きらめき☆フルーツドロップス

鳴里

第1話

キャラクター紹介:性格と関係性


醸崎 みのり(かもさき みのり)

性格:基本的に温厚で、誰にでも優しく接する聞き上手な少女。クラスでは学級委員を務めるなど、真面目で責任感が強い。普段は少し引っ込み思案に見えることもあるが、その心の内には、一度決めたことを最後までやり遂げる、岩のように固い意志を秘めている。友達や家族など、自分の大切なものが傷つけられた時には、普段の穏やかさからは想像もつかないほどの怒りと行動力を発揮する。


関係性:三人の中では、全体の調和を保つバランサーであり、グループの中心的な存在。暴走しがちなりんごを優しくなだめ、心を閉ざしがちなキリカの言葉を辛抱強く待つことができる。幼馴染であるとおるのことは、家族同然に大切に思っており、彼の夢を誰よりも応援している。


甘夏 りんご(あまなつ りんご)

性格:底抜けに明るく、常にエネルギッシュなバスケ部のエース。考えるよりも先に体が動く行動派で、少し難しい話をされると頭がパンクしそうになることも。裏表のない性格で、誰とでもすぐに打ち解けられる太陽のような存在。友達が落ち込んでいるのを見ると、じっとしていられず、全力で元気づけようとする。


関係性:三人の中では、ムードメーカーであり、停滞した空気を打ち破るエンジン役。引っ込み思案なみのりの背中を押し、彼女がリーダーとして成長していくきっかけを与える存在。物静かなキリカに対しても、物怖じせずに話しかけ、彼女を外に連れ出すことが多い。同じアスリートとしてとおるのことも尊敬しており、彼の努力を認めている。


月乃 キリカ(つきの きりか)

性格:クールで無口、滅多に感情を表に出さない。しかし、その静けさの裏では、常に物事を深く観察・分析している。論理的思考に長けており、問題の本質を的確に見抜く鋭さを持つ。一見冷たく見えるが、仲間を見捨てるようなことは決してせず、内に秘めた友情は誰よりも熱い。不器用なりの優しさを持つ、三人の中の参謀役。


関係性:自分のことを根掘り葉掘り聞かず、静かに傍にいてくれるみのりには、深い信頼を寄せている。活発なりんごとは正反対の性格だが、彼女の真っ直ぐな善意を理解しており、時に的確なツッコミやアドバイスを送る。とおるに対しては、友人として心配しつつも、彼の身に起きた「事象」を冷静に分析し、デカダンの正体を探る手がかりを見つけようとする。


成宮 とおる(なるみや とおる)

性格:陸上部に青春を捧げる、真っ直ぐで努力家の少年。目標である県大会出場に向けて、日々ひたむきに練習に打ち込む、爽やかなスポーツマン。誰にでも気さくに接する、快活な性格。夢を語る時には、少年のような輝きを瞳に宿す。


関係性:みのりとは、家も近所の幼馴染。彼女の優しさを当たり前のように受けつつも、心から感謝している。りんごとは、部活は違えど、お互いを高め合う良きライバルのような関係。キリカのことは、少し変わっていると思いつつも、みのりやりんごと同じように、大切な友人だと認識している。彼が持っていた「ひたむきな夢」は、この物語の全ての始まりとなる。


【敵組織:虚ろなる宴(うたげ) アルテミシア】


首領: 緑の魔女(グリーン・ウィッチ)

アルテミシアを統べる謎の存在。その心は深い孤独と、世界への渇望で満たされていると言われている。


【アルテミシアが生み出す怪物】


デカダン (Décadent)

発生原理:人々の心に芽生えた「怠惰」「嫉妬」「依存」といった負の感情に、緑の魔女が放つ『惑わしの吐息』が触れることで、魂が変質し怪物となる。


特徴:倒されると、その力の源となった負の感情に応じた、甘くもどこか心を蝕むような「退廃の香り」を残して霧散する。


【アルテミシアの幹部たち】

首領である「緑の魔女」に仕える、それぞれが特異な「力」を持つ幹部です。


1. 破壊の化身 スピリタス


人物像:感情という概念を持たず、ただ首領の命令に従い、全てを消し去る純粋な『力』の化身。彼が歩いた後は、あらゆる物質がその熱量に耐えきれず蒸発してしまうと言われている。魔法少女たちの防御魔法すら容易く貫通する、絶対的な攻撃力を誇る。


2. 幻惑の策略家 メチル


人物像:禁じられた術法で精製された『偽りの蜜』を操る、冷酷な策略家。その蜜は、味わった者にこの上なく甘美な幻を見せるが、魂を内側から蝕む猛毒でもある。人々の間に巧みに紛れ込み、偽りの救済を囁いては絶望に突き落とすことを愉しんでいる。


3. 腐敗の錬金術師 ヴィネガー


人物像:元々は、聖なる泉の水を汲み、人々に癒しを与える『聖水』を作ることを目指していた術師。しかし、自分を超える才能への嫉妬から心が歪み、あらゆる力を腐らせ、変質させる『瘴気の水(しょうきのみず)』を生み出すようになった。

