第2話・プレゼント
◆
「あれは、おれが9歳の頃。母親と一緒に新装開店のスーパーにやってきた時の話だ──」
大型スーパーの駐車場──
8月某日、午前中。その日は30℃を越える猛暑日だ。11時過ぎの澄んだ青空に向けて、蝉が大合唱している。そんな日。
9歳の大吾が母親に手を繋がれ、行列に並んでいた。列を並ぶ人たちの手には整理券が。大吾たちは47番だった。
この日は新装開店セールで、食品も日用品も色々と安い。おひとり様3個までの大特価商品が何種類もある。
彼はお菓子を買ってあげると
母親を見上げると、こめかみや頬に汗が伝っていた。すでに20分近くは待っている。大吾も汗ばんでいて、ヒーローが描かれたハンカチで顔を拭いた。
「もうすぐだからね」
「うん」
行列はたまに少し進む程度。20名ずつお客さんを入れ、買い物時間も15分と制限がある。出入口まではあと5メートルほどだが、止まったままだ。
ふと、大吾はスーパー前の歩道を見た。普通に進んでいく人の中に、挙動不審の男性がいる。
大学生ぐらいか? 夏なのに、赤いチェックのネルシャツにジーンズという姿で違和感を覚えた。
その不審者が、ゆらゆらと通りの奥に向かって歩いていたのだ。
(なに…あのお兄さん……)
男は数歩進んでは立ち止まり、キョロキョロしてからまた進む。
何度めかのキョロキョロで、【バチっ!】と大吾が偶然目が合った。
(やばい……!?)と、目を逸らす。
しかし不審者の視線がジッと自分にまとわりついたのが分かった。男はスーパーの敷地内に足を踏み入れた。
おそるおそる不審者の方をチラと確認する。ゆっくりとした足取りで、上体を揺らしながらその男は近づいてきている。
「お母さん……!」
「なに?」
大吾は母親の手をギュッと強く握った。
「……もしかしてオシッコ? もうちょっとだけ我慢しなさい」
首を横に振る。
「じゃあなに? 暑い?」
「お母さん……! ……いっ……」
「今すぐここから逃げよう!」と、続きを言いたいのに、言葉が出てこない。不思議な力で封じ込められているのか、話そうとすると、口がピリピリと痛んで固まる。
「いっ? なにそれ?」
「おかしな子ね」という感じで母親は軽く笑ったあと「ほら、もうすぐよ」と言った。
実際、また少しだけ列が進んだ。もう店の前だ。
不審者がこちらに迫ってくる。もうハッキリと顔が認識できる距離だ。頬はこけ、目の下の隈が大きい。冴えない雰囲気も出ていた。
服装で大学生くらいの男かと思っていたが、実際は40歳を越えていそうだ。
よく見ると男はくちをパクパクさせながら何かを言っている。「………を……けろ……いろ」と、意味はよく分からない──
「お母さん……! ……に……」
「に? ……もう、そう言うのは分かったからおとなしく待ちなさい」
母親に「逃げよう!」と言いたいが、また唇か固まる。それどころか足まで震えてきた。
(お母さんも、並んでいる人も、なんで気づかないんだよ)
大吾の母親も、並んでいる人も、近くに不審者が居るのに普通にしている。
(何だよこれ……まるでぼくだけが見えてるみたいじゃないか!)
その時、脳裏に軽薄な高田の表情が浮かび上がる。
「もしかして……」
大吾は公園での高田とのやり取りを思い出した。
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◆
「いま、君に不思議な力を渡したよ」
「なにもないけど……」
大吾は嘘をついた。実は見えないナニカの感触があったけど、気持ち悪いから高田には黙っておいたのだ。
「もう一度、滑り台を見てごらん」
高田に言われるまま、彼は滑り台に視線を移した。するとそこには自分と同じ年齢くらいのかわいい女の子がいた。まるで戦時中の子どものようにモンペを履いている。
「え!……」
女の子はにこやかな表情を浮かべて、大吾に手を振っている。
「あんな娘……いた?」
「君は不思議なものを見たいって言ったよね」
「……」
「だから、おじさんが見せてあげたんだよ……」
言いながら、高田は黄色い歯を見せて「ケタケタ」と笑った。
「なに笑ってんだよ! もう見たくないからこんなのおじさんに返すよ!」
「貰った人にもう返せないよ。あとは自分で何とかしないといけないね」
「そんな!……」
そのとき女の子が滑り台を滑って、こちらに向かうのが見えた。
「ぎゃあ!」と悲鳴を上げる。
「なにか見えるかい? おじさんにはもう見えないんだよ〜〜」
高田は外道のように歪んだ表情を見せた。
無性に腹が立ち、高田に「うるさいっ!!」と、思い切り怒鳴りつけてから駆け出した。
女の子は足を止め、彼のその反応に残念そうな表情を浮かべる。
公園を出ていこうと走る大吾の背中に、「任せたよ〜」という、高田の軽薄な声が聞こえた。
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続く
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