第5話「それぞれのサプライズ」
迷宮探索は、いつも通りの穏やかなペースで進んでいた。俺たちは最深部を目指すわけでもなく、ただ今日の晩飯の食材を探したり、気分転換に散策したり、そんな「寄り道」を繰り返している。それはまさに、冒険というよりは、ケンイチとヒロインたちの「最高に甘い日常」を彩るための、小さなイベントに過ぎなかった。
「ケンイチくん、見て見て!」
ルナが嬉しそうに駆け寄ってきた。その手には、まるで真珠のように淡く光るキノコが乗っている。
「これ、すごく綺麗なんだよ! ケンイチくんに見せたくて、探してきたの!」
彼女の屈託のない笑顔に、俺の心は温かくなる。ルナはいつも、ケンイチに褒められたくて、ケンイチに見てほしくて、無邪気に行動する。彼女の感情は、迷宮の奥深くにあるどんな罠よりも分かりやすく、そして純粋だった。
「これは…珍しいわね」
少し離れた場所から、エリーゼが静かに近づいてくる。彼女は淡々とキノコを観察し、その生態や魔力的な特性について語り始めた。
「このキノコ、魔力を吸収する性質がある。もしかしたら、これを加工すれば、魔法陣の描画をより効率的にできるかもしれないわ」
エリーゼの言葉に、俺は感心した。彼女は常に冷静で論理的だ。だが、その言葉の裏には、「ケンイチの役に立ちたい」という静かな情熱が秘められていることを、俺は知っていた。
「ケンイチさん、これを焼いてみませんか?」
アリスが提案した。彼女はバスケットから焼きたてのパンとチーズを取り出し、簡易的な調理器具を取り出す。そして、俺が剣聖スキルで瞬時に薪を組み、火を起こした。
「わーい! ケンイチくんの料理だ!」
ルナが楽しそうに声を上げる。
「ええ、ケンイチが作れば、どんな料理も完璧になるわ」
エリーゼも淡々と賛同する。
俺は剣聖スキルでキノコを完璧な大きさに切り分け、パンに挟んで焼き始めた。キノコから芳醇な香りが立ち上る。それは、迷宮の湿った空気とはまったく異なる、甘く温かい香りだった。
「ケンイチさん、もしよかったら、これも…」
アリスがそっと、小さな瓶を差し出してきた。中には、彼女が作った手作りのジャムが入っている。
「私…料理は得意じゃないから、これくらいしか…」
アリスは恥ずかしそうに俯く。
「ありがとう、アリス。すごく嬉しいよ」
俺がそう言うと、アリスは顔を真っ赤にして、幸せそうに微笑んだ。その表情は、まるで太陽の光を浴びた花のように、キラキラと輝いていた。
なんだこれ。迷宮探索のはずが、完全にピクニックじゃねぇか。いや、俺が求めていたのはこういうことだったのかもしれない。魔物と戦い、アイテムを手に入れ、レベルを上げるだけの無味乾燥な日々。そこに彼女たちが加わって、こんなにも豊かな時間になった。…まるで、俺の人生に、色を加えてくれたようだ。
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「ケンイチくん、ケンイチくん!」
ルナは俺の隣に座り、身を乗り出してきた。
「ルナ、どうした?」
「ケンイチくん、あのね…」
ルナは小声で、俺の耳元に囁き始めた。
「ルナね、この迷宮で、ケンイチくんにあげたいものがあるの。絶対、内緒だよ!」
彼女はそう言って、俺の耳元をくすぐるように、そっと息を吹きかける。その甘い匂いに、俺の心臓はドクンと音を立てた。ルナは、まるで子供のように純粋なまま、俺に甘えようとする。彼女の行動は、全てが直情的で、何の駆け引きもない。それは、このハーレム生活において、一番癒される要素だった。
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「ケンイチ、少し、よろしいかしら」
ルナがアリスと笑い合っているのを確認し、エリーゼが俺を呼び出した。彼女は俺を誰もいない場所に連れて行くと、そっと俺の腕に触れる。
「ルナのように感情に任せた行動は、非効率的よ。サプライズは、もっと計画的でなければ。ケンイチが本当に喜ぶのは、無駄なものじゃなくて、本当に必要なもの、でしょう?」
エリーゼはそう言って、掌に小さな魔法陣を浮かび上がらせた。その魔法陣から、淡い光を放つ宝石が浮かび上がってくる。
「これは、迷宮で採取した魔石を加工したもの。これをケンイチの剣に埋め込めば、魔力の通りが良くなり、貴方の剣聖スキルをさらに高めることができるわ」
彼女の言葉は、完璧に論理的で、何の隙もない。だが、その瞳は俺から逸らされず、その指先は俺の腕を強く握りしめている。
「私…ルナのように無邪気に甘えることはできないけれど、ケンイチの役に立ちたい。貴方の力になりたい…」
エリーゼはそう言って、小さな宝石を俺の手に握らせた。その手のひらは、少し震えていた。彼女の静かな執着は、ルナの直情的な甘えとは全く異なる、重く、そして深いものだった。
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「ケンイチさん、少し、いいですか?」
ルナとエリーゼが言い争っている間に、アリスが俺を呼び出した。彼女は俺を連れ、迷宮の奥にある、小さな滝の裏へと隠れた。滝の水が流れ落ちる音が、俺たちの会話を遮る。
「私…ケンイチさんに、伝えたいことがあって…」
アリスは小さな声で、そう呟いた。その声は、滝の音にかき消されそうだった。彼女はゆっくりと、俺の胸に手を当てる。
「ケンイチさんが、いつも一人で戦ってきたって知って…私、すごく胸が痛かったんです。私には、ケンイチさんのような力はない。でも…ケンイチさんが迷宮に潜っている間、私が作ったお弁当を食べて、少しでも温かい気持ちになってくれたらって…」
アリスはそう言って、バスケットから湯気の立つお弁当を取り出した。それは、今日俺が食べたものと同じものだ。
「これ…ケンイチさんが一人で迷宮にいた頃、いつか出会えたらって思って、毎日作っていたんです…」
彼女の瞳は、潤んでいる。彼女の世話焼きで献身的な行動は、すべて俺の孤独を埋めるためだった。俺は何も言わず、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。彼女の想いは、迷宮の冷たい空気さえも温める、陽だまりのような温かさだった。
俺は呆然とした。一人一人が、俺のためにサプライズを用意していたなんて。
なんだこれ…!俺、前世ではこんなモテ期、一度もなかったぞ!?…いや、待て。これは罠だ。こんな甘い罠、剣聖スキルで突破できるのか?いやいや、無理だ。剣聖スキルは、魔物の急所を正確に斬り分けるけど、女の子たちの心までは斬り分けられない。この迷宮、ボスは魔物じゃない。この三人だ。そして、俺の剣聖スキルは、戦闘には最強だけど、恋愛には無力だ。…まさか、俺のチート能力、実は「迷宮探索能力」じゃなくて、「ハーレムイベント発生能力」だったのか? そうか…! 俺が求めていた孤独な剣士生活は、このイベントを発生させるためのチュートリアルだったんだ! ルナの無邪気な甘え、エリーゼの静かな独占欲、アリスの献身的な愛情…三者三様の愛情表現を前に、俺はただ剣を振るうだけではダメらしい。…これは…迷宮の最深部よりよっぽど難易度が高いんじゃないか…!?
俺は、これから始まる最高のハーレム生活に、新たな使命感を見出すのだった。
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