「清らかな力」を持つ魔法少女たち、特にその中心であるみのりを強く憎んでおり、彼女たちの絆や希望を「くだらないもの」と否定し、その心を腐らせようと執拗に狙う。


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ヴィネガー:「また…! またしても我らの『デカダン』が浄化されたとは! これで今月に入って何度目だ!?」


メチル:「あらあら、ヴィネガー。そう熱くならないで。あなたの『瘴気の水』が煮詰まってしまいますわよ?」


ヴィネガー:「黙れ、メチル! 貴様のやり方が甘いからだ! 『夢』だの『情熱』だの、まどろっこしいものをチマチマと摘み取っている間に、あの小娘どもに嗅ぎつけられるのだ!」


メチル:「ふふ、おかしなことをおっしゃる。力任せに魂を傷つけようとするあなたのやり方こそ、ただ警戒心を煽るだけ。美しくありませんわ。私の『偽りの蜜』は、どんな固い殻でも…内側から静かに溶かしてしまうものですのに」


ヴィネガー:「詭弁を…! そんなやり方で、いつになれば『翠玉の涙(エメラルド・ティア)』が完成するというのだ! 緑の魔女様をこれ以上お待たせするわけには…!」


メチル:「焦りは禁物ですわ。完璧な『作品』のためには、最高の『素材』が必要。それに…苦しむ姿は、じっくりと楽しまなくては。ねぇ?」


ヴィネガー:「……っ!」


(ヴィネガーがメチルを睨みつけ、二人の間に険悪な空気が流れる。その空気を断ち切るように、低い声が響いた)


スピリタス:「…………不要だ」


メチル:「…え?」


スピリタス:「問答は、無意味。砕けば、終わる」


(スピリタスの言葉には、感情のかけらも無い。ただ、絶対的な事実として、その場の空気を支配した)


メチル:「……ふふ、ふふふっ。さすがはスピリタス。単純明快ですこと。ええ、あなたの言う通り。最終的には、砕くだけ」


(メチルはくすくすと笑いながら立ち上がり、ステンドグラスの前に立つ)


メチル:「ですが、ただ砕くだけでは、最高の『叫び』は聞こえてきませんわ。次の『宴』のゲストは、わたくしが決めてありますの」


ヴィネガー:「……何だと?」


メチル:「あの娘たちが、なによりも守りたいと願っている『日常』…。その中心にいる、か弱くて純粋な人間たちにしましょう。希望を根こそぎ奪われた時…あの『清らかな力』は、一体どんな色に染まるのかしら…?」


ヴィネガー:「……ちっ。下劣な手を」


メチル:「あら、褒め言葉と受け取っておきますわ。さあ、緑の魔女様はどちらの『余興』をお望みになるかしらね…?」


(メチルは嘲るように笑い、スピリタスは沈黙を保ったまま。ヴィネガーは忌々しげに舌打ちをし、広間には再び、緑色の不気味な光だけが揺らめいていた)


【場面転換:越乃実の街】


みのり:(M)わたし、醸崎みのり。この海と山に囲まれた街で生まれ育った、ごく普通の高校二年生──だった、はずなんだけど、最近はちょっとだけ、事情が違う。


みのり:(M)坂道の途中、いつもの場所で足を止める。ここから見るわたしたちの街が、わたしは昔から好きだった。丘の上から港まで続く、オレンジ色の屋根が連なる家々。その向こうには、太陽の光を反射してきらきら光る穏やかな海。反対側を振り返れば、おじいちゃんの葡萄畑もある、緑豊かな山並みが広がっている。時間がゆっくりと流れる、本当に、穏やかで優しい街。


みのり:(M)こんなに平和な場所に、あの異質で、甘ったるい『退廃の香り』を纏った影が潜んでいるなんて、誰も信じないだろう。……ううん、信じさせちゃいけない。


みのり:(M)この景色を、この日常を、わたしが守らなくちゃいけないんだ。……わたし一人の力じゃ、到底無理だけど。


(視線を坂の上へ向ける。待ち合わせ場所の古い桜の木が見える)


りんご:「みのりー!おっそーい!」


みのり:(M)きっと、りんごはもう着いていて、そうやって大声でわたしを呼んでいるんだろうな。甘夏りんごちゃん。太陽みたいに明るくて、真っ直ぐで。わたしが立ち止まると、いつだってその強い力で腕を引っぱってくれる。失敗して落ち込んでも「なんとかなるなる!」って笑い飛ばしてくれる、わたしの自慢の友達。


みのり:(M)そして、その隣にはきっと、キリカちゃんがいる。月乃キリカちゃん。りんごとは正反対で、月みたいに静かな女の子。口数は少ないけど、誰よりも周りが見えていて、わたしが言葉にできない不安も、彼女だけは気づいてくれる。


キリカ:「……考えすぎ。あなたは、あなたのままでいい」


みのり:(M)ぶっきらぼうに聞こえるけど、その一言に、わたしがどれだけ救われてきたか。太陽みたいなりんごと、月みたいなキリカちゃん。その二人に挟まれていると、ちっぽけなわたしでも、なんだか特別な人間になれたような気がするから不思議だ。


(みのりは、きゅっと唇を結び、再び坂道を歩き始める)


