ても、反射神経が追いつかねえ……!」

汗だくになりながら何度も発砲する――が、ドローンは壁にぶつかっていく。


その音に、廊下から葵の声が響いた。

「お兄ちゃん、うるさーい!」

「ごめん!」と即答する俺。


弾の軌道とスカウターの表示が、少しずつ頭の中でリンクしていく。

ほんの少しだが、手応えを感じ始めていた。 


︎♦︎



同じ頃――別の場所では、新たに力を授かる者がいた。


サイバー部隊の研究室に足を踏み入れたのは、颯太だ。

「シロウさん、話って……なんですか?」

緊張で声が少し震える。


シロウは微笑み、頷いた。

「颯太くん。僕の作った最新のパワースーツ、君に託してもいいかな」


「……本当ですか?」

驚きに目を見開く颯太。


シロウは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

「うん。一般人には体の負荷が大きすぎてね……今の適任は、君しかいないんだ」


そう言って、シロウは机の上に置かれた小さなケースを開いた。

中には、黒銀に輝く腕時計が収められた。まるで脈打つ心臓のようだ。


「これが……?」颯太は戸惑いながら見つめる。


「ただの時計じゃない。『パワースーツキー』だ」シロウが説明を続ける。

「これを装着してトリガーを押すと、ナノマシンが展開して全身をスーツで覆う仕組みになってる。普段は普通の腕時計として使えるし、緊急時は即座に変身できる」


颯太は腕に装着し、恐る恐るトリガーを押した。


――カシャンッ。


黒銀の時計から奔流のように溢れ出し、瞬時に全身を覆う。

金属繊維が音もなく収縮し、彼の体にぴたりと密着する。


「な、なんだ……勝手にフィットして……!」

重さはほとんどなく、むしろ体の芯から力が漲っていく感覚。


「動いてみな」シロウの言葉に促され、颯太は拳を振った。

――ゴッ。

空気を叩いた衝撃だけで、後方の計測器が震える。


「うわっ……!」驚いて踏み込みすぎ、颯太はそのまま跳ねるように天井近くまで飛び上がってしまう。

「おっと、慣れないとそうなるよ」シロウが笑った。


颯太はなんとか着地し、胸の奥が熱く高鳴るのを感じた。

恐怖も不安もある――だがそれ以上に、力を得た実感が全身を震わせていた。


「ということは……僕、現場に出られるんですか?」

期待と不安が入り混じった声。


シロウは静かに、だが力強く頷く。

「おめでとう。頼りにしてるよ」


颯太は深く息を吸い込み、拳を握りしめた。

胸の奥で熱い決意が芽生えていく――。

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