二人の物語~桜に愛されし子ら~
蜜柑
二人の出会い~桜が導く彼らの旅路~
咲き誇れ 子らの歩みに 酔いしれる あゝ晴れ渡る 彼らの旅よ
彼(
二十歳を過ぎた春のこと。実家の神社を継ぐために
そんなある日のことだった。
「んー、この辺りはこれくらいかな。」
怜桜は掃除を終え辺りを見渡すと神社に入ってくる見知らぬ青年の姿が目に留まり、気づけば視線を向け、足を止めていた。
(……ん? 俺と同じくらいの人がいるな、なんか珍しいな…あんま見かけないのに。)
怜桜は昔から同年代で神社に興味を持つ人に会うことはほとんどなかった。だからこそぱっと見年下に見える青年が行事もない日の神社に訪れているというのは怜桜の興味が掻き立てられていた。そして元来怜桜はかなり好奇心旺盛である。境内の掃除を終えており、参拝客である青年も周囲を見回していたので意を決して話しかけた。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「えっと、最近こっちに引っ越してきて近くの散歩がてら気になった場所を見て回ってるんです。以前住んでいた場所ではこんなに大きな神社を見かけなかったので。」
「なるほど。…もし良ければ境内をご案内しましょうか? 見ての通り今日は参拝客も少なく、長く見積もっても一時間程であれば他の方だけでも問題なく対処できますので。」
「お願いしてもいいですか。…あの俺前から神様の伝承とかが好きで時間があれば神社も訪れたりするんです。それでここにも興味を持ったんですが案内と一緒にここの神社の伝承とかも教えてくれませんか?」
「もちろんいいですよ。ここに来る人で伝承に興味を持ってくださる方はあまりいなくて、こうして話せることはとても嬉しいことですから。」
境内を一周し、腰を下ろせる場所で神社の歴史や祀られている神について語っていた。暖かな陽だまりの中、二人は自己紹介をしあい、互いに同い年であることを知った。怜桜は青年の名前が
怜桜は初めての神社について語り合える友人になり得る人物との出会いにかなり心を躍らせ、神社に祀られる桜の神:
「木花咲耶姫様、桜庭縁莉との出会いを導いてくださりありがとうございます。彼とはきっと良き友人となれるでしょう。どうかこの土地と共に我らのことも優しく寛大な心でお見守りください。」
暖かく穏やかな風が境内を巡り、怜桜の願いを導いていった。
神社での仕事が休みの日、縁莉と怜桜はこの街の図書館で神社や木花咲耶姫について新たな情報や伝承を調べたり、この街の商店街や繁華街、桜の絶景スポットなどをまわったりする約束をした。
この日を待ち遠しく感じていた怜桜は、いつものルーティンで境内の掃除をしながらも気づけばその場でクルクルと回りたくなるほど心が弾み、普段は気にしないオシャレにも挑戦して出掛けた。両親は普段オシャレをせず、休みの日も外に出掛けようとしない怜桜がオシャレをして出掛けるのを見て、驚きつつも嬉しくなっていた。
待ち合わせの時間より十分ほど早く着いた怜桜は同じくらい早くついていた縁莉と合流すると図書館に向かった。
「えっと、この間は木花咲耶姫様を祀っている神社でのご利益や歴史について話しましたので、今日は木花咲耶姫様の神話をより詳しく知るために図書館で調べる、ということであってましたか?」
「うん、それであってる。てか、今仕事じゃないんだから敬語じゃなくていいぞ。」
「わかった、ありがとな。じゃあ、さっそく調べよう!」
図書館に着くと静かな空間に本をめくる音が響き、紙とインクのにおいが漂っていた。怜桜は迷うことなく事前に調べて目を付けていた本を手に取り縁莉と一緒に図書館の自習室へと向かった。
「木花咲耶姫様の伝承についてだとこの辺りの書籍がいいと思うぞ。」
「意外と多いな。そこまで大きい図書館ってわけでもないのに。」
「あぁ、此処の地域は昔からうちの神社の御神木を地域全体で祀ってて、この図書館は市で運営してるから神社が祀ってる木花咲耶姫様の伝承も多く取り扱ってるんだ。」
その後、怜桜と縁莉はこの地域での神社の役割や行事などが載っているまちの本などで行事での神職の仕事の説明やどのような祈願で行われているかの解説をした。
「この街で特に大きな神社主催の祭りは〝桜祭〟。春の…あぁそう、来週の土日にやる祭りのこと。」
「なぁ、なんで来週なんだ? もう桜は咲き始めてるしもう少し早くてもいいと思うんだけど。」
「それはちょうど桜が満開の木花咲耶姫様を一番身近に感じられて、木花咲耶姫様が最も力を発揮できるとされる時期に行って日頃の感謝をお伝えするお祭りだからだ。」
「へぇ、結構奥深い意味があるんだな。祭りって楽しむものってイメージで厳かな儀式ってあんまり意識してなかったけど、なんかすごいな。」
縁莉は目を丸くしながら怜桜の話を聞き、自分の中のイメージを新しくしていった。
