第4話 懇願
線香を上げてしばらく時間が経った昼下がり、日和パパに連れられて花御橋へ下見に行くことになった。
私は正直、信じていなかった。どうせ眉唾の迷信だ。けれど、ついて行って適当に話を聞いて、上手いこと言いくるめて帰ろう――そう考えていた。
しかし実際に目にした橋は、予想以上に不気味だった。
川幅20メートルほど。両岸の雑草は伸び放題で、整備などまったくされていない。そこに古びた木の橋が一本。黒い鉄板で何度も補修されているが、全体から漂うのはカビ臭さと朽ちかけた木のにおい。
橋の奥には小さな祠があった。祠の中には見慣れぬ形の装身具や木彫りの人形――日本のものとは思えない異国の品々が混ざっており、思わず息を呑んだ。
私は帰りたい気持ちを必死に押し隠した。だが、目の前の日和パパは、真剣な眼差しで橋を見つめていた。
「……沙羅ちゃん」
その声は、震えていた。だが決して弱さではなく、切実さに裏打ちされた響きだった。
「一人が二人に会えた例も、一人の人間が二度渡って成功した例も、この伝承には残っていない。だからこそ……お願いだ。私が妻を、君が日和を――思い出の品を持って一緒に渡れば、もしかしたら二人に会えるかもしれないんだ」
懇願。けれど卑屈さはなかった。ただ、父として、夫として、どうしても成し遂げたいと願う男の眼差しがあった。
私は迷った。
その時、父の言葉を思い出した。
「うちに転がり込んでくる人間は、どこにも相手にされず、うちに来る。そいつらを捨てるも拾うも、俺たち次第。ただな……俺みたいな人間に頭下げてまで頼み事してくるんだ。できることなら、助けてやりたいじゃんかよ」
軽蔑していたはずの父の言葉と、今まっすぐに立つ日和パパの姿が重なった。考えたくはなかった。だが、首を縦に振っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます