13 通りかかったたおやかな女性 大炎上のSNS 激動の関連組織


 明らかに雰囲気の変わった龍成、剛志、隼人である。しかし調子に乗った三人娘は気づかない。いや、それどころか、


(ガラの悪い大人に立ち向かううちら、カッコイー)


などと的外れな優越感すら抱いていた。


「ねえ、あんたたち男気あるよね!その顔で家から出てこれる心臓!うっわっ!カッコいい!」真由が半笑いで言った。

「うちらの前でイキるとか、ギャグ?おもろ!身の程知らずで一生笑い者だわ!」彩花が言った。

「その立ち方最高!はいカメラ!お笑い講座始めまーす」真由がニヤニヤしてスマホを向けた。


 ガシッ バキッ


 龍成が向けられたスマホを取り上げた。そして地面にたたきつけた。そして目前でボキボキッと指を鳴らしていった。


「お嬢さん方よ。ちょっとおいたが過ぎたようだな」マジ顔で龍成がすごんだ。

「ガキがよぉ。調子乗ってんじゃねぇぞ」隼人が同調した。


 ボキボキッ


 剛志がタトゥーの入った太い腕を見せつけながら指をボキボキ鳴らした。


「お嬢さんよ。お兄さんよぉ。ちっと耳がわるくなったかなぁ。もっぺん言ってくれるかな?」


 龍成が優しく言った。その顔は……その目は……笑っていなかった。

 

「おい。大人の義務だよなぁ?ガキが間違った人生歩んでんだよな。大人の礼儀をよ、教えてやるのが親切ってもんだろっ?俺ら優しいからよ」龍成が静かに言った。


 バンッ


 隼人がビルの壁を叩いた。


「オラ!こっち見ろや。言えや?次ふざけた口きいたら歯ァ全部なくなるぜ?」


 三人の半グレたちは三人の女児を取り囲んだ。そして徐々に女児らを追い詰めていった。路地裏に……


 バシーン!


 真由のカバンが取り上げられ、地面にたたきつけられた。


「う、ううううぅ」七海が嗚咽をあげて泣き始めた。


「はぁ?それなんや?涙っちゅうやつか?今更か?」隼人がせせら笑った。

「泣くのはもっとあとかな?お嬢さんよ。ちゃんと調子乗れねぇ身体にしてやるよ。初めてだよな?裂けるだろうな。まあぶっ壊してやるんだけどな」


「「「はははははは」」」


 龍成がニヤリと笑った。本気だった。龍成の声は低く殺気に満ちていた。辺りの空気が真っ黒に凍りついていった。


 ガタガタガタ


 三人娘、全員お嬢さん方である。命のやり取りなどしたことがなかった。当たり前である。

 本気の脅しを前に、全員、本能的に命の危機を感じていた。足がガタガタ震えた。太ももがナニカで濡れていた。

 彩花、七海、真由の三人は生まれて初めて真の恐怖を感じた。命の危機すら感じていた。


「あらぁ?どうなさったのかしら?」


 後ろからのんきな声がした。絶世の美女が立っていた。


「お姉さんよ。ちょっと取り込み中なんだ。わりぃが向こう行ってくれねぇか?お姉さんにゃ関わりのねぇこったろ?」


 龍成が優しく、しかし明らかに凄みを効かせて言った。


「あらあ?でも、その子たち泣いていますわ?」


 女がきょとんとして三人娘を見て言った。


「私、、女の子がいじめられるのを見るの……好きじゃないの。見逃してあげてくださらないかしら?」


 女が言った。龍成は思った。


(はぁ。世間知らずのお嬢さんか。正義感で口をはさんできたってことね)


 龍成は何度も経験していた。この手の正義女はちょっと水を向けてやればあっさり身代わりを申し出るのだと。

 そしてその正義女を、いたぶって……いたぶって……涙にくれさせるのはなんともゾクゾクする遊びだということを。


 龍成は女を見た。いい女だった。たおやかで、上品で、肉付きはエロかった。男性経験はゼロか数人程度の様に思えた。壊しがい、堕としがいがありそうだった。


「許してください……。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 この正義女の泣き謝る声を聞きたくなった。鼻水垂らして泣きわめく無様な顔が見たくなった。許しを請う顔が見たくなった。


 (当然許してなどやらねえがな)


 生意気なガキどもなど、もうどうでもよくなった。


「いいぜ。姉ちゃんが相手してくれるならな」


 龍成がいやらしい目つきで女を品定めしながら言った。ニヤニヤしていた。下卑た笑いだった。女を……完全にモノ扱いしていた。


 ピキリ


 その醸し出した雰囲気は地雷だった。めったに怒らないその女にとって、数少ない怒りスイッチだった。

 その雰囲気は……女に……闇坂村のことを思い出させた。

 

 ボロボロに凌辱された玲奈。そしてあわや身を穢されようとしていた剣奈。

 女の心に静かな怒りが生まれた。女の目が目が赤く光った。男たちはそんな気がした。


「あらぁ?どんなことをしてくださいますの?」


 女が、世間知らずそうな女が、何の警戒感もなく穏やかに返答した。そう聞こえた。

 半グレ男たちは色めき立った。もはやイキったガキどものことは彼らの頭から消え去っていた。

 ガキを使ってもおもちゃが壊れるのが面白いだけ。肉体的満足感は得られない。そんなことはわかっていた。


(ガキどもなんぞもうどうでもいいわ)