みのり:(M)りんごがいて、キリカちゃんがいる。

二人と笑い合えるこの日常が、わたしの力の源なんだ。


みのり:(M)だから、わたしは戦える。この街を、大切な友達を、この手で守るために。


みのり:(M)「ルビー・グレープ」……魔法少女としてのわたしの名前。その名に恥じないように、今日も、精一杯。


(坂を上りきると、案の定、桜の木の下で手を振るりんごと、その隣で静かに本を読んでいるキリカの姿が見えた。みのりは自然と笑みがこぼれ、二人に向かって駆け寄っていく)


みのり:(M)わたしの、かけがえのない日常が、今日もここから始まる。


【場面転換 - 日常シーン】

場所: 学校へ向かう通学路。桜の木の下。


みのり:「おはよー!りんご、キリカちゃん! ごめんね、待たせちゃった?」


りんご:「おっそーい!もう首がキリンさんになっちゃうかと思ったよー!」


(りんごが、みのりの腕に自分の腕を絡ませてぶんぶんと振る。その隣で、本を読んでいたキリカがぱたんと静かに本を閉じた)


キリカ:「……おはよう、みのり。別に、待っていない」


りんご:「もー、キリカはまたそんなこと言ってー! みのりが来るまで、3分おきに坂道の方チラチラ見てたくせに!」


キリカ:「……見ていない。風でページがめくれただけ」


みのり:「ふふっ。二人とも、今日も元気だね。さ、学校行こっか」


(三人で並んで、学校への道を歩き始める)


りんご:「ねーねー、今日の朝ごはんなに食べた? わたし、寝坊して食パンくわえてダッシュ! 少女マンガの主人公みたいじゃない!?」


みのり:「あはは、りんごらしいね。わたしは普通にトーストと…あ、おじいちゃんの畑で採れたブドウで、お母さんが作ったジャムを食べたよ」


りんご:「うわー!なにそれ最高!今度おすそ分けして! ね、キリカは?」


キリカ:「…………ブラックコーヒーだけ」


りんご:「え?いまなんて!?」


みのり:「「えぇーーっ!?」」


みのり:「だ、だめだよキリカちゃん! それだけじゃ体に悪いよ? お昼までお腹すいちゃう…」


りんご:「そーだそーだ! 高校生が大人ぶってんじゃないわよー! ちゃんと食べないと、いい『デカダン』は倒せません!」


キリカ:「……っ! りんご、声が大きい…!」


りんご:「おっと、失敬! つい、いつものクセで!」


みのり:「もう、二人とも…。あ、そうだ。今週末なんだけど、駅前に新しいクレープ屋さんができるんだって。よかったら、一緒に行かない?」


りんご:「行く行く!絶対行く! わたし、チョコバナナいちご生クリーム全部乗せのやつ!」


キリカ:「……甘いものは、別に」


りんご:「またまたー! 昨日、スマホで『限定3色ベリーとレアチーズのプレミアムクレープ』って検索してたの、わたし知ってるんだからね!」


キリカ:「…………あれは、昨今の市場における乳製品と果物の価格変動を調査する目的で……」


みのり:「ふふっ、じゃあ市場調査もかねて、だね。決まり!」


(三人で笑いながら角を曲がろうとした、その時だった。キリカがふと足を止め、鋭い視線で薄暗い路地裏の方をじっと見つめる)


りんご:「ん? どうしたのキリカ?」


キリカ:「…………」


みのり:「……何か、いた?」


(みのりの言葉に、りんごの表情から笑顔がすっと消える。一瞬だけ、三人の間に流れる空気が、ただの女子高生のものではなくなる)


キリカ:「……いや。気のせいみたい。……行こう」


みのり:「……うん」


(キリカが再び歩き出す。みのりとりんごは、一瞬だけ顔を見合わせ、静かに頷く。キリカの「気のせい」が、本当は気のせいでないことを、二人は知っているから)


りんご:「よーし! しんみりするのは禁止! 学校遅れちゃうよー! 校門までよーいドンだ!」


(りんごが、わざと大きな声を出して駆け出す)


みのり:「あ、ちょっと、りんご!待ってよー!」


(みのりも慌てて後を追う。その後ろ姿を見ながら、キリカが小さくため息をついた)


キリカ:「……子供。でも……」


(ほんの少しだけ口元をゆるめて、キリカも二人を追いかけるように、静かに歩き始めた)


【場面転換:デカダン密造シーン】


アルテミシアのアジトの最深部にある「腐敗の錬金術師 ヴィネガー」の私的な実験室。壁には奇妙なパイプが張り巡らされ、中央に置かれた巨大なガラスの培養槽の中では、黒い霧のようなものが淀んでいる。緑色の液体が満ちたフラスコが、あちこちで不気味に泡立つ音を立てていた。


(ヴィネガーが、ガラスの培養槽に接続されたコンソールを苛立たしげに操作している。モニターに表示される数値に、彼は忌々しげに舌打ちをした)


ヴィネガー:「……ちっ! また純度が低い。これでは使い物にならん。街の連中は、もっと上質な絶望を吐き出せんのか!」


(彼の背後から、音もなくメチルが現れる)


メチル:「あら、ヴィネガー。今日の『素材』の収集は、あまりはかばかしくないようですわね?」


ヴィネガー:「見ての通りだ。嫉妬、焦り、見栄、諦め…。ありふれた感情の『澱(おり)』ばかりだ。これでは、あの小娘どもを打ち破るような強力な『デカダン』は生まれん」


