幕間(一)

 そのドームの中心には、天井まで届く一本の太い柱が聳え立っていた。表面が無数の彫刻で飾り立てられ、天井に届く一歩手前の部分から少し盛り上がったその柱は、大空に向かって伸びる巨大なキノコのようでもあった。そのキノコのような柱の周りは円形の柵で仕切られ、ドームのいわゆる観客席にあたる場所からは柱に触れられないようになっている。そして、それらを取り囲むドームの壁や天井は白一色であった。それが、どこかにある公園の中に建てられた、瓦屋根の白い土塀で囲われ、その土塀が両端に繋がる城門が敷地の出入口を兼ねているドームの主な外観だった。

 ドームの中心に生えたキノコのような柱を囲む円形の柵でできた仕切りの中に、巫女装束に似た格好をした人物が立っている。鳥のくちばしのような形のお面を被っているため表情は分からないが、頭の後ろでまとめた美しく長い黒髪から、恐らく若い女性であることは推測できた。その巫女装束姿の女性が唯一、柵の内側で柱の近くに立っている。自身の近くに立っている大きな柱を見ることもなく、微動だにせずだ。

 ところで、ドームの中にいるのはその巫女装束姿の女性だけではない。柵の内側に立っているのはその女性だけであるが、柵の外側となると話は別だった。老若男女問わず、あらゆる年代の人々が、そこにいる。立っているのみならず、柱を中心として反時計回りにグルグルとドームの中を周回しているのである。柱から片時も目を離すことなく、それでいて一定の速度で周る人々は、両手を合わせてもいた。その姿は、さながら祈りを捧げているようでもある。そう考えた方が、自然とも思える光景であった。

 地に伏して頭を垂れるような静かな祈りとは、正反対に位置する動きのある祈り。それが、このドーム、即ち祈念堂で行われていることだった。そうなると、例のキノコのような柱はこの祈念堂の御神体ということになる。御神体に仕える、という立場であるからこそ、巫女装束姿の女性だけは柵の内側に入ることができるのだ。それは境界でもあった。

 そんな奇妙な場所にただ一人佇む少女はお面で冷たい視線を隠しながら、果てしなくグルグルと周り続ける参拝者たちを眺めていた。ここはそういう場所だから仕方のないことだが、周っている人たちは皆同じような歩き方、同じような拝み方、同じような微笑み方で、見ていると自分もそうしなければならない気がしてしまう。勿論、柵の内側に立っている自分がそんなことをして許されるはずがないのだが。

 お面に自虐を隠しながら、少女は有り得ない未来を想像する。もし、今自分が柵を乗り越えてあの周っている人たちへと近づいて行ったらあの人たちはどんな反応をするのだろうか。あの柱に仕える巫女、という訳の分からない役目を負わされている自分が近付けば、あの人たちは平伏して動かなくなるかもしれない。もしそうなれば、どれだけ痛快だろう。そうなれば、次に取る手は決まっている。お面を剥ぎ取って床に放り投げるのだ。こんなもの、こんな場所、こんな儀式には意味などない、と言い切るのも良いかもしれない。そうすれば、こんなところには誰も来なくなるかもしれない。

 でも、そうしたところで、結局自分はここから逃れられるわけではないのだけれども。

 そこまで先の事を考えてみた少女は、そこから先のことが思いつかなくなってしまう。それ以上のことは、自分自身ではどうにもできないことの連続だったからだ。ここから逃げ出したとしても、行く場所なんてありはしないことは分かりきっていた。自分自身をここに縛り付けているのは自分自身であるのと同時に、自分自身ではどうすることもできないような重苦しいものなのだから。それは、人が無理矢理答えを作ることで誤魔化してきた逃避の積み重ねでもある。少女がこの場所から解き放たれるためには、その重苦しいものを打ち破らなければならない。

 人々の不安を和らげるためのこの場所が存在する意味を無くすのは、並大抵の手段では不可能に近い。いや、不可能そのものだろう。神という強力な相手がこの場にもたらす安易な救いを壊すことに等しいその挑戦に、そもそも挑もうとする人がいないのだから。

 だから、こうして少女は巫女としてこの場に居続けるしかない。この少女をこの場から解き放つことができるのは、神を神とも思わない命知らずか、神に抗う化け物かのどちらかだろう。そんな人いるはずないのにね、とお面の裏で自分に言い聞かせるように、少女は静かに、誰にも聞こえないように呟いた。


 もっとも、世界は少女が思うよりはほんの少しだけ広いのだけれども。

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