27 狐火と暗黒ゴーレム 環境破壊を回避せよ!

「暗っ」


 ダンジョンに足を踏み入れた剣奈の最初の一言がこれである。当然である。現世の日原ダンジョン(日原鍾乳洞)には電気が通され明かりがともっていた。幽世ではそんな設備はない。

 明かりのない洞窟は本当に暗いのである。玉藻と白蛇は平気である。闇夜を見通す目を持っているからである。妖気の力でなのだろうか。

 本来なら……、剣奈も平気なはずである。盲視を使えばいいだけである。しかし、人の理を捨てきれない剣奈である。闇を嫌がった。いや、ただ怖がりなだけか……


 ポワッ


「これでいかがかしら?」


 いきなりふわりと明かりがともった。狐火である。玉藻はほとんど妖力を消費せずに狐火を出すことができる。剣奈が喜ぶなら安いものである。


「うわぁ!すごいすごい!」


 剣奈、大喜びである。玉藻、ご満悦。


「うふふ。お安い御用よ?」

「ありがとう!」

「まかされましてよ?」


 玉藻が優雅に微笑んだ。剣奈は元気にダンジョンを進み始めた。


 ピキリ


 どこかで何かが割れる音がした。


 ゴゴ、ズリッ、ゴゴ……

 ズズズズ……

 ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ

 パラパラパラパラ


 岩の音がダンジョンに反響した……。岩のすれる音。岩の削れる音。岩が崩れる音……、地鳴りの響き。


 ピチャン


 剣奈の頬に天井から雫がしたたり落ちた。揺れるダンジョンが雫を落としたのである。足元からも振動が伝わってきた。

 

「え?なんだろう。だれかダンジョンを壊してる?ダメなのに……」


 パラパラパラ


 剣奈の頭上から岩の破片が落ちてきた。そんな気がした。不安になった剣奈は目を凝らした。前方を見た。狭いダンジョン通路のその先。ナニカが……いた。


 それは……、真っ黒な土の塊であった。いや、岩だった。大きな岩、黒いガマ岩が……のそのそ、ずるずると歩いてきた。剣奈に向かって。ダンジョンの岩壁を崩しながら。その巨体を阻む壁を破壊しながら……

 

 ソレは黒かった……。禍々しい暗黒の靄に覆われていた。暗黒巨ガマが……現れた……


「ゴーレムだ!ゴーレムが出た!」


 ――むむむ。そうきたか剣奈よ。では暗黒巨ガマ、あらため暗黒ゴーレムでいいか……。ちぇ。剣人ワールドめ。


 巨大な岩の塊……暗黒ゴーレムが剣奈に迫ってきた!


「んんん。このままじゃあダンジョンを壊されちゃう。環境破壊回避!よし。作戦通り外におびき出そう」


 ビシャァ


 何かが飛んできた。黒かった。液体だった。それはまさに先ほどまで剣奈がいた空間に向けて吐き出されていた。


 ジュワァ


 床が……、溶けた……。剣奈は間一髪でドロドロに溶かされるのを免れたのである。酸っぱい匂いがした。酸だった。酸が、石灰岩でできたダンジョン壁を溶かした。

 強酸である。人にかかればひとたまりもないであろう。剣奈の皮膚は爛れ、焼け、煙を噴き出すであろう……


「あ、あいつ!さらに自然破壊を!」


 ――えっ?そういう問題?


「急いでダンジョン外へ誘導っ!」


 剣奈は駆けだそうとした。後方に向かって。ダンジョン出口に向かって。


 しかし……


 ガキッ バリバリバリ

 ゴリゴリゴリ

 バキバキバキ


「あああああ!ゴーレムの方がダンジョン通路より大きいよ!どうしよう!ダンジョンが……ダンジョンが壊されちゃうよ!」剣奈が涙声になった。


「殺りましょうか?一瞬で消して差し上げますわ?」玉藻がどこか得意げに言った。


「だめ!まだ窮地じゃない!きゅうちゃがやるともっとダンジョンが壊れる!」剣奈が叫んだ。

「あらあ?でもよろしいのかしら?急がないと……。ダンジョンがもっともっと破壊されますわ?」玉藻が言った。


 その通りだった。暗黒ゴーレムが動くたびに、ダンジョン壁が、ダンジョン通路が、どんどんと破壊されていった。

 剣奈は覚悟を決めた。振り返った。暗黒ゴーレムを見据えた。


 ズルズル バリバリ……

 ゴリゴリ……


 暗黒ゴーレムは近づいてきていた。確実に。そして……、近づくたびに岩肌が……、ダンジョン壁がさらに破壊されていった。


「くっ!んんんん♡」


 剣奈は剣気を肚に溜めた。そして足に流した。


「ケントツバメアターークッ!」

 タッ


 剣奈は跳躍した。左足で地面を蹴って。左足を優雅に折りたたんで。環境破壊をする敵を一気に屠るために。これ以上ダンジョン壁を破壊させないために。刺突翔麗跳しとつしょうれいちょうである。

 しかし。


 ブシュウ


 跳躍した剣奈にナニカが迫った。ダンジョン壁を溶かした暗黒液が……剣奈に迫る。


「ああああ!」玉藻が悲痛な声で叫んだ。


 しかし。


「ん♡」

 タッ

 ヒュッ


 剣奈が空中を蹴った。空中の剣奈が移動した。跳躍の軌道が斜めに変わった。一瞬にして剣奈の身体が左に移動した。

 

 剣奈の足裏に作られたもの。それは……、極薄の剣気結晶だった。極薄の剣気結晶が一瞬だけ剣奈の右足裏に作られた。そしてその剣気結晶を踏み台として剣奈は跳躍の軌道を変えたのである。


「……ああ。そういえばそうでしたわね」


 玉藻がつぶやいた。そして思い出していた。かつて繰り広げた剣奈との闘いを。あの壮絶な闘いを。


(そう……私を倒してくださった時も……。私を助けてくださった時も……、剣奈ちゃんはこのわざをつかってましたわね……。人の身なのに……、空中を自在に飛び回る業……。なんて……、なんて、でたらめな……)


 右足で空中を蹴ってガマの毒液をかわした剣奈である。狭いダンジョン通路。剣奈の左には……すぐにダンジョン壁が迫っていた。


「ん♡」

 タッ

 ヒュッ


 剣奈の声が、嬌声が……、再びダンジョンに響いた。

 剣奈は、左足で空中を蹴っていた。足裏に剣気結晶が作られていた。剣奈は、真後ろの空間を蹴った。

 よけた勢いそのままにダンジョン壁に当たり、ダンジョンがこれ以上壊れるのを避けたかったのである。ダンジョン壁を蹴ることもためらわれたのである。

 

 剣奈は暗黒ゴーレムから見て斜め右にいた。そこから猛烈な勢いで小娘が飛び込んできた。


 ヒュッ


 剣奈の身体が右半身になった。来国光が突き出された。空気を裂く音がした。樋鳴りの音がした。

 左足はバレエのグラン・ジュテのように後ろ側にスラリと伸びた。左ひざはパ・ドゥ・シャのように優雅に折りたたまれた。刺突翔麗跳しとつしょうれいちょうである。

 

 突き出された刺突。それが暗黒ゴーレムに迫る。しかし暗黒ゴーレムは岩である。


(来国光の刃が通るものなのか?)


 誰もがそう思った。来国光自身でさえ。


 しかし。


「んああああああ♡」


 白黄の輝きに包まれた刀身は、来国光の白黄輝の刀身は……、暗黒ゴーレムに突き刺さった。そしてそのまま……、飛び込んだ剣奈は……、暗黒ゴーレムの中に、巨大なガマ岩の中に消えた。


 ブワッ

 タッ


 暗黒ゴーレムが黒塵と化して空中に溶けた。暗黒ゴーレムのいた少し後方に剣奈は着地した。折りたたまれていた右足を伸ばして。


 剣奈は振り返った。暗黒ゴーレムはもはや痕跡すらなかった。暗黒ゴーレムに取りついていた邪気は来国光の刀身を纏っていた白黄の剣気によって完全に浄化されていた。

 

 玉藻が見えた。微笑んでいた。狐火に照らされて微笑む顔はどこか寂しそうな、懐かしいものを見るような、慈しむような、そんな顔に見えた。


「きゅうちゃ?環境破壊はダメって方針だったのに……。ダンジョン壁、削られちゃったね……。怒ってる?」


 剣奈が聞いた。


 玉藻はふわりと笑った。


 タッ


 玉藻は跳んだ。剣奈に向けて。そしてそのままの勢いで剣奈を抱きしめた。


 ムギュウ


「き、きゅうちゃー」


 玉藻の下乳が剣奈の顔を覆った。下乳に埋まった剣奈は息が出来ずに顔を真っ赤にした。


「あっ」


 玉藻が抱擁を緩めた。

 

「むう。確かにさ……。きゅうちゃには攻撃禁止っていって……。なのにダンジョン壊されて……。怒ってるのはわかるよ?でも……。えっと……、ごめんね……」


 剣奈が勘違いしたまま謝った。


 玉藻は微笑んでいた。大切なものを見守るように……

 

 

 

――――


*「空中を自在に飛び回り九尾と闘う剣奈」::『剣に見込まれヒーロー(♀)に 第八章』「161 闇を裂く跳躍 無自覚の天才が生む驚愕」など

 

 

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