メチル:「ふふ、贅沢は禁物ですわ。とはいえ、これが我らが可愛い兵隊の源…いわば『魂の澱』ですものね」


(メチルはうっとりと、培養槽の中で渦巻く黒い霧を眺める。それは、街行く人々が無意識のうちに心からこぼれ落とした、負の感情の集合体だった)


メチル:「どんな人間も、心には必ずこうした『澱』を溜めている。我々は、それをほんの少し拝借しているだけ。そして…」


(ヴィネガーが、厳重に封印された小箱から、緑色に輝く気体が封じ込められたクリスタルの小瓶を取り出す)


メチル:「緑の魔女様より賜りし、その聖なる『惑わしの吐息』を吹き込むことで、『澱』は初めて命の形を得るのですから」


ヴィネガー:「……工程を進めるぞ」


(ヴィネガーがコンソールのスイッチを押すと、小瓶から緑色の気体がパイプを伝い、培養槽の中へと注入された。黒い霧は緑の光に触れた瞬間、まるで熱湯を注がれたように激しく泡立ち、収縮と膨張を繰り返す)


培養槽:「────ア……ァ………アアアアアアア゛ア゛ア゛ッ!!」


(培養槽の中から、無数の人間の苦悶を塗りつぶしたような、おぞましい叫びが響き渡る。黒い霧は急速に形を変え、ぼんやりとした人型のシルエットを成していく)


ヴィネガー:「よし…! うまく定着したか。今回のベースは『自己顕示欲』と、それを満たせない『焦燥感』…。なるほど、厄介な性質(たち)になりそうだ」


メチル:「ええ、素晴らしい。承認欲求の塊…といったところかしら。きっと、自分を認めてもらうために、見境なく暴れてくれることでしょう」


(やがて叫び声が収まると、培養槽の中には一体の怪物が静かに佇んでいた。それが『デカダン』だった)


メチル:「さあ、可愛いデカダン。生まれたばかりでお腹が空いているでしょう? 街へ行って、たくさんの『きらめき』…人間たちが大事に抱えている『夢』や『希望』という名の輝きを、お腹いっぱい食べていらっしゃい」


(メチルが優しく語りかけると、デカダンはこくりと頷いたように見えた)


メチル:「そうして集めた『輝きのエッセンス』こそが、緑の魔女様が渇望される、あの『翠玉の涙』を完成させるための、最高の原料になるのですものね?」


ヴィネガー:「……分かっている! さっさと行け! そして今度こそ、あの『フルーツドロップス』どもに浄化されるなよ…!」


(ヴィネガーがコンソールを操作すると、培養槽の壁面が液体のように溶け、デカダンは音もなく実験室の壁をすり抜け、街の喧騒の中へと消えていった)


【場面転換:放課後のグラウンド】


とおる:「ハァ、ハァ…!ラスト一周…!この一本で、自己ベスト更新する…!待ってろよ、県大会…!」


(夕日に照らされながら、成宮とおるは一人、必死にトラックを駆けていた。その時、彼の足元から、影が不自然に滲み出す。)


謎の声:「ククク…いい夢だ…。実に、美味そうな夢の香りがする…」


とおる:「な、なんだ…!?誰だ!」


(とおるが足を止めると、影は意思を持ったように、彼の目の前で黒く歪な塊――デカダンへと姿を変えた。)


デカダン:「我は、デカダン。お前のその輝かしい夢、少々、味見させてもらおうか」


とおる:「夢…?何を言ってるんだ!気味の悪い…近寄るな!」


デカダン:「そう警戒するな。すぐ終わる」


(デカダンが腕を振るうと、影の触手がとおるの体を瞬く間に拘束した。)


とおる:「くっ…!離せ!なんだってんだ、これは…!体が…動かない…!」


デカダン:「さあ、見せてもらおうか。お前の夢の『味』をな…」


(触手がおとおるの胸に突き刺さる。痛みはない。だが、胸の奥から、大切な記憶が、ビジョンが、次々と引きずり出されていく。)


デカダン:「ほう…スタートラインの緊張感。ライバルを追い抜く高揚感。そして…まだ見ぬ、表彰台からの景色か!素晴らしい!実に素晴らしい『情熱』の味だ!」


とおる:「やめろ…!それは…俺の…!俺の宝物なんだ!見るな!触るなァァッ!」


デカダン:「ハハハ!若者の輝きは、我ら『虚ろなる宴』の糧となるのだ!光栄に思うがいい!」


(とおるの抵抗も虚しく、夢のビジョンは全て、光の粒子となってデカダンに吸い込まれていく。)


デカダン:「ごちそうさま。実に、滋味深い夢だったぞ」


(満足したように言うと、デカダンは影の中へと溶けるように消えた。拘束が解け、とおるは糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。)


とおる:「あ……あ……」


(彼は、自分のスパイクを見つめる。何のためにこれを履いているのか、思い出せない。)


とおる:「…なんで…だっけな…」


とおる:「おれ…なんで、こんなに必死に…走ってたんだっけ…?」


【場面転換:みのり視点】


放課後の美術室は、油絵の具の匂いと西日のオレンジ色で満たされていた。

その中で、みのりは一人、キャンバスに向かっていた。


みのり:「うーん……」


(絵筆を止め、少し離れて絵を眺める)