「ところでさ、このお祭りって何するんだ? 近々やるお祭りだからどんなことやってるか調べてみたんだけどあんまり出店系はやってないよな。」
「出店は確かに多くないかもな。この祭りで一番大事とされるのは御神木にお供え物をすることと、最初に御神木を撫でてこの街のすべての桜を宮司が撫でてから最後にもう一度御神木を撫でること。これを行うことで円環をなした結界ができて木花咲耶姫様が街の何処にでも訪れていただけるようになる。そして、町中の桜に御神木と似たしめ縄とかの装飾を施す。だから、この祭りの間は、街全体が神社と繋がるような感覚になるんだ。桜にしめ縄が結ばれ、優しい灯りがともされると、まるでこの場所全体が木花咲耶姫様に守られているみたいな気持ちになる。」
「あぁ、それで街中の桜にしめ縄が飾られてたりライトアップされたりしてるんだな…。その時間は神様への祈りの時間となって…。」
縁莉は視線を落とし知識を自分の中に落とし込みながら考えをまとめていた。怜桜はそれを見ながら邪魔をしないように声を出した。
「やってるのはこの街で百年以上やってる和菓子屋の桜餅と三色団子とか桜羊羹とかの出店と桜茶を出すところもあったかなぁ。他にもいくつかあるからお祭り楽しみにしててよ。」
「うん、なんかお祭りのこととかしれてよかったかも。結構楽しみになったし手伝えることあったら手伝いたいって思えた。」
その後も一二時を過ぎるまで縁莉が質問して怜桜が解説することを繰り返した。
一段落ついてから二人は近くのカフェでランチをした後、桜の絶景スポット巡りをした。はじめは観光としても有名なところに行き、桜並木のある商店街で日用品や食料でならどこがおすすめかを案内しながら桜を眺めて、この街でトップを争う大きさの桜がある繁華街買い物をした。最後に怜桜が今まで誰にも教えたことのない一番の絶景スポットに案内した。
「ここの上が俺の考えるこの町一番の絶景スポット。神社の裏手なのと林みたいなとこだからめったに人が来ないんだ。そして、これがこの林で一番大きくて頑丈な木。高所恐怖症じゃなかったらこの木に梯子使って登ってみろよ。」
そう言った怜桜はすいすいと梯子を登っていった。一瞬あっけにとられた縁莉だったが登れないと思われるのは癪だったのですぐに後を追った。
「き…れい」
縁莉は眼前に広がる景色に息をのみどうにか出せた声も震えていた。木の上にいることを忘れてしまいそうになるほどの景色だった。街中を彩る桜に茜色の夕日が降りそそぎ街中が桜に包まれているようなとても美しく別世界のような光景だった。
「この時間に見ると桜が焔(ほのお)のように見えてかなりきれいだろ。昼間に見ると青空に桜がよく映えてて、夜に見ると桜がライトアップによって浮かび上がって月とか星空とマッチしてどの時間帯も幻想的な光景だぞ。」
柔らかな風が二人の頬を撫で優しく街中の桜を揺らす。花びらが舞いそれでまた街を包んでいく。花びらに手を伸ばしても掴めず、それでより一層縁莉に別世界のようだと感じさせた。街の喧騒はかすかに聞こえる程度で、それだけが、この別世界のような景色が現実であると縁莉に教えてくれた。
怜桜は嬉しかった。昔から桜や神社は一番身近で、でも同じ年の子とは共有したくてもできないものの象徴でもあった。だからこそ、縁莉が神社や伝承が好きだと聞いた時から今までの好きだったのに共有できなかった寂しさを埋めはじめていて、今日図書館で桜祭について語ることができて、縁莉が神について深く知ろうとしてくれて、この景色に感動してくれて。縁莉が今までで一番の友人になってくれそうで言葉にはできない暖かなものが心を満たしていくのを感じた。
怜桜は静かに息を吐き、風で舞う花びらを見つめた。ふと隣を見ると縁莉の横顔が瞳がキラキラと輝いており、瞳に街の景色が映りこんでいた。怜桜は縁莉の瞳に移る景色を見つめながら、この景色を共有できたことがうれしくて自分の中の寂しさがより薄れるのを感じ、このことを忘れることの無いよう脳裏に焼き付けた。
「すごい…きれいな景色だな。こんな光景は初めてだ。怜桜が秘密にしてたのもわかるな。俺が知ってたとしても秘密にして、誰にも教えたくないって思うから。」
「うん、一人で落ち着きたいときも来たりするから教えたとしても桜を大切にしてくれて神社のことを分かってくれる人がいいって思ってたから。」
「じゃあなんで俺に此処のこと教えてくれたんだ?」
「縁莉は…俺の話を真剣に聞いてくれて、祭りのことも神社のことももっと知りたいって思ってくれたのがめっちゃ嬉しくて。そんな君だったら此処のことも大切にしてくれるって思えたんだ。」
怜桜はとても柔らかな微笑みを浮かべ縁莉に答えた。それを見た縁莉は顔を赤くし俯きながら、
