第2部-第12章 母のやさしさ

短期バイトを辞めた翌朝、目が覚めたのは昼近くだった。

 カーテンの隙間から射す冬の光が白く、部屋の空気はぬるい。

 布団から出ると、台所から味噌汁の匂いが漂ってきた。


「起きたの?」

 母はいつものように穏やかな声で言い、温かい味噌汁と焼き鮭を用意してくれた。

「……ごめん、またやめちゃった」

「いいのよ。合わなかったんでしょ」

 その一言が、胸にじんわりと広がる。安堵と、情けなさが入り混じった感覚。


 昼食を終えると、母はこたつで編み物を始めた。

「浩一、寒いからこれ着なさい」

 差し出されたのは、去年編んでくれたセーター。少し伸びて形は崩れているが、着るとやっぱり暖かい。

 その温もりが、部屋に留まる理由をさらに強くしてしまう。


 午後はテレビをつけて、母と二人でワイドショーを見た。

 芸能人の離婚や新しいドラマの話題。笑ったり驚いたり、そんな何気ない時間が続く。

 気づけば夕方になり、外はすっかり暗くなっていた。


「晩ごはん、何がいい?」

「何でも」

「じゃあ、あんたの好きな肉じゃがにしようか」

 母は買い物袋を持って外に出て行った。

 その背中を見送りながら、浩一は思った。

 ――俺、このままでいいのか?

 答えは、出なかった。出す気力もなかった。


 夜、母が作った肉じゃがは甘くて、じゃがいもはほろほろと崩れた。

 箸を動かすたびに、「やっぱり家が一番落ち着く」という感覚が強まっていく。

 外での失敗や緊張、疲労から解放され、この安心感に浸っているうちは、きっとまた外には出られない。

 それがわかっていても、浩一はこたつの中で足を丸め、眠気に身を委ねた。

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