みのり:「このスパイクが地面を蹴る瞬間の力強さ…もっとこう、爆発するみたいな感じにしたいんだけど…。色が、なんだか静かすぎるかなぁ」


友人:「みのり、まだやってたんだ。熱心だね」


みのり:「あ、沙耶。うん、なんだか納得いかなくって」


沙耶:「また陸上の彼?本当に好きだねぇ、みのりは」


みのり:「も、もう!好きとかそういうのじゃなくて!見てると描きたくなるっていうか…なんて言うんだろうな。あの、必死な感じが、キラキラしてて」


沙耶:「わかるよ。みのりの描く彼の絵、本当に光ってるもん。この腕の筋肉の陰影とか、私には絶対描けないよ。でも…」


みのり:「でも?」


沙耶:「なんだか、みのり自身が考えすぎてる顔してる。絵にもそれが出てるかも」


先生:「その通りだな、高木」


みのり・沙耶:「あ、松岡先生!」


松岡先生:「成宮。いい集中力だ。だが、少し『上手く描こう』としすぎているかもしれん」


みのり:「上手く、ですか…?」


松岡先生:「ああ。君が描きたいのは、綺麗なフォームか?それとも、彼がその一瞬に放つ『光』そのものか?」


みのり:「光、です。汗とか、土埃とか、全部を巻き込んで光ってる、あの感じが描きたくて…」


松岡先生:「ふむ。ならば、光ばかりを追うな。光は、深い影があるからこそ、より強く輝くんだ。彼が背負っているもの、振り払おうとしているもの…そういう『影』を意識してみろ。そうすれば、君の描きたい光は、もっと鮮烈になる」


みのり:「影が、光を…。そっか……」


松岡先生:「難しく考えすぎるな。君は、君が見たまま、感じたままを描けばいい。君の絵にはその力がある」


(先生はそう言うと、他の生徒のところへ行ってしまった)


沙耶:「影、かぁ…。深いね」


みのり:「うん…。なんだか、少しだけ見えた気がする」


(みのりはパレットに新しい絵の具を出すと、迷いのない手つきで筆を握り直した)


みのり:「ありがとう、沙耶。先生にもよろしく言っといて!私、もう少し残って描いてく!」


沙耶:「うん、わかった。頑張ってね!」


(一人になった美術室で、みのりはキャンバスに向き直る)


みのり:「見てて。りんご、キリカ…。今度こそ、最高の光、描いてみせるから」


【場面転換:りんご視点】


体育館に、シューズが床を擦る鋭い音と、弾むボールの音が響き渡る。

その中でも、りんごの声はひときわ大きく、快活だった。


りんご:「はい、パスこっち!走って!」


友人:「りんご、ナイスラン!」


(りんごは味方からのパスを受け取ると、流れるような動きでディフェンスをかわす)


りんご:「もらった!そこだ!」


(ゴール下に走り込んだ味方に、ノーマークでパスを通す)


チームメイト:「ナイスアシスト、りんご!」


りんご:「へへっ、今のパス、我ながらキレッキレじゃなかった?」


友人:「ほんと、今日のりんご、神がかってるよ。なんか良いことでもあった?」


りんご:「んー、別に?いつも通りだよ。ただ、なんかさ…」


(息を整えながら、体育館の窓の外に目をやる)


りんご:「みのりが美術室で頑張ってるし、キリカも図書室で難しい顔してるんだろうなって思うと、私も負けてらんないなーって思うだけ」


友人:「あー、なるほどね。あんたたち三人って、いつもそんな感じだよね。別にベタベタしてるわけじゃないのに、すっごい繋がってる感じ」


りんご:「そりゃどーも。よーし、次も一本行こうぜ!」


顧問:「集合!」


(笛の音と共に、部員たちが顧問のもとに集まる)


顧問:「いい雰囲気でやれているな。特にりんご、今日の動きは素晴らしい。視野が広く、チーム全体を動かせている」


りんご:「あざっす!」


顧問:「だが、少し気になっていることがある」


りんご:「え…なんすか?」


顧問:「お前はチームを活かすプレーも、自分で点を取るプレーもできる。だが時々、どっちつかずになることがある。今のパスも素晴らしかったが、お前が自分でシュートを打ってもいい場面だった」


りんご:「あ…」


顧問:「優しすぎるんだ、お前のプレーは。時には、自分がエースだっていうエゴを剥き出しにしろ。チームを勝たせるためにな」


りんご:「エゴ、ですか…」


顧問:「そうだ。仲間を信じることと、自分が決めると信じること。その両方を持って、初めて本物のエースになれる。お前にはその素質がある」


りんご:「……はい!」


(練習が再開される)


友人:「今の、気にしすぎんなよ、りんご」


りんご:「ううん、気にしてる。でも、悪い意味じゃない」


(りんごはボールを強く床に叩きつけた)


りんご:「見てろよ、先生。みのり、キリカ。次のプレーは、私が全部ぶち抜いて、決めてやっから!」


(その瞳には、先ほどまでの快活さに加え、鋭い闘志の光が宿っていた)


