第6話「治癒の魔法と甘い独占欲」

迷宮探索を再開してすぐ、パーティは巨大な大カマキリの群れに遭遇した。大カマキリは、鎌のように鋭い前足と、カチカチと音を立てる硬い外骨格を持つ魔物だ。その動きは俊敏で、群れで襲いかかってくるため、厄介な相手だった。


「ルナ、正面の奴らをお願い!」


俺の指示に、ルナは嬉しそうに頷く。


「まかせて、ケンイチくん!」


ルナは獣人族特有の俊敏さで、大カマキリの群れへと突っ込んでいく。その動きはまるで風のようだ。ルナが正面の敵を引き付けている間に、エリーゼは後方から魔法を放つ。


「無駄な動きは非効率的よ」


エリーゼの言葉通り、彼女の魔法は正確に、そして確実に大カマキリの群れを狙っていた。鋭い氷の槍が、次々と大カマキリの外骨格を貫いていく。


そして、俺は剣聖スキルで、ルナとエリーゼが攻撃しきれなかった大カマキリを、一瞬で切り裂いていく。俺の剣技は、どんな強敵をも一瞬で切り裂く。それは、迷宮の奥深くにあるどんな危険からも、彼女たちを守るための、最強の盾だった。


「アリス、回復は頼んだぞ」


俺が声をかけると、アリスは「はい!」と元気な声で応え、治癒の光を放つ。その光は、まるで太陽のように俺たちを優しく包み込んだ。


しかし、一匹の大カマキリが、アリスへと向かっていく。俺は剣聖スキルで一瞬で大カマキリの前に立ち、剣で攻撃を受け流した。その際、俺の腕に僅かな傷ができてしまった。


「ケンイチさん!?」


アリスは悲鳴を上げ、俺の元へと駆け寄ってきた。


「大丈夫だ、これくらいの傷は…」


俺がそう言おうとすると、アリスは俺の腕を掴み、治癒の魔法をかけ始めた。


「だめです! どんな小さな傷でも、放っておいては…」


彼女は真剣な顔で、俺の腕を見つめている。その瞳には、俺を心配する気持ちと、ほんの少しの甘い独占欲が浮かんでいるように見えた。


「ケンイチさんの傷は、私にしか癒せないんですから…」


アリスはそう囁き、俺の腕に治癒の光を注ぎ続ける。その光は、まるで彼女の愛情のように温かく、俺の心を癒していく。


(この治癒魔法、完全に精神攻撃だろ。こんな甘い囁き、俺の剣聖スキルでも防げないぞ。…いや、待てよ。アリスは回復魔法が得意な聖女だ。その治癒の力は、物理的な傷を癒すだけでなく、精神的な傷も癒すことができる。…まさか、この治癒魔法には、“ケンイチを依存させる”っていう隠し効果があるのか?)


俺は心の中で毒づきながら、アリスの治癒の魔法を享受していた。


---


「アリスだけずるい!」


ルナはそう叫び、俺とアリスの間に入り込んできた。


「私もケンイチくんを癒したい! ケガ、ルナにも見せて!」


ルナはそう言って、俺の腕をアリスから奪おうとする。


「待ちなさい、ルナ! これは治癒魔法よ! あなたには無理だわ!」


アリスが慌ててルナを止める。


「うるさい! ルナにはルナの癒し方があるもん!」


ルナはそう言って、俺の腕に顔を埋め、ふーふーと息を吹きかけ始めた。その行動に、俺は思わず吹き出してしまった。


「アリス、ルナ、二人ともありがとう。もう大丈夫だから」


俺がそう言うと、アリスは残念そうな顔をし、ルナは嬉しそうに俺の腕に抱きついた。


---


「無駄な時間よ」


エリーゼは冷たい声でそう言って、俺たちの間に割り込んできた。


「私たちは迷宮攻略中。無駄な時間を使っている暇はないわ。ケンイチの傷は、アリスの魔法で癒されたでしょう? もう行くわよ」


エリーゼはそう言って、俺の腕を掴み、先へ進もうとする。


「ちょっと、エリーゼ! ケンイチくんはまだ…」


ルナが抗議するが、エリーゼは聞く耳を持たない。


「…ケンイチの身体は、パーティで最も重要な資産よ。無駄なリスクを冒すことは許されない。次からは、どんな小さな傷でも、私に報告しなさい。私が管理する」


エリーゼはそう言って、俺の腕を強く握りしめた。その指先からは、冷たい魔力が伝わってくる。彼女の言葉は、まるで俺を道具のように扱っているようだった。


「…エリーゼ」


俺がそう呟くと、彼女は一瞬だけ、俺の顔を見つめ、そっと目を逸らした。その頬は、ほんのり赤く染まっていた。彼女の冷たい言葉の裏には、俺への強い独占欲が隠されていた。


俺は呆然とした。一人一人が、俺の怪我を巡って、密かに争っていたなんて。


なんだこれ…! 俺の剣聖スキル、戦闘には最強だけど、恋愛には無力だ。…いや、待てよ。アリスの治癒魔法は、物理的な傷を癒すだけじゃない。俺の心を癒す力がある。ルナの無邪気な行動は、俺の心を温める力がある。エリーゼの冷たい言葉は、俺を独占したいという、強い愛情の裏返しだ。…まさか、俺のチート能力、実は「迷宮探索能力」じゃなくて、「ハーレムイベント発生能力」だったのか? そうか…! 俺が求めていた孤独な剣士生活は、このイベントを発生させるためのチュートリアルだったんだ! ルナの無邪気な甘え、エリーゼの静かな独占欲、アリスの献身的な愛情…三者三様の愛情表現を前に、俺はただ剣を振るうだけではダメらしい。…これは…迷宮の最深部よりよっぽど難易度が高いんじゃないか…!?


俺は、これから始まる最高のハーレム生活に、新たな使命感を見出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る