第6部-第103章 過去との決別
夏祭り当日。
提灯が揺れ、太鼓の音が夜空に響く。
広場は浴衣姿の子どもや家族連れであふれ、笑い声が絶えなかった。
浩一は焼きそばの屋台の手伝いを任され、汗をかきながらも必死に麺を炒めていた。
「おじさん、もう一つ!」
子どもが嬉しそうに声をかける。
その顔を見るたびに、心の奥が温かく満たされていった。
――俺も、やっとここにいていいのかもしれない。
だが、人混みの向こうに山田の姿を見つけたとき、胸の鼓動が急に速くなった。
山田は缶ビールを片手に、こちらを見ながらニヤついていた。
そして近づいてきて、わざと大きな声で言った。
「おい浩一! 五十にもなって焼きそば屋か? やっと社会見学かよ!」
周囲の視線が集まる。
かつてなら、浩一は黙って下を向いたに違いない。
だが今は違った。
浩一は手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうだ。俺は五十まで何もできなかった。でも、今こうして子どもたちが笑ってくれるなら、それでいい」
その言葉は、震えながらも力強かった。
山田は一瞬、言葉を失い、周囲からは「いいこと言うな」「立派だよ」という声が漏れた。
「俺はもう、逃げない。過去の俺がどうだったかじゃなく、今の俺を見てほしい」
その瞬間、子どもたちの「おじさん、がんばれー!」という声援が響き渡った。
山田は気まずそうに肩をすくめ、そのまま人混みの中に消えていった。
夜空に花火が打ち上がる。
大輪の光が広場を照らし、浩一の顔を赤く染めた。
――五十歳の自分が、ようやく過去から解放された。
胸の奥で、何かが静かに終わり、そして新しく始まった気がした。
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