【場面転換:キリカ視点】


放課後の図書室は、紙の匂いと、ページをめくる微かな音だけに支配されていた。

キリカは窓際の席で、スポーツ科学や人体の構造に関する専門書を何冊も広げている。


キリカ:「…なるほど。ハムストリングスの効率的な伸展には、やはり体幹の安定性が不可欠。彼が最近取り入れているフォームは、この理論に基づいている可能性が高いですね」


(ノートに、数式と人体の骨格図を組み合わせたような、複雑なメモを書き込んでいく)


友人:「キリカさん、また難しい本を読んでるんですね」


キリカ:「あ、美咲さん。こんにちは。ええ、少し興味がありまして」


美咲:「それ、陸上部の成宮くんのためでしょう?いつも彼のデータ、分析してるって有名だよ」


キリカ:「有名、というほどのものでは…。ただの、趣味のようなものですから」


美咲:「趣味でこんな分厚い本、何冊も読めないよ。すごいなぁ。でも、どうしてそこまで?」


キリカ:「…どうして、でしょうね」


(キリカはペンを置き、窓の外に広がるグラウンドに目を細める)


キリカ:「りんごのように、隣で汗を流して応援することは、私にはできません。みのりのように、彼の輝きをキャンバスに描き出す才能も、私にはない」


美咲:「キリカさん…」


キリカ:「でも、私にもできることがある。彼が流す汗の一滴、彼が費やす一秒を、無駄にさせないための手伝いが。目に見えないものを分析し、勝利への方程式を導き出すことなら、私にも」


司書:「キリカさん、少しよろしいですか?」


キリカ:「はい、先生」


司書:「先日、あなたがリクエストしていた論文、海外の大学から取り寄せることができましたよ」


キリカ:「本当ですか!?ありがとうございます!」


(司書から数枚の英語で書かれた論文を受け取る)


司書:「相変わらずね。あなたのその探求心は、きっと大きな力になるわ。頑張って」


キリカ:「はい…!」


(司書がカウンターに戻っていく)


美咲:「うわ、全部英語…。私、見ただけで頭痛くなりそう」


キリカ:「ふふ。私にとっては、どんな小説よりも心躍る物語なんです、これが」


(キリカは論文に目を通し始めると、その表情がぱっと輝いた)


キリカ:「…これだ。このデータ、私が立てた仮説を証明してくれるかもしれない」


(ノートを開き、ものすごい速さでペンを走らせ始める)


キリカ:「待っていてください、みのり、りんご。そして…。私の方程式で、あなたを誰よりも速くしてみせます」


その横顔は、研究に没頭する科学者のように、真剣で、そしてどこか楽しげだった。


【場面転換:みのり視点】


放課後のグラウンド。夕日が長く影を落とす中、みのりは美術室の窓から、何か異様な雰囲気を感じ取っていた。いつも活気のある陸上部の練習が、不自然なほど静まり返っている。


みのり:「(おかしいな…とおる、もう練習終わったのかな…?)」


胸騒ぎを覚え、彼女は急いでグラウンドへと向かう。トラックの真ん中に、人影が見えた。


みのり:「とおる!」


駆けていくみのりの目に映ったのは、力なく地面に横たわる幼馴染の姿と、その傍らで蠢く、黒く歪な塊だった。


みのり:「とおるっ!しっかりして!ねえ、とおる!」


必死に肩を揺するが、とおるの瞳は虚ろで、何の反応も示さない。その顔から、情熱の色がすっかりと抜け落ちていた。みのりは、恐怖と怒りで顔を上げ、異形の存在――デカダンを睨みつける。


みのり:「あなたね…?とおるに何をしたの!」


デカダン:「ほう、ただの小娘か。こいつの夢は、実に美味だったぞ。甘く、瑞々しい、極上の味わいよ!」


みのり:「夢を…食べた…?そんなこと…許さない…!」


みのりは、ポケットの中のお守り――果実の形をした香水瓶を、強く握りしめた。その瞬間、彼女から放たれる微かな光に、デカダンが気づく。


デカダン:「その輝き…さては、お前も『果実』か!熟す前に、摘み取ってくれる!」


(デカダンの体から、鋭い影の触手が、みのりに向かって雨のように降り注ぐ。)


みのり:「きゃっ!あ…!私のお守りが…!!!」


(みのりは必死に地面を転がり、飛びのいて攻撃を避ける。変身アイテムの香水瓶に手を伸ばそうとするが、その度に、的確な追撃が彼女の行動を阻んだ。)


デカダン:「どうした、小娘!そのおもちゃで遊ぶ暇など、与えんぞ!」


(影の触手が、みのりのすぐ横の地面を抉り、土塊が彼女の頬を掠める。生身の高校生には、あまりにも過酷な猛攻だった。)


みのり:「(速い…!変身する隙が、全然ない…!)」


デカダン:「無様だな!終わりだ!」


(デカダンが、とどめとばかりに、最大級の影の触手をみのりに向かって振り下ろした。もはや避けきれない。その、瞬間だった。)


みのり:「これでも…!」


(みのりは、最後の力を振り絞り、自分の通学カバンを、デカダンの顔めがけて、高く放り投げた。)


デカダン:「なっ!?鞄だと…!?くだらん!」


(デカダンが、一瞬だけ、カバンに気を取られ、上を向く。その致命的な一瞬を、みのりは見逃さなかった。彼女は、カバンを投げて生まれた僅かな時間で、体勢を低く沈め、まるでスタートダッシュのような力強い構えを取る。)


みのり:「(今…!)」


(彼女は無駄に避けまわっていたわけではない。少しづつ意識を香水瓶からそらし、その上で香水瓶の近くまで回り込んでいたのだ。そして彼女は、この一瞬の隙で駆け出し、瓶を拾い上げる。その瞳は、もはや恐怖に怯えてはいない。強い意志の光を宿し、デカダンを真っ直ぐに見据える。そして、両手で香水瓶を胸の前に掲げ、凛とした声で、高らかに宣言した。)


みのり:「――グレープ・アンフュージョン! 乙女の覚悟、ここに熟成!」


(アトマイザーから、気高く、芳醇な葡萄色の光が爆発するようにほとばしり、デカダンの追撃を弾き飛ばす。その眩い光が、みのりの全身を優しく包み込んでいった。)


みのり:「希望の雫、私に力を!」


(光が髪を葡萄色に染め上げ、ドレスの輪郭を形作る。)


みのり:「気高き葡萄の色よ、この身に纏って!」


(胸元や髪に、ルビー色の宝石が輝き始める。)


みのり:「情熱のルビー、強く、輝け!」


(変身が完了に近づき、彼女の瞳に強い光が宿る。)


みのり:「乙女の覚悟は、もう揺るがない!」


(光が収まり、そこに立っていたのは、もうただの少女ではない。デカダンを真っ直ぐに見据える、気高き魔法少女。)


デカダン:「なっ…!その姿は…!」


(彼女は、手にした葡萄の蔓の鞭を一度、しなやかに振るう。胸と髪に留められた、ルビーのような深紅の宝石が、決意の光を放った。)


ルビー・グレープ:「大地の実りを、気高き宝石に!」


(凛とした声が、夕暮れのグラウンドに響き渡る。)


ルビー・グレープ:「色褪せた夢に、鮮やかな輝きを取り戻す!」


(デカダンが怯む。その目に映るのは、先程までの弱々しい少女の面影など微塵もない、強く、美しい戦士の姿。)


ルビー・グレープ:「勝利を呼ぶ深紅の雫!――ルビー・グレープ!」


(そして、デカダンを指差し、宣言する。)


ルビー・グレープ:「機は、熟したわ!」


(光が収まり、そこに現れたのは魔法少女「ルビー・グレープ」だった。気品のある葡萄色のドレスを身にまとい、胸にはルビーの宝石が輝いている。その威圧感に、デカダンは明らかに動揺し、一歩後ずさった。)


デカダン:「な…!変身しやがった…!こ、こしゃくな…!」


ルビー・グレープ:「さぁ覚悟しなさい!」


(ルビー・グレープが凛として立つ。その余裕のある姿に、追い詰められたデカダンは、冷静さを失った。)


デカダン:「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ…ええい、儘よ!受けてみろ!俺様の編み出した新必殺技!その名も、『ジグザグ・シューター』!」


(ヤケクソになったデカダンが力任せに蹴りつけたサッカーボールが、ルビー・グレープの横を通り過ぎ、背後のフェンスに「ガァン!」と甲高い音を立てて激突する。)


ルビー・グレープ:「なんなの、そのふざけた攻撃は!人を馬鹿にしてるの!?」


デカダン:「今だ!くらえ、第二の計!『アンチ・フットワーク・スキャッター』!」


(悪びれもせず、デカダンはバケツの砂利をルビー・グレープの足元めがけてぶちまけた。)


ルビー・グレープ:「きゃっ!」


(咄嗟に後方へ跳んで直撃は避けたものの、着地した場所の砂利でザリ、と足が滑り、体勢を崩してしまう。)


デカダン:「フハハハ!そして、これこそが本命!必殺、『大旋風トンボ斬り』!」


(デカダンはグラウンド整備用のトンボを拾い上げ、無茶苦茶に振り回し始めた。ルビー・グレープは、小さな光の盾を瞬時に展開してそれを弾こうとするが、足元がおぼつかず、後退を余儀なくされる。)


ルビー・グレープ:「くっ…!いちいち、いやらしい…!」


(彼女は必死に防御するが、ついに足がもつれて、その場に膝をついてしまった。真新しい戦闘服が、無情にも土と砂利で汚れる。)


デカダン:「ハハハ!どうした、魔法少女!変身したとて、この程度か!」


(見下ろされ、嘲笑われる。その悔しさに、ルビー・グレープは唇を噛んだ。視線の先には、力なく横たわる幼馴染の、とおるの姿。)


ルビー・グレープ:「…終わりじゃない…ぜんぜん、終わりじゃないっ!!」


(地面を強く叩き、勢いよく立ち上がる。その瞳には、燃えるような怒りの色が宿っていた。)


ルビー・グレープ:「とおるは、あんなに頑張ってた!毎日毎日、泥だらけになって走って…!あんたなんかに、その夢を、気持ちを、めちゃくちゃにされていいはずがないのよ!」


(叫びと共に、ルビー・グレープは胸に手を当てる。)


