第14話 7つ目

「運命、か。たしかに、そうかもな」

 桜の木から落ちてきた女の子。それも、『婚約者リスト』に該当する子が春風ちゃんだった。

 少女漫画だったらベタすぎると批判されるくらいに運命的な出会いだった。

「ええ。だから、これからも……一緒に頑張りましょうね、こいき君」

 春風ちゃんのいう運命と、俺のいう運命は少し違うが――

「ああ。よろしく、春風ちゃん」

 俺は握手の代わりに、3本しか残っていないフライドポテトを差し出す。

 春風ちゃんはそれを受け取り――

「時間が経って、しわしわになったポテトも塩味が染み込んでいて、うま~ですわ」

 とても幸せそうな顔で言った。


       *


 気が付くと、時刻は16時を回っていた。

 どうやらハンバーガーショップでだいぶ話し込んでしまったみたいだ。

 ――これじゃあ、学生カップルじゃねえか。

 ゴミを分別している春風ちゃんの後ろ姿を見ながら、彼女に対してだいぶ失礼なことを思ってしまった。

 春風ちゃんは否定していから違うとは思う。

 それでもつい期待しまっている自分がいる。

 春風ちゃんが、本当に俺の婚約者だったらいいのに――。

 ほんの数時間しか話していない相手に、こんなこと思われたらと知ったら、彼女は引くだろうが。

「ふぅ……やはりファーストフードは、日本のものに限りますわ」

 ハンバーガーショップを出た後、春風ちゃんが呟いた。

「あぁ、そういえば……ずっとフランスにいたんだっけか? やっぱ違うの?」

「そうですわね。あっちはあっちのもので美味しいんですが、味が日本のものに比べると濃くて……あとチーズが強すぎますわ。わたくしはもっと安っぽい味が好みですわね」

「そ、そうですか……」

 たしかにお嬢様には食べる機会がなさそうだ。

「だから、こいき君。今日は付き合っていただき、光栄ですわ。帰国したら絶対に食べると決めてましたもので……」

 和食ではなく、ファーストフードの方を所望するとは――春風ちゃんはやはり変わっている。

 忘れるところだったが、この子は恥じらいもなく「チン〇」を連呼できる子だったしな。

「でも、少し残念ですわ」

「え? まだ食い足りない?」

「違いますわ!」

 ムッとした顔で、春風ちゃんは言う。

「『婚約者リスト』のことです」

 そうだった。

 すっかり忘れるところだったが、俺と春風ちゃんを繋いでいるのは『婚約者リスト』だ。

 もし親が決めた婚約者の存在がなければ、春風ちゃんとファーストフード店に行くことも、ここまで近い距離で会話することもなかっただろう。

 その点は親父に感謝したい。

「もう……どうせなら、こいき君が婚約者だったら良かったのに……」

「……え」

 思わず立ち止まる。

 沈みかけの夕日が淡いオレンジの光を放ち、アスファルトを照らす。

 少し寂しさを感じる薄いオレンジ色に包まれる春風ちゃんは、やはり美しく――夕空に溶け合って消えてしまいそうな儚さを感じた。

「わたくしたち、結構気が合うと思いますし……あなたなら、わたくしの夢の邪魔はしなそうですもの」

「あ、あぁ……そういう……」

 そういえば夢の邪魔になるとか言っていたな。

「あれ、そういえば……春風ちゃんの夢って……」

「え、それは……」

 春風ちゃんは一瞬困ったような顔をしたが――すぐに無邪気に悪戯を楽しむ童女のような顔で笑った。

「秘密ですわ。まだ、ね」

 夕日色に輝く、黄色がかった桜色の髪がふんわりと風に揺れ――妖艶な雰囲気を出す。

「……っ」

 つい視線を逸らすと、春風ちゃんはクスクス笑いながら、俺の逸らした視線の中に侵入してきた。

「あらあら、どうして目を逸らしますの~?」

「……あざとい」

 そう一言返すのが、今の俺の精一杯の反抗だった。


        *


 春風ちゃんと別れた俺は、ようやく自宅前まで帰ってこれた。

 流石に国内トップクラスのセレブなお嬢様を商店街に残すのは気が引けたため、彼女の迎えがくるまでは一緒にいた。誘拐とかされたら大変だしな。

 そして送迎の車が見えたあたりで、俺は「じゃあ、また明日」と言って逃げるように去っていった。

 ――家の人に見られるのは、春風ちゃんも嫌だろうし……

 その時、俺が急に走り出したため、春風ちゃんが俺の名前を呼んでいた気がしたが――いや、やめておこう。下手に期待して、『あの子』みたいな結果になりたくない。

 それに、『あの子』と同じで、春風ちゃんにも俺以外の婚約者がいる。

 あえて違う所があるとしたら、春風ちゃんは縁談を断るために行動していることくらいだ。

 ――ていうか、俺も春風ちゃんに夢中で、自分の『婚約者リスト』のこと、すっかり忘れていた。


 同じ学校の生徒。太ももに桜の痣。お尻に星型の痣。少女趣味で、小さい頃に会ったことがある。そして相手は俺のことを知っている。それから――


「あ、そうだった」

 7つ目の項目を確認するのを忘れていた。

 まあ他がないと否定されたから、春風ちゃんでないことは確定しているが。

 俺はスマートフォンの電源ボタンを押し、親父から送られてきたメモのスクショを見る。

「……はっ!?」

 7つ目の項目を見た瞬間、俺は驚愕した。


 何だ、これ。そんなことあるわけないだろ。

 絶対に何かの間違いだ。


 ――だって、それなら『あの子』はなんのために……



『その7、お前の初恋の相手――』

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