「そう、なんだ。そんな風に思ってくれたのか。うぅ…、なんかすげぇ嬉しいけどすっごいハズいな。…俺さ、もともと神話とか伝承とか好きだったけど怜桜が解説してくれて、質問に答えてくれて、そのときの怜桜の表情がキラキラしてて本当に好きで大切なんだって伝わってきて、それで楽しくてもっと知りたいって思えた。だから俺、怜桜にここを教えてもらえてそんな風に思ってもらえたのが特別でこの景色を一緒に見れてよかったっておもってる。」
そう宝石のような笑顔で答えた。それを聞いて、その笑顔を見た怜桜は顔を隠しうずくまってしまったが心の中は桜吹雪が広がるように暖かく満たされていった。
それからしばらく二人は夕日のように赤くなった頬を静かに街を眺めながら冷ましていた。地平線の先が暗くなってどちらからともなく木から下りた。
「そういえばこの梯子ってもともとここに置いてたのか? 持ってきてたように見えなかったけど。」
「えっと、朝の境内の掃除終わらせた後に持ってきてた。前会った時も俺の話真剣に聞いてくれてたから教えてもいいかなって思えてたのかも。」
「そうやって思ってくれてたのか。俺ももっと怜桜にいろんなこと教えてもらいたいし、逆に今度は俺が何か教えたいし連れていきたいって思ってる。」
「…なんか縁莉の言葉まっすぐ過ぎて俺溶けちゃうよ。」
「そう言う怜桜の言葉だって比喩とかもあるけどけっこう直球だぞ。」
「そうか? …まぁいいや。次は縁莉が色々教えてくれるか?」
「もちろん。おすすめのやつ準備するし案内する。」
しばらく歩いていると縁莉がポツリと話し始めた。
「俺さ、神社とか伝承が好きって言っただろ。今まであんまり似たような趣味のやつとかいなかったし、同じ世代に話が合うやつがいるって思ってなくて。だからあのとき怜桜が声かけてくれて、神社のこととか神様のこと話してくれて、嫌な顔せず俺の質問に答えてくれたこと本当に嬉しかった。」
「…そっか。俺もさ同い年に神社とかが好きって人がいるって思ってなかった。だからあの日の縁莉が目に留まって、友人になりたいって思った。」
「俺もなりたいって思った。あ、そうだ! 良かったら連絡先交換しよう。」
「いいの⁉ もちろんしよう!」
怜桜は縁莉の言葉を聞いて驚きながらも嬉しくなった。怜桜は今日一日を思い返すといつもは落ち着いた行動を心掛けていたけど今日はずっとテンションが高くなっていたことに気づくと本当に縁莉がいい友人だって思った。
縁莉は怜桜の楽しそうな顔や自分の考えを話すときの聡明な表情を見て怜桜に将来のことを話したいと思えた。
「俺ね今大学で日本神話やそれにまつわる祭りについて、みたいなこと学んでるんだ。それでさ、前々から一つの道として考えてたことがあって、それが今日怜桜と過ごして目指したいって思ったんだけど、怜桜の考え聞きたいんだけど、急に重いかな?」
「そんなことない! 縁莉がやりたいこと知りたいし、できることがあるなら助けになりたいから。」
怜桜のまっすぐで力強く、それでいて桜のように優しい言葉と表情に縁莉は一瞬目を丸くしてからわずかに決意の感じる表情で話した。
「このまま大学の過程を終えた後に大学院に進学して日本神話にまつわることの学者になりたい。これが俺が目指したいって思ってる道。どうかな?」
「縁莉はすごいな、本気で目指してるって伝わった。…そうだな、縁莉にとって学者になることでどういうところを大切にしたい?」
縁莉は怜桜の核心を突くような質問に自分の心の奥にあることを考えた。
「俺は、…例えば日本神話の伝承がこの地域にもたらしてる影響って一番強いのは桜についてだ。他の土地ならそれぞれ変わってくる。それをもっといろんな人に伝えて、消えてしまいそうな伝承や伝統を守ること。これを大切にしたい。」
「うん、いいと思う。自分の中の大切にしたい軸になることを考えられているなら大変なことも乗り越えやすいと思うから。だからあとは大学院に通う間の金銭面と大学院での授業料をどうにかできるようにしないとだな。」
「おう、聞いてくれてありがとな。なんか怜桜に話したらもっと頑張ろうって思えた。金銭面については奨学金が利用できるかどうか大学の事務の人に確認して、親にも相談してみるわ。」
話が終わったタイミングでちょうど神社の前に着いた。
「じゃあ次は、桜祭で。俺に手伝えることあったら何でも連絡していいからな。今日は怜桜に色々世話になったから。」
「うん、桜祭楽しみにしてて。手伝ってほしいことあったら遠慮なく頼ませてもらうから縁莉もなんかあったら遠慮せず連絡しろよ。」
そこで二人はそれぞれの家に帰った。
翌週の桜祭、縁莉は裏方として装飾などを手伝い、怜桜は権禰宜として儀式の役目を果たした。二人とも満開の桜くらい活き活きとした表情だった。
私の見守る子たちの話はこれで今日はおしまい。二人のほかの話はまた機会があったら話してあげる。また会えることを願ってるわ。
~END~
二人の物語~桜に愛されし子ら~ 蜜柑 @wagashi_mikan
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