ルビー・グレープ:「その汚い棒を、放しなさいっ!」


(彼女が叫ぶと、胸のルビーが強く輝き、そこから一筋の小さな光の弾丸が放たれた。それは、トンボの柄に正確に命中し、デカダンの手から武器を弾き飛ばす。)


デカダン:「なっ!?俺の武器がーっ!」


ルビー・グレープ:「あんたのふざけたお遊びは、もう終わり!」


(武器を失い、うろたえるデカダンを前に、ルビー・グレープは変身アイテムである「果実の形をした香水瓶」を、祈るように両手で掲げた。)


ルビー・グレープ:「――大地の実りを、穢れを祓う聖なる雫に!」


(彼女の言葉に呼応し、香水瓶がまばゆい光を放ち始める。それはもはや、ただの瓶ではない。希望そのものを精製する、聖なるフラスコだった。)


ルビー・グレープ:「――零れ落ちた涙、きらめく希望に変えて!」


(彼女は、叫んだ。それは、無力だった自分への叱咤であり、友を傷つけられた怒りの咆哮だった。その感情の全てが、香水瓶の中の光の液体に注ぎ込まれ、ルビーのような深紅の輝きへと変化させていく。)


ルビー・グレープ:「――勝利を呼ぶ深紅の雫!――ルビー・グレープ・スプラッシュ!!」


(彼女が技の名を叫び、香水瓶のポンプを押し込む。放たれたのは、乙女の祈りそのもの。無数のきらめく光の粒子と、宝石のような葡萄の雫が混じり合った、巨大なハート型の浄化の光線だった。)


デカダン:「ぐああああああっ!なんだ、この光は…!あたたかくて…やさしくて…それでもって、キラキラしてて…!俺の絶望が、塗りつぶされるぅぅぅっ!!」


(断末魔の叫びと共に、デカダンの黒い体が、光の奔流に洗い流され、浄化されていく。その体はガラス細工のように音もなく砕け散り、黒い絶望は、一瞬にして鮮やかな光の飛沫へと変わり、霧散していく。)


(デカダンが完全に消え去った後、ふわりと、奇妙な香りがルビー・グレープの鼻腔をくすぐった。)


ルビー・グレープ:「この匂い…甘い…。なのに、どうしてこんなに、胸が苦しくなるの…?」


(彼女は、その香りの正体に思い至り、ハッとする。)


ルビー・グレープ:「(知ってる…。この匂いは…『もう、いいや』って、全部を諦めちゃった時の…あの気だるい『退廃の香り』…!)」


(後に残されたのは、完全に沈黙を取り戻したグラウンド。ルビー・グレープは、凛として、ふわりと地面に着地した。少し息は弾んでいるが、その立ち姿は少しも揺らがない。)


ルビー・グレープ:「大丈夫だよ、もう奪わせない」


(すっ、と胸に手を当てると、眩い光が収まり、彼女の姿は制服の「みのり」へと戻る。デカダンが消えた場所には、温かい光を放つ葡萄のオーブが、静かに浮かんでいた。)


みのり:「…おかえり、とおるの夢」


(大切な幼馴染の夢を胸に抱きしめ、彼女は、静かに眠る彼の傍らに、ゆっくりと膝をついた。その横顔は、悲しみを乗り越え、戦う決意を新たにした戦士のそれだった。)


(その時、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。息を切らしたりんごの表情には、心配と安堵が入り混じっていた。彼女はみのりに勢いよく駆け寄ると、すぐにその肩を掴んだ。)


りんご:「みのり! 大丈夫だった!?」


(りんごの問いかけに、キリカもまた静かに状況を確認するように目を凝らす。彼女の瞳には、常に冷静な観察眼が宿っている。)


キリカ:「……デカダンは浄化を確認。…だけど、あなたに怪我は?」


みのり:「うん、大丈夫。でもね、二人とも…。戦いは、まだ始まったばかりなんだと思う」


(みのりの言葉に、りんごは力強く頷いた。彼女の明るい笑顔が、沈んだ空気を一変させる。)


りんご:「へっちゃらだよ!みのりとキリカと、三人一緒ならね! どんな敵が来たって、私たちなら絶対乗り越えられるんだから!」


(りんごの真っ直ぐな言葉に、キリカも静かに、しかし確かな眼差しで答える。彼女の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。)


キリカ:「……そう。私たちの力を合わせれば、方程式に解けない問題はない」


みのり:「うん…!ありがとう。これからも、一緒に戦ってくれる?」


(みのりの問いに、りんごは迷うことなく、満面の笑みで応じた。その声は、体育館に響く練習の笛の音のように、快活で響き渡る。)


りんご:「もちろんだよ!みのりがいる限り、私たちは最強なんだから! 何があっても、絶対、離れないって決めたんだからね!」


(キリカもまた、りんごの言葉に呼応するように、静かながらも強い意志を込めて答える。彼女の表情は、仲間への深い信頼を示していた。)


キリカ:「…ええ。あなたの求める未来のためなら、どこまでも。」


(三人の間に、固い絆と新たな決意が宿る。夕焼けに染まるグラウンドに、希望の光が降り注いでいた。彼女たちの物語は、まだ始まったばかりだ。)



















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きらめき☆フルーツドロップス 鳴里 @ruhu0103

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