第23話 アモリア島④

 海羽達は、久我と対決した場所から少し離れた天然の洞窟に身を隠していた。時刻は三時半を回っている。二人は三角座りで身を寄せ合っていた。

 制服は濡れているが、二人の顔は晴れやかだった。


「五時半には台風も通り過ぎるみたい。そしたら」

「小型船舶で脱出でしょ? 運転なら任せといて。あと、悠真からメッセージ来てた。桐谷さん達は無事に沖縄本島に逃げ切れたって。黒川のおかげで、色々スムーズみたい」

「よかった。……そういえば、ヒカリちゃん。誕生日おめでとう」


 ヒカリは一瞬、キョトンとした表情をしたが、すぐに笑顔になった。


「色んなことがありすぎて完全に忘れてたっ。そっか、あたし十八になったのか」

「不安?」

「スコアが確定することが? そんなの聞かなくても分かってるくせに」


 ヒカリがニヤリと笑うので、海羽もクスクスと笑った。


「そうだね」

「ってか、あたし、海羽の誕生日まだ知らないんだけど」

「二月十四日だよ」

「バレンタインじゃん。じゃあ誕生日プレゼントはチョコだね」

「お父さんからの誕生日プレゼントが毎年チョコだから、できれば違うのがいいな。でも、私、ヒカリちゃんに贈れるプレゼント何もないや。あとで何か用意するね」


 ヒカリは顔を下に向ける。


「……もう貰ったよ。一生分のプレゼント」

「それを言うなら、私だって」

「そっか」

「うん。あ、そういえば桐谷さんが、逃げ切ったらトマトを食べに来いって」

「じゃあ食べに行かなきゃだね。勝さんに貰ったバイクも取りに行かなきゃだし」


 そんな風に二人は、嵐が過ぎ去るまで他愛もない話をし続けた。



 五時半になり、雨が止んだのを確かめると、二人は洞窟から出た。黎明の空は、雲一つなく、白んでいた。


「行こうっ」


 ヒカリの言葉に海羽は頷き、海岸沿いを走ると、小型船舶に乗り込む。ヒカリがエンジンをかけて、海羽はロープを外した。


「出発進行―っ!」


 ヒカリはシフトレバーを上げて、ハンドルを切った。

 本島へと向かう途中で、水平線から太陽が顔を出した。


「綺麗だね」


 海羽が呟くとヒカリが口を開いた。


「新しい人生の始まりって感じ」


 ヒカリのシビルバンドが三度振動する。ヒカリがチラリとシビルバンドを確認すると、最終スコアが確定したことの通知だった。


「スコア決まったみたい」


 ヒカリはスコアを空間ディスプレイに表示させる。そのスコアを見て、ヒカリは笑った。


「どうしたの?」


 ヒカリは隣に座っている海羽に自分のスコアを見せた。ディスプレイには【0】と表示されている。


「あたしって、最高にいい女じゃない?」


 とびっきりの笑顔でそう口にするヒカリを見て、海羽は爆笑した。


「ぐひゅっ! あははっ!」


 自分から出る音がおかしくて、更に笑ってしまう。お腹が痛くて、涙が止まらない。こんな風に笑ったのは、きっと生まれて初めてだ。おかしくて、胸があったかくて。


「やったっ! 初めて海羽が爆笑したっ!」

「その、ネタは、狡いよ……。ぶっ! くくくっ!」

「ついに生み出しちゃったな。金の卵」


 ニヤニヤと笑うヒカリとお腹を抱えて笑う海羽を乗せて、船は未来へと進んでいく。

 青い空と蒼い海だけがどこまでも広がっていた。


 了

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名前のない感情 天海 潤 @Amami_Jun

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