アームド・ギア

剣城龍人

プロローグ

 陽が沈みかけた荒野の地平線が、血のような赤に染まっていた。

 岩肌ばかりの大地を、乾いた風が吹き抜ける。国境の街は何年も前から廃墟と化し、今はただ砕けた瓦礫と剥き出しの鉄骨だけが並ぶ。


 その瓦礫の迷路を縫うように、ゲリラ軍の重装ギア部隊がゆっくりと進軍していた。

 鉄骨が軋む音、瓦礫が潰れる音が、破滅の足音のように街を満たす。


 空気を切り裂く流れ弾が、石壁を削り取った。

 焼け焦げた土の匂いが、コクピットの中にまで染みついてくる。

 視界は土煙と煙幕で霞み、崩れかけた建物の影に敵影の光点が揺れていた。


「西側前線崩壊! もう持たねぇぞ!」


 悲鳴に近い叫びが通信に飛び交う。

 血と泥に塗れた兵士たちが塹壕に身を伏せ、迫る敵影に怯えながら必死に応戦していた。

 数の差は圧倒的。防衛線はすでに崩壊寸前で、味方の旧式ギアは次々と地に沈んでいく。

 兵士たちには、目前の敵が絶望そのものに見えていた。


「退くな! 撤退は許可されてない!」


 後退しようとする者を、指揮車両の上官が押し留める。無線越しには断続的な爆発音と銃声が鳴り響く。

 敵ゲリラ部隊は装甲車を多数擁し、重武装のギアも十機以上が確認されているという報告だ。


「応援は!?」


「すでに予備隊まで出してる! とっくに潰されたよ」


 絶望的な通信に、誰もが息を呑む。

 要所ではないと見くびられたこの辺境の国境警備隊には、型落ちの機体しか配備されていない。

 物量に押され、砂塵の向こうから押し寄せる敵影はまるで津波だった。


 通信には悲鳴と断末魔ばかりが流れ込む。

 弾薬は底を尽き、もはや陥落は時間の問題。

 誰もがそう悟った、その瞬間。


『第七駐屯部隊に告ぐ。 こちらブラックヘッド。 間もなく戦闘空域に到達する』


 静かに響いたその声が、戦場の空気を変えた。


「援軍だ! 増援が来るぞ!」


 兵士たちは瓦礫の間から一斉に空を見上げる。

 遠方、高度を飛ぶ大型輸送機が見えた。


『これより投下軌道に移る。 間違えて撃つなよ』


 通信が切れた次の瞬間、輸送機の影から黒い塊が落下する。

 低空を滑るその黒影は、地鳴りのような重低音を響かせながら砂漠を震わせた。

 兵士たちは歓声を上げる。だが、それはすぐに凍り付く。


「……なんだ、 あれは」


 近づく影の輪郭がはっきりとし、夕暮れの空を裂いて姿を現す。

 見た瞬間、誰もが息を呑んだ。


「……嘘だろ。 なんてモノを寄越しやがった!」


 漆黒の外装を纏った巨影。

 光を吸い込むような黒鉄の装甲が夕陽を鈍く照り返す。

 胴体と四肢を走るエネルギーラインは脈動し、青白い光を放っていた。


「まさか……死神……」


 無線越しの震え声が、戦場の空気を凍らせた。

 恐怖と共に誰かの口から洩れたその名に、戦場は先程までとは別の緊張が満ちる。

 死神の機体から漏れ出る圧は明らかに他のギアとは異質だった。


 〈死神〉──

 旧大戦期の最終兵器の一騎と呼ばれ、数え切れぬ命を奪った伝説のフレームギア。

 敵だけでなく味方からも忌避され、長らく封印されていた忌み子。

 誰もが二度と戦場に立つことはないと思っていたその機体が、今、援軍として降臨したのだ。


 動揺は敵陣にも広がった。

 勝利を確信していたゲリラ部隊の動きが鈍り、無線すら沈黙する。

 死神は、ただ現れるだけで戦場の空気を支配していた。


 重い着地音が地面を震わせた。

 舞い上がる砂塵の中から、漆黒の巨体がゆっくりと立ち上がる。

 青いセンサーアイが灯り、前線を射抜くように睨み据える。

 その姿を見上げ、味方も敵も息を呑んだ。

 無線が短く鳴り、若い男の声が淡々と響く。


「現地戦力は退避を」


 先程の無線と同じ声。それが死神を駆る搭乗者〈フレームライダー〉の言葉だった。

 警備隊の兵士たちは命じられるままに後退を始める。

 不安げに振り返った視線の先で、死神がゆっくりと武装を展開した。


 死神のHUDは赤い敵影のシグナルで埋め尽くされている。

 両前腕部のブレードが唸りを上げて振動し、青白い光を走らせた。

 背部スラスターが一斉に噴き上がり、加速のための唸りを上げる。

 まるで死神が、その鎌を引き絞ったようだった。


 敵陣にざわめきが広がり、銃声が乱れる。

 装甲を弾丸が掠めるが、死神は微動だにしない。


「……行くぞ」


 搭乗者の低い声が響いた瞬間、センサーアイが青白く瞬いた。

 轟音とともに死神が跳ぶ。

 スラスターの赤い残光と青いエネルギーラインが、砂漠に残像を描いた。

 閃光が駆け抜け、敵のギア一機が首を断たれて砂に沈む。


「な……何が起こった!?」


 悲鳴混じりの叫びが飛び交う。だが、その答えはなかった。

 死神の奏でるスラスター音が警笛のように響き、次の瞬間には死が訪れる。

 黒い影が敵陣に溶け込み、一撃で全てを断ち切っていく。

 夜の帳が落ちる荒野に、銃声と爆発音が再び響き渡った。

 その中心で、ただ一騎。

 死神の搭乗者は無言のまま、トリガーを引き続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アームド・ギア 剣城龍人 @yamada9999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る