月夜の猫と廻るこの世界
@inuichi
〜一旦死んだ。そんで転生〜
頭が真っ白になる。というのはこの事なんだろうなと思った。
膵臓癌だった。それも末期。ステージ4。
「もって後1年。」
医者のその言葉が聞こえた瞬間に世界が止まった感じがしたと同時に、なんとも言葉に表せないような感情が自分の中を駆け巡る。
医者は今後の治療や方針について説明しているようだが、全くと言っていいほど頭に入ってこない。
てっきり、風邪が長引いているだけだと思っていた。
先日、黄疸が出て病院に行ったところ、癌の診断が降りた。
ごく普通の一般家庭に生まれ、義務教育を終え無難な高校、無難な大学を卒業し、小学生の頃抱いていたようなキラキラした仕事に就いているわけでもなく。
一応大手と言われる部類の製紙工場に入社。保全管理責任者という立場で働いていた。
部下にも慕われていた。と、思いたい…。
母親とは20代の頃に病気で死別。父親は弟と二人暮らし。
おかげで独身貴族を満喫できていた。というわけだ。
病気の事を会社に伝えても、特に何かあるわけでもなく淡々と終わった。
そりゃ何百人、何千人と従業員を抱える会社からしてもそんな一個人に構っていられないのだろう。
仕方ないっちゃ仕方ないが、なんともいえない気持ちだ。
いざ入院してみると、これが意外と冷静になれた。
淡々と治療の説明を終え、病室に入った。
大部屋ではなく個室だった。ありがたい。
外出の許可はもらえるとは思うが、どうも出かける気にならず、部屋でボーッとしていた。
うーん、やり残した事だらけではあるが…。
最後にめちゃくちゃいい焼肉に行けばよかったなあとか、結婚しとけばよかったかなとか。
健康に生きている間は、いつ死んでも大丈夫なくらい人生を満喫しているつもりではあったが、いざ死に直面するとこうも欲が出てくるものなんだな。と痛感した。
とはいえ、できないことはできないで諦めるしかない。
そうやって色々考えているうちに、起き上がることさえままならない状態まで悪化してしまった。
どうやら若いせいで癌細胞が増える速度が老人に比べて早いらしい。よく分からないが細胞分裂のなんとかだと医者が言っていた。
あまり動かない体でなんとか外を向く。
窓の外に生える桜の木の枝に猫がいるのが見えた。
艶のある綺麗な黒の毛並み。ちゃんとした飼い猫だろうな。
あっ逃げた。
もしまた次の人生があるのなら、次は猫を飼おう。
《守護精獣 「◾️◾️◾️」 を獲得しました。》
余命は親父には伝えるつもりはなかったが、医者と話し合った結果伝えた。
「ごめんな。何にもしてやれんでごめんな。」
涙目でそう言う親父なんて見れたもんじゃない。
やめてくれ。親父は何にも悪くない。むしろここまで育ててくれた恩しかないよ。
強いて言うなら、エロ本はもう少しうまく隠してくれ。そのせいで年上好きになったんだから。
ま、なんにせよ、あんたには感謝しかないよ。
弟はやはり怖さがあるんだろうな。見舞いに来てもすぐ帰ってしまう。
仕方ない。実の兄がこうなってるのをみるのは誰だって怖い。逆の立場なら俺も怖いと思うしな。
痛みを和らげる為に常時薬を投与しているが、痛くてたまらない。
《現在、痛覚遮断モードは使用できません。》
《守護精獣を獲得したことにより、固有スキル「◾️◾️◾️」を獲得しました。》
《特定条件下でのみ発動可能です。現在発動可能です。使用しますか?》
『使用。』
段々と呼吸がしにくくなってきた。息を吸って吐く。当たり前のこの動作が今はとてつもなくしんどい。
《◾️◾️◾️の発動準備を開始します。》
《発動まで残り86%》
親より先に死ぬのが一番の親不孝だって親父がずっと言ってたっけ…。
すまん。
《発動まで残り49%》
《37%》
診断が降りてから身の回りの身辺整理はしているはずだから大丈夫なはずだ。PCの中の秘蔵ファイルも削除した。
思い残す事がないわけではないが、来世に期待だな。
《21%》
《発動まで残り4%》
虚しくもここで俺の意識は途絶えた。
《◾️◾️◾️を発動します。》
有川恭介は死んだ。享年34歳。
無難な人生を送り、最後はこうもあっけなくその人生に
ピリオドを打つことになった。
その魂の根源は肉体を離れ、なんの因果か有川恭介の生きていた世界とは別の、全く、次元も異なる世界の生物と結びついた。
こうして現実世界では到底理解の及ばない状況で第2の人生?がスタートしたのである。
《肉体の再構築を開始します。》
ああ、俺、天国かな地獄かな。死んだ後くらいは安寧に過ごさせて欲しいもんだ。
(神様仏様、天国でお願いします。どうか…)
《地点 ガルネイシア大陸 ヴァルシーヌの森 シシア大洞窟にて肉体を再構築しています。》
………。
月夜の猫と廻るこの世界 @inuichi
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