全寮制!異世界転生者予備校 あちらの世界は普通に地獄でした

枕木 陽貴

第1話 転生ワナビ達

 朝を告げる鐘が鳴った。


 眠い目をこすりながら上体を起こしたが、周囲はまだ暗い。灯りをつけると寮の簡素な部屋が照らされた。


 顔を洗い洗面台の鏡を見る。

映し出された整った顔立ちの少年の姿に違和感を覚えながらも身支度を整えていると背後から声がした。


「いつ見ても顔がいいね。」


 まじまじとこちらを眺めている級友に、君もねと返した。


 腰まで伸びた長い黒髪が印象的な少女の姿をしているが、彼は男だ。

 出会った頃は理解が追い付かず恐怖すら感じたが、お互い浮いた者同士。寮では同室になれて何かと都合が良い。


「準備ができたら食堂に行こう。ちゃんと食べないと大きくなれないよ。」

 級友はそう言って着替えを始める。

 俺は余計なお世話だと思いながら鏡へと向き直った。


 ここは地獄だ。文字通りの地獄。

 その日は突然やってきて、俺は地獄にいた。

 人は死後に現世でどう生きたのか、閻魔様の裁判にかけられると聞いていたが、実際に閻魔様にお目にかかることはなく、地獄の受付で職員に事務的に処理されただけだった。

 俺のような引きこもりの起伏の無い一生に時間をかけるほど、閻魔様も暇ではないらしい。

 自虐的ではあるがそういうものだと思う。

 初めて目にする地獄は本当に忙しそうだった。

 順番を待つ間も、そこかしこで鬼たちの怒号が飛び交っていたのが印象に残っている。

 無理もない、現代人はどうしたって地獄に落ちるように生きるしかないのだ。地獄も受け入れきれずパンクもするわけだ。


 その忙しさからでた苦肉の策として、地獄では死者を段階的に異世界へ転生させ、来世では天国へ行けるように徳を積ませる仕組みができていた。


 ただ、異世界転生を希望する人は多い。希望者全員に行きわたるほど整備された異世界は多くはないのだ。


 そこで新たな異世界を開拓する人材を育てる仕組みができた。異世界転生者予備校の始まりだ。

 入校した生徒は、開拓者となるべく転生時の体に姿を変え、己のチート能力を使いこなせるよう訓練する。


 俺も入校してからは新しい肉体での生活を送っているが、どうにも慣れない。


 周囲に比べてこの体は明らかに幼いのだ。


 黒髪のイケメンであふれた教室の中において、ショタの姿はとても目立つ。周囲と違う癖をさらしているようで居心地が悪かった。


 そんなおり、少女の姿をした級友に出会った。

 当人は美しい自分の姿に満足しているらしいが、男でありながら少女のような妖艶な姿に周りから奇異の目を向けられ浮いていたのだ。


 準備を整え、級友と一緒に食堂へ歩き出す。

「やっぱり俺って可愛いよな。」

 級友が口を開けばいつもこの問答だ。俺は毎度のこと、そうだねと返す。

 お決まりがあるというのは心地が良い。

 ここに来たばかりの頃は受付以外で口を開くことがなかった。


「それじゃ、この書類もって向こうの列に並んでください。進んだところで次の手続きができますので。」

「ありがとうございます。」

 書類を受け取り、案内に従って列に並んだ。ここまでに年単位の時間を待たされていたため、書類一つ受け取るだけで感慨深いものがあった。


 通路の案内に従って順に手続きを進めていく。その流れは実に合理的で地元の免許センターを思い出した。

 地元の愛想のない事務員と違い、受付対応してくれた女性の鬼はとても丁寧だった。初めて利用することを伝えると、みなさんそうおっしゃられます。と優しく対応してくれた。久方ぶりの女性との会話に、俺は恋してしまうかとさえ思った。


 鬼というものを初めて見たが、すこし大柄なことと、頭頂部の角を除けば普通の人間と変わらなかった。つんとした顔つきとウェーブがかった髪が色気さえ感じさせ、とても魅力的だと思えた。


 彼女のことを考えているうちに列が進み、俺の番が回ってきた。カウンター越しに先ほど受け取った書類を渡して手続きが進む。

「書類の内容はこれで間違いないですね。ではこれで入校の手続きは完了となります。お疲れさまでした。」

 なんとも事務的な手続きを経て、俺はハレて異世界転生者予備校に入校した。


まぁいい、異世界生活はこれからだ。

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