 龍成は思った。今から極上の女が手に入るのだ。壊すまでいたぶってやればいい。正義感の強い世間知らずのお嬢さんを壊すのは楽しそうだった。肉体的にも十分楽しめそうだった。

 

(壊すまで遊ぶか……。薬漬けにしてずっと飼ってやりゃあいいさ。これほどの上玉だ。飽きることはなかろう。まあ飽きても風呂に沈めればいいだけだけどな)


 男たちはニヤニヤ笑いながら女に近づいていった。


 フワッ


 女の左腕がかすかに動いた。たおやかな動きだった。剛志はけんかに明け暮れていた。ジムで鍛え上げた筋肉の鎧を身に着けていた。身体は分厚かった。熊のような胸板だった。丸太のような腕だった。身長百八十cm、体重九十二kgの巨漢だった。

 その熊のような凶暴な体が。


 バゴォーッ


 水平に吹っ飛んだ。


 女は細心の注意を持って力を抜いていた。女の感覚では極限まで力を抜いたはずだった……軽く振ったはずだった。命を奪わぬようにどいてもらうだけのはずだった。軽く腕を動かすだけにとどめたはずだった。

 

 その左腕は……筋肉だるまの剛志の右頬を打ち抜いた。その衝撃は一瞬にして剛志の意識を奪った。剛志は吹っ飛んだ。そして……ビルの壁面にたたきつけられた……

 

「あらぁ?ものすごく力を抜きましたのに……難しいですわね。手加減って……」


 女が優雅に微笑んだ。龍成は……喧嘩に明け暮れ、瞬時に彼我の強弱を見抜く目は……見開かれた。


(あれは関わっちゃいけねぇ奴だ。とんでもねぇ……バケモンだ!)


 龍成と隼人は後ずさった。剛志のことなどどうでもよかった。今は……自分の身を守ることが最大の優先事項だった。

 龍成と隼人は後ずさった。ジリジリ……と。猛獣を前にした狩人のように…… そして……

 

 女から数メートル。


 龍成と隼人は思った。女の間合いから完全に離れたと。そして。


 ダッ!


 男たちは……逃げ出した……。脱兎のごとく。全速力で走り去っていった。


「あらぁ?どうなされたのかしら?」


 女は走り去っていく男たちをきょとんと眺めた。そして頬を緩めた。唇角が優雅に引き上げられた。


「お嬢さん方。もう大丈夫でしてよ?気をつけてお帰りなさい?」


 女が、彩花、七海、真由に言った。呆然とする三人である。


 女は優雅に笑った。そしてそのまま静かに立ち去っていった。


 女は気づいていなかった。その少女たちが……剣奈をいじめている女子グループだと……


 女児らは見とれた。そのあまりにもの美しさ、優雅さ、気品、猛烈な強さに。女が去ってからも茫然自失として見とれていた。


「あっ!名前!」


 女は何も言わずに立ち去った。少女らは女の名を聞きそびれた。しかし……その美貌は……絶世の美貌は……彼女たちの脳裏に焼きついた。そして終生忘れることはなかったのである。



 ――――


 この光景、一部始終を通行人がスマホで動画撮影していた。そしてSNSに「吉祥寺で美女が半グレ撃退」として投稿された。

 この投稿は瞬く間に拡散された。「#吉祥寺奇跡の美女」、「#路地裏の女神」、「#美女が半グレ撃退」 などのタグがトレンド入りしていた。

 動画の中では倒された男性の姿が鮮明に映されていた。ネット上では「やりすぎ」「正義の味方現る」「これは警察沙汰?」と議論が沸騰した。まとめサイトで拡散される事態にまで発展した。

 

 現場にはほどなくしてパトカーが到着した。規制線が張られた。警察官が目撃者への事情聴取を開始した。その場で立ち尽くしていた三人娘も、動揺したまま事情聴取されることとなった。


 

 ――その夜 内調第二分析室


「SNSは「キン」の話題で持ちきりだな……」柴崎がつぶやいた。

「現場映像、「X」および「インスタ」で大炎上中です。警察庁サイバー警察局、警視庁サイバー犯罪対策課、組織犯罪対策部、少年担当、すべて動員されましたっ」伊藤が発言した。

「本件、本部側から「特別捜査本部」設置の通達がありました。警視庁本部刑事部長直轄、強行犯、組対、サイバー、少年対策、各セクションから計百五十名規模だそうです」中川が真剣な表情で付け加えた。


 柴崎が強い口調で指示をだした。

 

「伊藤!中川!」

「「はっ!」」

「「キン関連」は他言無用だと伝えろ!警察庁サイバー特別捜査部、都下サイバー犯罪対策課の一部チームにも該当案件班には触れるなと伝えろ!解散指示を出せ!絶対、漏らすなと指示を徹底しろ!」 柴崎が低い声で指示を飛ばした。

「「はっ!承知しました!直ちに徹底します!」」中川と伊藤が答えた。

 

「しかし……「キン」の「力」はえげつないな……」


 鈴村がぼそりとつぶやいた。


 その夜、分析室の灯りは煌々としていた。その灯と声は、人の気配は……日付が変わっても……、いつまでも、いつまでも……絶えることがなかった。

 

 

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